46 空気のように
車が急ブレーキでがくんと揺れた。「なんだよ!?」とバックミラー越しに質問してきたレイヴに対して、私は窓の外を指差して「ん!」と訴えた。
路地の隙間から、エミリが息を切らしてこちらに走ってきたのだ。辛そうな顔だった。あと足を怪我したのか、びっこを引いた走りだった。
もしやイオリの言った通りに、ノアズに話してしまい、我々に真っ当な人生を歩むように説得しにきたのかもしれない。
ドアの前まで来たので私は窓を開けた。するとエミリがハアハアと激しく呼吸をしながら、胸に手を当てて、言った。
「ねえ……お母さん……銀行強盗しちゃったけど?」
「えっ!?」「え?」「は!?」
けどって何?……それぞれ呆気にとられていると、エミリは彼女の背後に置いてあったキャリーケースをバンバンと叩いて、イオリに言った。
「早くこれを車に積んで!」
「えっ!?」イオリが裏返った声を出して、車から降りた。「はっ!?……何が入ってるんだ?これは。え?あ!くそっ、重い……!」
イオリは急いでそれを車の後ろに持って行って、トランクに積んだ。その間に私はドアを開けて席を詰めて、エミリを車内に入れた。
イオリが小走りで助手席のシートに座った瞬間に、車が発進した。ドアが開けたままだったので、一度大きくプラプラ揺れて、イオリが掴んでドアをバンと閉めた。
私が聞く前にレイヴが彼女に聞いた。
「あれには何がつまってんの?本当に強盗したの?何か……勘違いしてんじゃねえの?母ちゃん。」
「いやあね、」エミリがハンカチで額の汗を拭いた。「さっき座ってたところからじゃ、あまり銀行の中が見えなかったし、イオリとレイヴは喧嘩してて暇だったし、試しにお母さん銀行に行ってみたのよ。中にはたくさんのノアズの衛兵さんがいた。」
「で?」イオリが震える声で聞いた。「ど、どうやった?」
「人がいっぱいでごちゃごちゃしてたけど、お母さん意を決して従業員用の通路に入ってみたの。そしたらお疲れ様ですって通路にいたノアズの人に言われてね、だから今日はご苦労様です、本当に助かりますって言ったのよ。そしたらその人がネームプレートは?って聞いてきて、お母さん咄嗟に、ほらもう頭の中は金庫のことで頭がいっぱいだったらから、金庫に置いてきちゃったみたいって言ったの。」
バックミラー越しにイオリと目が合った。彼の顔はとても引きつっていた。エミリは続けた。
「そしたらお母さん職員だと思われてね、ああよかったと思って金庫を探したの。途中に倉庫があった。倉庫には銀行の引出し用のキャリーケースがあったからそれを持って、金庫に行って、そしたら中に一人ノアズの人がいたの。あらこれはもうダメだわ、と思ったけど、その人が何か忘れ物ですか?って。だからこんな日に嫌よねえ、でもお得意様がお引き出ししたいんですって、て言ったの。そしたらその人がキャリーケースを見て、そうですか、ってちょっと納得した様子で、横をむいたの。だから、」
「だから?」私は聞いた。
「……だからお母さん、その瞬間にタックルした。そしたらその人がね!倒れて頭打って動かなくなったの!あらやだ!って慌ててドラマで見るように脈の確認をしたの。そしたら大丈夫そうだったから、彼のポケット漁って、マスターキーを取ったの。まさか金庫の?と思っていたけど、そうだったの。でも引き出しが壁一面にあって、時間がなかった。だから中が詰まってるかどうか、ほら、クルミだって叩いて中が詰まってるか確認するじゃない?だからそうやって、詰まってそうな引き出しだけ開けて、キャリーケースに入れて持ってきたの。」
聞く限り、完璧な強盗の仕方だった。レイヴが車をビュンビュン飛ばしながら聞いた。
「ま、まじかよ……。で、何を持ってきた?俺たちが欲しがってるのは誰かの手紙とか遺言とかじゃねえからな?ってか本当に持ってきたのか……?」
「持ってきたわよ!」エミリが身を乗り出して、レイヴの肩をちょっと叩いた。「あったもの!宝石に高級ブランドのアクセサリー、それから金の延棒。私初めて持ったけどあれ重いの!金が一番高いと思って、全部詰めてきた。だからあのキャリーケースとても重くなっちゃった。それを引いて、裏口から出ようとしたけど、そこにもノアズの人がいたのよ!だから一度倉庫に戻って、私ね、本当に悪いことだなって思うんだけど、キャリーケースを掃除用具キャリーに積んで、それをガラガラ引いて、裏口に戻った。」
「でも止められただろう?」
イオリの疑問にエミリは答えた。
「お掃除の時間ですか?って聞かれた。そうなの、ここだけじゃない、輸送車もやらなきゃいけないのよって言ったら、頑張ってくださいだって。駐車場に行って、車の影でキャリーケースを出して、通りを渡って、裏路地から戻ってきた。大変だったわよ!」
「嘘だろ……!」
レイヴの静かな驚愕が車内に響いた。イオリは目頭を押さえて、「それが本当なら、イメージを最大に利用した完璧なトリックだ……。」と脱帽している。私は取り敢えず拍手をした。
するとレイヴが言った。
「じゃあ、あの中確認してないけど、確かに金塊が入ってるんだな!?」
「うん。」エミリが答えた。「そうね。本物だと思うよ?それがたくさん詰まってる。それからブランド宝石も詰まってる。ねえそれよりも、この仕事終わったらまたイオリと一緒に暮らせるのかしら?」
「えっ……。」
それよりも?と言う疑問の沈黙が車内に充満した。エミリはイオリの座席を両手で掴んで、ウキウキな様子で回答を待っている。私が「どうなんだろう」と言うと、レイヴが言った。
「ま、まあ、母ちゃんがそうしたいなら、俺からオリオン様に頼んでみるよ。今回の件、とても喜んでくれるだろうし……。」
グレイタウンから抜けて、砂漠地帯のハイウェイを走っていると、後ろがファンファンやかましくなった。振り返るとノアズの車が我々の車を追いかけていた。




