40 たくさんあるよ
「あ、でも……。」と、赤いキャップの店員が私のことをジロジロ見てきた。買ったものはもう全て袋に入っていて、もう一人の店員が私に袋を渡す準備をしている。大きな肩掛けサイズになってしまった。
「ねえねえ、そのワンピースってヴィットリンのブランドだよね?」
「え?これ?多分そう、だけど。自信ない。」
「え、そうなの?それ絶対にヴィットリンのワンピースだよ。うちって系列で中古買い取りもしているんだ。どうだろう、5万ブルーで。」
ほお……。
「で、でもこの服無いと、私の着るものがない。」
「お姉さんが良ければ上下セットぐらいはおまけしてあげる。それはうちの商品ね。どうだろう?そのワンピースと引き換えにこのネクタイとお姉さんの新しい上下。それでどう?」
このワンピースは一番最初の夫の依頼をこなした時の報酬だ。でもそれぐらいしか思い入れはない。それに以前の生活を思い出すようなネクタイを彼にプレゼントしたい。私はこんなだから、最早どんな服でもいい。
私は頷いた。すると赤いキャップの店員が隣にいる店員にショーケースからネクタイを出すように手で指示をした。お兄さんは笑顔で頷いた。
「じゃあそうしよう。お姉さん、店内のどれでも三つ持ってきていいよ。メンズばかりだけど、どうかな、スカートもあったかな。」
ネクタイの箱を大事そうに閉じながら、もう一人の店員さんが言った。
「ありますよ、一度だけレディースに手を出してぼろ負けした時のが。」
「ああ、そうだ!すぐそこにある。」
私は指差された方に行った。壁際の一番角に、ちょこっとだけレディースっぽい服があった。私はそれを見てみた。蛍光カラーのTシャツの中に何故か黒い半袖のブラウスがあったので、それを選んだ。
スカートは見た感じなかった。デニムのショートパンツばかりで、黒いのが一つあったのでそれを手にした。ポケットにスタッズの入った、ダメージタイプの黒いショートパンツだった。私はそれを選んだ。
あと一つ、いいんだよね。私はそれを持ってレジに戻り、レジ横にあるアクセサリーゾーンで、イオリとお揃いのレインボーに輝くサングラスを選んだ。本当はブレスレットが良かったけど、サラが怖い。
「おお!いいチョイスだね!早速着てみて!」
私は言われるままに試着室でそれらに着替えた。ワンピースより軽くなった。ふわっとした黒いシャツの裾をショートパンツに軽く入れて、あとはサングラスを付けた。うん、気に入った。
そして着ていたワンピースを赤いキャップの店員さんに渡した。
「このままでいいの?」
「全然大丈夫だよ。ありがとう、いっぱい買ってくれて。」
私は一度頭を下げてから大きな紙袋と受け取って、入り口に向かって歩いた。ちょっと振り返るとレジのところで二人の店員さんが笑顔で手を振っていた。
……ちゃんとネクタイ入ってるよね?私は紙袋の中を見て見ると、ちゃんと入っていた。疑ってごめんと心の中で謝った。お店の外に出ると、イオリが手すりに寄りかかってノアフォンで話をしていた。
私に気づくと彼はすぐに通話を消して、それから目を丸くして紙袋を受け取った。
「リア……こんなに買ったのか?ちゃんとお金は払ったか?」
「払ったよ、いくらなんでも。」
「それに、その服はどうした?」
「あれを買い取ってもらった。ごめんね無断で。」
「い、いや、構わないが……なんだそのサングラスは。」
「イオリのもあるよ?襲撃するときに使えるかなと思って。」
「俺は襲撃しない……」と彼が嬉しそうに紙袋をあさり始めた。私はウキウキしながら彼がシャツやチノパンを手にして喜ぶのを眺めていた。
「すごいな、意外としっかりしている。デザインも、悪くない。」
「そうでしょ?安いならたくさん買って色々使ったほうがいい。」
「これは……?」と彼が手にしたのは、ボロビアのロゴの薄い箱だった。彼は一度紙袋を地面に置いて、箱を開けた。中にはちゃんと黒いシックなネクタイが入っていた。
「ボロビアの正規品だよ。」
「それで、あのワンピースを……そんな、リア、受け取れない。」
「受け取って!」と私はそれを彼に押し付けた。彼の戸惑う顔、見たことなかった。「イオリ、明日からそれつけて。お願い。もっとサラ風に可愛く頼んだほうがいい?」
「いや、ふふ、リアのお願いなら、聞かない訳にはいかない。ありがとう。」
彼は丁寧に箱を閉じて、紙袋に入れた。そして紙袋を抱えて、歩き始めた。私も歩いた。
でもチラチラと見られた。イオリに。
「何?」
「……ショートパンツ、黒いヒールと意外と合うなと思った。ブラウスも可愛らしい。でもそのサングラスは、今はやめろ。」
「分かりましたよ、あははっ。」
お望みどおりのサングラスを取って、それを畳んで、シャツの襟に引っ掛けた。
するとイオリが私に手を差し出した。手を繋ぎたいという彼の視線が、ちょっと胸を苦しくする。
「でもサラが……。」
「守護霊と手を繋いで何が悪い。」
「確かに。」
もうそれを言えばなんでもいいってことになりそう。手を繋いだら、彼の手が熱くて湿っていた。
駐車場の車に着くまで、ずっと手を繋いで歩いた。組織のことはあまり外では話せないから、この季節の旬な果物や天気など、まるで主婦のようなテーマだけど、彼と楽しく語った。
車に着き、後部座席はサラ様の物でぎっしりだったので、イオリの荷物は助手席に置くことになった。私はそれを膝の上に置いて、抱きしめるように持った。
暗い車内で、イオリはクーラーが効くまで待つと言って、中々発進させなかった。こういうシチュエーションだと話題が止まってしまう。何話したらいいんだ。
そうだ。
「今日のお夕飯は、ランチョンミートを焼く?キャビネットの奥に、古いフライパンならあった。あれなら洗って使えるよ。」
「そうか、なら俺が焼く。調味料はさっき買ったから、適当に味付けをして、あとは乾燥パンを食べようか。」
「いいと思う。美味しそうな組み合わせ。それから私、レイヴに相談して、仕事増やしてもらうよ。イオリはそばにいてくれたらいいから、暗殺の仕事やる。トリガーを引くのはレイヴ。ふふっ、彼ね、エイムが全然定まらないんだって。ずっと練習しているのに、訓練では10メートル先の的にもハンドガンで当てられないって「リア。」
「はい?」
私はイオリを見た。彼は不機嫌な顔で、私を少し睨んでいた。どうしてなのか、分からない。
「……仕事は増やしてもいいが、ハードなのは受けない。それよりもメンタリストとして、俺が出来ることはある。捕虜から相手集団の情報を引き出したり、ノアズの出方を探ったり。」
「情報収集の仕事をするの?確かにそれならイオリが活躍しそう。でも私も私で、仕事する。」
「しなくていい。……レイヴとあまり、接点を作るな。」
「だって、そうしないと、彼はボスだから。」
「いいから、不必要に接点を増やすな。」
どうしてよ……私は黙った。彼は鼻でため息をついて、ハンドルに両手を置いて、俯いた。
もう車内はすっかり涼しくなっている。サラが帰りを待っているから、早く出たほうがいい。
「イオリ、もう涼しいよ。」
「ああ、知っている。」
「なんで出ないの?」
「もう出るさ。」
彼が意を決して、キーを捻った。ブルンと車の音が駐車場に響いた。
このまま車がアジトに着けば、そこからは地獄だ。大好きな人が、他の人と愛を語り合う、愛を体で表現する。
この紙袋には我々がテンパりながら買った、如何わしい形をしたピンク色のおもちゃが入っている。イオリも買うの初めてだったらしい。サラの為に、彼は頑張ったんだ。
「イオリ、」
「どうした?」
「サラのこと、愛してる?」
まだ動かない車の中で、私は彼の方を見た。つい、涙がこぼれそうになった。イオリはハンドルを掴んだまま、眉間に皺を寄せて、辛そうに答えた。
「愛しているよ。」
彼と目が合っている。きっと彼は本当のことを言った。私にでも分かる、それぐらいに真っ直ぐな目だった。
でも、その真っ直ぐな目を壊したくなった。私は彼の頭に手を伸ばした。見開かれた瞳、そんなの気にしない。
紙袋なんかどかして、私は彼の方に身を乗り出して、彼にキスをした。柔らかくて、少し、強張っていた。
「ア、リシア……っ!……ん、」
嫌がるかと思っていた。ビンタとか、蹴りとか、食らうかと思っていた。でも彼はなすがままに私のキスを受け入れた。私の頭を両手で掴んだ。口が開いて、舌が優しく絡んだ。
彼の頬が赤い。キスをやめて、至近距離で見つめた。潤んだ瞳で、私を見つめて、すぐに突き刺さるような視線になって、頭を掴まれた。
何度も何度もキスをした。イオリが私のシートベルトを外して、私の腕を引いて、私に彼の上に乗るようにさせた。私も彼のシートベルトを外した。
それが終わるとまた力強いキスが始まった。勢いで押されて、私の背中がクラクションに触れて、プーっと音が響いた。それで慌ててハンドルから離れて、イオリの肩にしがみついた。
堪えきれずに笑った。すると彼も笑ってくれた。鼻で彼の鼻をすりすりしてみると、彼もすりすりしてくれた。またキスをして、とろけそうだった。
彼がシートを後ろに倒した。でも後ろの荷物であまり倒れなかった。でも彼はそのまま、今度は私の首筋にキスをしてくれた。




