39 アイスとパーカー
車に全ての荷物を乗せると、後部座席がギュウギュウになった。これで今日のミッションは終わりだ、イオリの横顔にそう書いてあった。本当に男の人は大変だなと思った。
イオリが宣言通りにアイスを食べたいと言うので、二人でレストラン街のフロアへ行った。さっきからだけど、通りすがりの人がチラチラとイオリに視線を向けることがあった。それに私も。
きっと我々の顔がニュースで流れたからだと思った。しかしふと出会した衛兵は我々のことをスルーした。ラズベリー様はすごい。彼女がどう言う存在なのか知らないけど、かなり力があるのだと改めて理解した。
今、彼は木と葉っぱでナチュラルかつエレガントに装飾されているアイス屋さんの店の奥で、ノアフォンで誰かさんを宥めている。帰りが遅いから文句を言われているのだと私は予想する。多分当たってる。
私はイオリを見つめつつ、あと二口ぐらい残ってるリコッタのアイスをスプーンでぺろっと舐めた。イオリの席には木のカップと、中にはまだ一口しか手をつけてないバニラアイスが、どろっと溶けてしまっている。
このアイスだってひとカップ500ブルーするのに。もっと安いところに行こうと言ったけど、イオリがこれぐらいは元の暮らしを味わせてくれと駄々をこねたのだ。
味はとても美味しかった。もっと食べたい。私のカップにはほんの数滴ももう残っていない。チラッとイオリを見た。するとちょうど目が合った。
食うなよ?と私に言っている目だった。私は伸ばしていたスプーンをそっと自分のカップに戻した。
因みにノアフォンで残高を見ると、もうあと3万しか残っていなかった。結構使ったなぁ……口を尖らせて電源を落とすと、イオリがテーブルに戻ってきて座り、大きな一口でアイスを頬張った。
「サラと話したの?」
「ああ。彼女の話を要約すると、早く帰宅しろとのことだ。」
「そっか。じゃあ食べたら戻る?」
「ああ、そうだな。もうここにいても俺は何もすることがない……全財産が27ブルー。こんなに金欠になったのは小学院の時以来だ。保存の効く食料も買っておいたから、当分飯には困らないだろうが……毎日このホテルクラークの服だと少し……。」
「あとでコンボに寄ろう?コンボだったら3点セットで2千ブルーだから。」
「いい、リアは俺に使うな。それにコンボか……。ダボダボのパーカーに、デニムの店だろう?俺はストリートラッパーになるつもりはない。毎日ライムブック片手に韻を踏んでいる暇もない。」
「大丈夫、意外とフォーマルもあるから問題ない。そしたら今夜はパーリナイ。」
「お前……」と、意外とイオリがうけてくれた。彼はアイスが気管に入ったようでむせている。「ゲホッ……よくパッと韻を踏めるな……グフっ。」
「冗談はさておき。私が毎日同じ服でも問題ないよ、だって汗一つかかないから。でもイオリはちゃんと洋服買わないと。私が買うから、イオリはそのお店の外で待ってて。」
「……本当に買うのか?」
「買うよ。だから待ってて。」
イオリはカップに溶けたバニラを一気にジュースのように飲んだ。それから私のカップと一緒にゴミ箱に捨ててくれた。
私とイオリは引き続き手を繋いで、コンボに向かった。コンボの前は平日の昼間なのに人だかりが出来ていて、大盛況だった。客層は主に、若いお兄さんと厳つそうなおじさんだ。
「待っててね、イオリ。私買ってくる。」
「あ、ああ……あまりその、なんだ。」
「え?何?」
「その……迷子になるなよ。」
私はシカトして内部に突入した。壁には一面様々なパーカーがかけられていて、ラックはギュウギュウに服が詰まっている。でも店内どれを3点選んでも2千ブルーだ。
パーカーじゃダメだ、きっと彼は買っても着ないだろう。私はキョロキョロ視界を動かしてイオリが好きそうな綺麗なシャツ系を探した。
移動していると客の男たちにじろっと見られることがあった。確かにこの店にはあまり女がいない。つい目が合った赤いキャップを被ったラッパー風の男に向かって、一応ニコッと微笑んでおいた。
店の奥へ進むとシャツが壁にかけられていた。デニムシャツだ。綿の白い無地もあった。違うもっと、もっとだ!私は垂れて邪魔になった髪を耳にかけて、ハンガーを一つ一つ素早く移動させて確認した。
あまり好まれないのか、奥の方にボルドー色のシルクまがいのテロテロシャツがあった。それを手にして見ると、イオリのサイズと合いそうだった。それから黒いシックなベストもあった。それもキープした。
ベストやシャツには色違いがあった。白いシャツ、チャコールのベストもキープした。すると何かが脇腹に当たった。振り返るとさっきの赤いキャップの男だった。
「お姉さん、これどうぞ。」
「あ?え?あ、どうも……。」
よく見ると男の胸にはシドというネームプレートがあった。店員だったのかよ……と苦笑いをしつつ、差し出されたカゴに持っていた服を全部入れて、そのカゴを受け取った。
「お姉さん、彼氏さんにプレゼント?」
「あーまあそんな感じというか、うーん。」
「へえ、彼氏さんもゴシックな感じなの?」
「あー」どうだろう、まあフォーマルもゴシックも同じか?私は答えた。「そうですね、黒とか白とか、無彩色が好き。」
「じゃあこっちにあるかもしれない。」
私は赤いキャップのバスケ風ユニフォームを着た彼に付いて行った。彼はレジの隣のラックからチノパンを取り出した。黒いチノパンで、まあイオリに合いそうだった。
「これとかどうだろう?シャツのサイズからして、このサイズかなって。」
「あ、それください。それとグレーのも。」
「はーい。水色のチノパンはどう?最近流行だよ。上にグラデーションのシャツ着ると、トロピカルバイスっぽくなるんだ。」
「じゃあその組み合わせください!」
スポンジのように提案を吸収する私に気を良くしたのか、お兄さんは気合が入った様子で、それらを持ってきてくれて、カゴに入れた。
それからレインボーに反射するサングラス、薄いブラウンの皮の紐が巻かれた黒いハット、謎の素材の金のチェーンブレスレットもカゴに入れた。ブレスレットはお兄さんの激おすすめらしく、買ってみた。
それからボクサーパンツと靴下も結構カゴに入れた。そのおかげで値段は跳ね上がったが、別にイオリのためだから良かった。
支払いを終えると、お兄さんがせっせと全てを畳んで袋に入れてくれている。途中からヘルプできた別の若いお兄さんも赤いキャップのお兄さんに協力している。
私はレジ台のショーケースの中のネクタイが気になった。イオリのクローゼットにもあった、ボロビアというブランドのネクタイだ。お値段は……5万ブルーだった。
新作らしく、光を反射しない黒の素材に銀の線がスッと通っているスタイリッシュなデザインだ。きっと彼に合うはず。だけど……。
「お姉さん、ネクタイ気になる?新作だよ、ネクタイは高くても需要があってね、ちゃんとボロビアの正規品だよ。」
「あー……でももうお金がない。5千ブルーしかないから、諦めようと思っていて。」
「うーん……。」
仕方ないよね、諦めるしかないもん。こんなにお世話になったお店で、盗みをしようとも思えない。私はため息をついた。




