113 降ってくるもの
イルザ様が消えてから数分後に、その知らせが入った。皆で一緒に彼女のオフィスで待機していると、スピーカーからフォレスト大佐の声が響いた。
『ボードンの邸宅への奇襲は成功。あとはハロルドを捜索していますが、まだ発見出来ておりません。倉庫エリアで我々が苦戦していると思わせる作戦は功を奏しました。イルザ様のおかげです。』
するとイオリが急いで机のところに行き、マイクで話しかけた。
「ここにいるのは私です。イルザ様は護衛に会いに行きました。」
『なっ!アルバレス!?はっ!?……護衛?何を言っている?ノアズで待機している衛兵が全ての護衛だが?』
「しかし彼女は、その女性の姿を見て、私のシークレット護衛兼友人だと仰っていて、嘘ではなさそうでしたが。」
『はっ!?シークレット護衛なんぞ聞いたことはない!おいアルバレス!急いでイルザ様を追え!』
「えっ、あっはい!」と、イオリはマイクのボタンを押してから急いで走り始めた。「くそ!どうなってるんだ!?」
私とレイヴとダニーもイオリの後を急いで追いかけた。レイモンドはついて来なかった。彼が落ち着いてる様子から、多分シークレット護衛で間違い無いと思うけど、フォレスト大佐の命令を無視する訳にはいかない。
エレベーターで地下に行くと、スポーツカーが無かった。やばい。もう何処かに行っちゃってる。
「どうする?イオリ。」
「どうするって、車を借りるしかない!」
イオリは遠くの方に一台だけ止まっている白いバンに向かって走り始めた。そのバンは電子鍵がかかっていたけど、近くの衛兵に頼んで開けてもらった。
イオリが運転席に座った。ダニーは「俺のアイデンティティが」と言っていたけど、そんなのは無視するかの如く、また後ろのレイヴたちがドアを閉めていないのに、イオリはアクセルを思いっきり踏んで飛ばし始めた。
車がノアズの地下から出て、敷地内からも出て、街を抜けて、倉庫へ向かっている。遥か上空に、あのワインレッドのスポーツカーが飛んでいるのが見えている。
「イオリ!飛んだ方がいいんじゃない!?」
私は叫んだ。すると彼も叫んだ。
「くそおおおおお!この車にはジェット機能がない!全くイルザ様もどうしてあんな行動を!?どうしてこの紛争地帯の上を通っていくんだ!?一体あいつは誰なんだ!?湧き出る疑問の数々に俺は対処しきれない!ぬあああああ!」
確かに疑問は湧き上がるばかりだ。そして車は倉庫地帯の真ん中をブンブン通っていく。前方のボードンの方から射撃が飛んでくるかと思ったが、彼らは空の獲物に夢中で、スポーツカーを落とそうと必死に射撃している。
あのままだと、撃ち落とされるかも……!
しかしその前に我々の車が大破するかも。どんどんと車はボードンFOCが占拠しているエリアに突っ込んでいき、流石にこの車もダンダン撃たれ始めている。
レイヴがしゃがんで、窓からの銃弾を避けながらイオリに叫んだ。
「おいー!追いかけるのはいいけど、なるべく目立たないようにしろよ!」
彼は答えた。
「俺らが目立たなければイルザ様の車が撃たれるだろうが!いいか、俺らは彼女の為に囮になるんだ!ぬああああ!」
「えー俺らが囮になるのかよ!?そんな人生の終わり方は嫌だ!」
「何故嫌う!?イルザ様の為に命を散らすことが出来るのなら、それ以上の幸せはないだろうが!」
「お前はノアズ愛好家だからそう言ってられるんだろうけど、俺はアイスクリームのお風呂に入ってる時に老衰で死ぬのが一番いいと思うね!」
「何それ、あっはっは!」
「アリシア、笑っている場合ではない……あっ。」
バンが急停止をした。私は大きく前に体を揺らして、シートベルトに守られたけど、後ろの二人はダニーが助手席に、レイヴが運転席のシートに体をぶつけた。
どうして止まったの?と空から視線を落として前方を見た。するとボードンの高級車が行手を阻むバリケードように並んでいて、道が通れないようになっていた。
やはり後先考えずに突っ込み過ぎたのでは……と苦笑いした。並ぶ車の中にハロルドがいるのが見えた。でもここにはラズベリーがいないみたいだ。
イオリが車のマイクで彼らに話しかけた。
『何の用だ?』
すると一人のボードン兵が急にイオリに向かって銃を撃った。それは窓ガラスに当たって、窓が砕けた。防弾じゃないのね、この車。
イオリは座席の下に隠れた。私も座席の下に隠れつつ、持っていたスナイパーで応戦した。レイヴとダニーも応戦を開始した。でも、車が爆破されるとまずい。
その時だった。一斉に相手型の射撃が止まったのだ。顔を覗かせると、車からハロルドが降りてきていた。イオリも顔を覗かせた。ハロルドは、手下に何かを伝えて、その手下が我々のバンの方へ走ってきた。
運転席の窓から顔を覗かせて、「レイヴに用がある。彼を差し出せ。」と言った。イオリは「断る。」と言った。
「でも俺が行けば、このバンはそこを通っていいんだよな?」
レイヴが意外な一言を放った。空にはまだワインレッドのスポーツカーが飛んでいって、それを追いかけるかのようにボードンやFOCの車が飛んで行っている。
……ん?でもスポーツカーから射撃が発生してる。闇属性の魔弾だった。私はイオリに聞いた。
「イルザ様って闇属性?」
「彼女はお前と同じ、氷だったと記憶している。」
「おいお前ら話を聞いてるのか?レイヴ、来るなら来い。ハロルド様がお前に用があるらしい。」
「いいよ別に行っても。じゃーイオリ、あとは任せたからあれを追いかけろよ。」
レイヴが車から降りてしまった。イオリは「あっこら!」と慌ててバンから降りた。私も降りた。でも周りには銃を向けているボードン兵が我々を囲んでいた。
飛んで火にいる夏の虫ってやつですね。これだけ包囲されていると、私も一気には対処しきれない。とりあえず、ダニーとイオリと私は、くっついて立った。
レイヴはハロルドの前に行って、彼に聞いた。
「なんだよ、俺に用って。耳撃った件の復讐しにきたのか?」
「……。」
ハロルドは答えない。でも彼の隣にいる男性がメモを書いて、ハロルドに見せた。そうか、耳がもう聞こえない。ハロルドはレイヴにニコッと笑ってから、こう言った。
「少し早い誕生日プレゼントだ。ラズベリーからだよ。」
「あっ」
その瞬間に、ハロルドが内ポケットからハンドガンを取り出して、レイヴに向かって発砲した。私もスナイパーで同時に撃った。私の狙いは放たれた銀の銃弾だ。
私の氷の長細い弾丸が銀を貫いた。私が盾になると思ったみたいだけど、残念だったね、と心で思った。
レイヴも腰からハンドガンを引き抜いてハロルドを撃とうとした。でもレイヴは何かに気付いて、何を考えたのか、ハロルドに背を向けてこちらに走ってきた。
「おおおおおおお!?」
イオリが叫んだ。私が彼の方を見ると、彼は驚愕の表情で空を見て、しかも急に私の腕を掴んで、何かから逃げ始めた。
パシュッと私の太ももに何かが掠った。ハロルドの撃った銀の弾丸だった。少しその傷から体が溶けた。後ろを振り返ってみると、ハロルドがこちらに向けて銃を構えていて、その顔は不気味に笑っていた。
でももっと不気味なのは、彼の頭上に、ひっくり返った車があったことだ。あれがレイヴとイオリだけでなく、ボードン兵も蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ始めた原因だった。
降ってきた車はスポーツカーからイオリのマグナムで撃たれたに違いない。あれは威力を改造してる。そのまま空から勢いよく降ってきた機械の塊が、ハロルドに向かって落ちた。
地面にぶつかって、轟音を響かせて、大きく爆発した。その爆発で引火して、止めてあった車も順々に爆発していった。地響きがすごい。
私たちは近くの倉庫の影に隠れて、座って耳を塞いだ。三人とも無事だ。私は壁から顔を覗かせて、イルザ様の車がどうなってるか確認した。
ワインレッドの車がまだ飛んで行ってる。その後部座席のドアの隙間から放たれている闇属性の銃弾が、追いかけるボードンやFOCの車に着弾しては、どんどん撃墜を繰り返している。
撃たれた車は竹トンボのように倉庫地帯にどんどん落ちて、そこかしこで爆発があった。するとヒュンヒュンとコントロールを失った車の一つがこちらに向かって落ちてきた。
私は慌てて後ずさって、誰かにぶつかった。レイヴだった。彼も様子を見に来たらしい。私は彼を必死に押し戻した。「何だよ!俺だって見たい!」と言ってるが押して押して、皆で慌てて奥に走った。
奥へ逃げていると、すぐ背後に車が落ちた音がした。驚いたレイヴが「あああああ!?」と叫んだ。だから押して良かったでしょ……。
振り返ると、我々が座っていたところの壁が爆発でえぐれていて、炎がメラメラと燃えていた。
倉庫と倉庫の隙間で、我々は顔を見合わせて、生きてることに感謝した。私は死んでるけど、感謝した。
「イルザ様のご友人は、中々手練れのようだな。」
イオリが呟いた言葉に、私は少し笑った。




