112 明らかになる事実
「何を見ていますか?」
私はイルザ様の質問に答えた。
「正門のところに誰かがいる。一人はただのちょっとグレたおじいさんっぽいですけど、もう一人は手練れかも知れない。目つきも鋭くて、何人かやってそうな人物だと思う。」
「あーあれ!?」と、レイヴが手で望遠鏡を作ってそっちを眺めた。イルザ様は机のところに移動して、PCをじっと見つめた。
きっと画面には正門のカメラの様子が映っているのだろう。彼女はじっと無言で見つめて、机の上に置いてあった卓上マイクを自分のほうに寄せて、ポチッとボタンを押すと、スピーカーから声が聞こえてきた。
『イルザ様はいるかな?』
おじいさんの声だ。そして正門のところで見張りをしている衛兵が彼に言った。
『帰りなさい、あなた達は、ここにいるべきではない。』
衛兵がおじいさんに拳銃を向けている。でも帰ろうとしない。なんか怪しくないか……?
するとカーディガンの女性が、一歩前に出て、衛兵に訴えた。
『すみません、イルザ様に、少しだけでも会って頂きたいのです。』
何だかやけに女性にしては低い声だった。やたらと姿勢もいいし、よく見ると、片腕の袖がプラリと垂れていた。そうか、彼女には右腕が無かった。絶対にやばいこと間違いなしだし、そもそも溢れ出る覇気がすごい。
『私はジェーン……いえ、アレクセイ様を知っていて、でも記憶がないのです。』
「記憶がない?」
イルザ様がマイクに向かってそう呟いた。そして私もイオリに聞いた。
「アレクセイって誰?」
「シードロヴァのことだ。彼女は記憶を失っているが、シードロヴァのことを知っているらしい。分析する限り嘘を言っているようには見えんが、あの女……只者ではなさそうだ。どうすればあそこまで身体を鍛えられる?それも体型を維持したまま。それにあの目つき、何人もやってるな。」
「それ、私と同じこと言ってる。」
「そうか、はは。」
私はイオリと笑い合った。するとイルザが咳払いをしたので、笑いを消した。スピーカーからおじいさんの声が聞こえた。
『ああ、そうなんだ、このお嬢さんはさっき会ってね、記憶が無いけど、シードロヴァ様と関係ありそうなんだ。なあに、中に通したって、右手が無いんだから悪さしねえと思うよ。あとさ、こいつを連れてきたお礼をして欲しいんだが。』
シードロヴァと関係がある?イオリ以外にも友達がいたの?そんな訳あるか。それよりも右手が無い理由を聞いた方がいいよ……。それ相当の行為をしてきたってことでしょ?怪しすぎる。私がそう思いながらイルザ様を見つめていると、彼女と目が合った。
そして彼女は答えた。
「後で衛兵に、少しばかり謝礼を持たせます。グレッグ、マリーおばさまによろしくお伝えください。はあ、分かりました。そこの女性。あなた一人で、奥まで来てください。そこに私はいます。」
「え?おじいさんのこと知ってるの?」
イルザ様はスピーカーをオフにして、答えた。
「はい。彼のことを知っています。私の祖母の教え子です。それから、私は彼女に会いに行きます。」
「イルザ様!」イオリが慌てて、外へ向かおうとしたイルザ様の前に出た。「危険です!彼女をよく知らないまま会うのは危険です!私がお供します!」
「結構です。何故なら、彼女は私の友人だからです。」
「え?……しかし、そこの女性呼ばわりを。」
「こんな私ですからそのように友を呼ぶ時もございます。もう存在しない兄と私に会いに来たようです。あの肉体を見たでしょう?実は彼女は私のシークレットな護衛兼友人です。イオリ、私の前から消えなさい。」
「あ、申し訳、ございません……。」
イオリが避けるとイルザ様は小走りでドアへと向かった。ドアのところには先ほどの衛兵が立っていて、彼女が近づいてくると戸惑いつつもドアを開けた。
するとドアから誰かが勢いよく入ってきた。黄色いチェックシャツを着ている、スキンヘッドで目がくりっと大きな男性だ。しかも見覚えがあった。
「あ、レイモンドだ。」
私が言うと、レイモンドは我々を発見して、「ああああああ!」と叫び始めた。そして次にはイオリに向かって突撃し始めた。それをレイヴが慌てて飛び出て、突っ込んできたレイモンドを押さえて止めた。
「おいいい!アルバレス!あの時は、よくも俺に催眠術をかけたな!そして俺を食い止めてるお前は誰だ!?」
レイヴが答えた。
「俺はレイヴでイオリの弟だ!」
「え!?弟!?まあいい、アルバレス!お前のせいで俺はノアズをクビになったんだぞあああ!」
するとすました顔のイオリが彼に聞いた。
「確かにあの時はすまなかった。しかしあのまま何も情報を吐かなければ、お前はあの場で死んでいたぞ?仕事をクビになった?申し訳ないと俺は言うしかないが、ならば何故ここにいる?」
するとイルザ様がレイモンドの首を背後から掴んだ。レイモンドはビクッとして、イオリを襲うのをやめて、苦笑いした。何それ。
レイモンドは何も答えない。代わりにイルザ様が話してくれた。
「何故彼がここにいるか、それは彼が私の夫だからです。」
「え?え?え?……え?え?」
イオリは何度もえ?と聞いた。あまりにもえ?と聞くのでだんだん面白くなってきた私は、笑いを堪えきれずにお腹を抱えた。レイヴも一緒に笑い出した。
「え?え?え?レイモンド、いつから?」
「……いつって、二年前から、かな。」
「え?イルザ様、この男のどこがいいのです?」
「おい!なんだよそれ!」
レイモンドがムッとした顔をイオリに向けた。まあそりゃそうだよと笑いが止まらない。イルザ様は真顔で答えた。
「さあ、どうして私は彼と結婚したのでしょうか。彼は昔から兄の秘書でした。私は孤独でしたが、兄の周りの人物とは接点がございました。直接兄には言えないことを、レイに相談することもございました。するとある日、彼が私のことを美しいと申しました。彼にディナーに誘われました。誰かと食事をすることは新鮮な経験でした。彼はディナーが終わる頃に、私に帰るなと申しました。私は従いました。帰らずに、彼の自宅に寄りました。汚い部屋でした。ですが、キャンドルがありました。その白くて大きなキャンドルの炎を見つめていると、彼と一緒に居たくなりました。想いが通じたのか、彼が私のブラウスを「もういいから!もういい!もういい!あああああ!そこまで言わなくていいから!」
レイモンドが顔を真っ赤にして、手を激しく動かして慌て始めた。私とレイヴはもう既に笑い転げそうになっていて、イオリも腹を抱えて笑っている。イルザ様は続けた。
「……省略します。現在レイは無職ですが、このオフィスの掃除と、家事を担当しています。彼の作るコーンスープはとても美味しいので、私の好物です。さて、私は友人を迎えに行きますので、失礼します。今後、移動する可能性があります。」
イルザ様はコツコツとヒールの音を響かせて、廊下に出て行ってしまった。すると笑っていたイオリが一瞬で笑みを消して、ドアのところへ走って行き、彼女に叫んだ。
「イルザ様!地下に屋敷で拝借した車があります!引き出しには私のマグナムが入っていますから、それをどうか護身用に!」
奥の方から彼女の声が聞こえた。
「承知しました。イオリ、ここを頼みます。どうかご無事で。」
イオリはドアを閉めた。「一人で行かせて大丈夫だったかな……。」と彼が呟くと、レイモンドが「護衛がいるから大丈夫だろ。あんな人見たことないけど。」と言った。




