65
室内には領主夫妻と思われる五十代半ばの男女とその娘であろう二十歳前後の女性が一人いた。
「御館様、ジン・マキシマ様をお連れしました」
「ようこそ御出で下さった、ジン殿。私はレスター・オクタヴィス。この度は私の軽率な判断でご迷惑をお掛けした事をここに謝罪致します。マリーベル・・・そなたを失うのは、この地を守護するに当たって大きな損失だが、ジン殿と末永く暮らすが良い」
「はい・・・お世話になりました、レスター様」
「うむ・・・ジン殿、お茶一つ満足に出せず申し訳ない。今は先に片付けなくてはならん事が有るので、今暫くお待ち下され。ハインツ、あ奴は自室か?」
「いえ、おそらくは執務室かと」
「そうか・・・では、向かうとしよう」
「待ってくれ、俺もあいつに用が有んだよ。それに、あんたらだけじゃ衛士達に対応出来ないんじゃないか?」
最初は俺にこれ以上迷惑を掛ける訳にはいかないと難色を示していたが、のんびり議論していて逃げられる方が拙いと説得して、レスターの妻と娘を残して移動した。
途中、来る時に倒した衛士達の姿は無く館内は静まり返っていたが、暫く進むと一人のメイドがこちらに走って来るのが見えた。俺は一応警戒してはいたが、如何やらバカ息子達が慌てて逃げる準備をしている隙に逃げて来たようで、レスターが無事なのを見て安堵の息を漏らしていた。
「では、リヒテルは裏におるのだな?」
「はい。私財の積み込みに手間取っておいでです」
「なぁ、裏ってどっちだ?屋敷が広過ぎて気配が今一良く解んねぇんだよ」
「は?あ、あちらになりますが・・・・・」
俺はメイドが指刺す方向の窓を開けるとマリーを抱きかかえ「先に行ってるから出来るだけ早く来いよ」と告げて飛び降りた。
着地と同時に空を見上げ太陽の位置を確認。現在位置は敷地の北東側だ。裏口の有る西側目指して中庭を駆けだした。
中庭からまた館の中へ入り、裏庭に出るであろう扉を蹴り開けると丁度裏門が開く所だった。
「逃がしゃしねぇぞ!クソ野郎があ!!」
俺に気付いた衛士が向かってくる。俺は走る速度を落とさず、マリーを抱き抱えたまま中を舞い、次々と衛士を蹴り飛ばし踏み台にして前に進み、走り出した馬車の上に着地した。
御者と馬に向けて殺気を放つと御者は泡を吹いて倒れ、馬達が暴れだして馬車が暴走して通り沿いの壁にぶつかって横転した。勿論俺は横転する直前に飛び降りたので無傷だ。
馬車の中から呻き声が聞こえる。上を向いた扉を踏み抜いて開けると、二人のメイドの下敷きになって気を失っているリヒテルが見えた。
メイドを引き上げて馬車の上に乗せて寝かせていると、後を追って来た衛士達に囲まれていた。まぁ気が付いてたし、気にする程の事でもないけど。
気を失ったままのリヒテルを引き上げると衛士達が騒ぎ出したが、無視だ無視。バッグからあの護衛の男が投げた首輪を取り出した。このままじゃこいつには効かないだろうけど、試してみたい事が有るんだよね。
首輪に魔力を流して行く。オクタヴィス家の魔力を俺の、カグツチの魔力で上書きするのだ。試行錯誤するまでも無くほんの十秒程で上書き終了。リヒテルに付けてから頬を叩いて目を覚まさせた。
「・・・・・ぅ・・・あ・・・うわあああぁぁぁ!!き、貴様何故・・・何をして・・・・・な、何だこれは!!」
「見りゃ解んだろ、お前さんの大好きな首輪だよ。俺の魔力で上書きしておいたから、死ぬまで俺の奴隷だな。先ずは立て、そして俺に付いて来い」
俺の命令にリヒテルはギャーギャー喚きながら従った。会員登録の時もだけど、この世界には謎技術が有って面白いな。
「おう、お前等道を開けろ。ぼさっと突っ立ってねぇで、御者と侍女二人の治療と馬車の撤去だ。もう直ぐ本物の領主が来るから、今の内に自分達が使える所見せといた方が良いんじゃねぇのか?こいつに付くってんなら、間違いなく反逆罪で処刑って事になる。つーか、今直ぐ俺が相手してやってもいいぞ」
衛士達は顔を青くして駆け出し、俺の指示に従った。まぁ死にたくはないよな。こいつらもこの馬鹿に逆らえなかったんだろうし、ほんと封建制とか階級社会って面倒臭くって馬鹿らしいと思う。
喧しいリヒテルを連れて裏庭に戻ると、丁度レスターが出てきた所だった。レスターは俺達、と言うかリヒテルに気が付くと顔色一つ変えずに近寄って行き殴り飛ばした。
「グハッ!ち、父上・・・何を・・・・・ガハッ!やめっ!ギャ!ゆ、許してベッ!・・・グアアアァァァ・・・・・!!」
「貴様なんぞに父と呼ばれたくないわ!!このまま殴り殺してやる!!」
五十代半ばと言う見た目にそぐわない連打がリヒテルに容赦なく突き刺さり、あっと言う間にリヒテルはボロボロになりレスターの足元に転がった。こりゃぁ相当鍛えてんな。ハルと良い勝負しそうだ。ハアハアと息を荒げリヒテルを踏みつけるレスターを俺は止めた。
「レスターさん、もうその辺で。俺的にそいつにそんな死に方されても困るんでね」
「むぅ・・・ジン殿がそうおっしゃるのでしたら・・・・・」
取り敢えず外で話をするのもなんだと室内に。と言うか奥さんと娘さんの居る部屋へと戻る事にした。二人も心配してるだろうし、リヒテルに言いたい事も有るだろうしな。
で、リヒテルを引き摺って戻るなり、奥さんと娘に罵倒されながらボコられて見るも無残な姿になったよ。この二人も結構やるな。リヒテル以外は武闘派一家か?ああ、こいつが弱いから婿を取るって事かな?国境を護る領主が弱かったら格好悪いしな。
リヒテルを床に転がしたままテーブルに着いて話をした。レスターは準備が整い次第聖都に向かいリヒテルの起こした騒ぎの責任を取るので付いて来て欲しいと言うが、俺はそれを断った。
「それで一時的に収まってもダメなんだよ。俺達の力を恐れる貴族達が居る限りまた同じ事が必ず起きるんだ。だから誰もが納得する形で戻れる機会が来るまでこの国を離れるよ」
「そうですか・・・それでリヒテルは如何なさるおつもりで?可能であるならば聖都に連行し裁きを受けさせたいのですが・・・・・」
「それも出来ないな。こいつに貴族として死なせる訳にはいかないから。それで、悪いんだけど広場まで付いて来てくれるか?」
リヒテルを引き摺り、マリーとレスターを連れて館を出て広場へと向かった。広場に着くとリヒテルを起こした。
「お前はそこで死ぬまで土下座をしてろ。食事を摂るのは構わないが声を出す事は許さん。次に俺がここに来た時に生きていたら解放してやる」
俺の命令で土下座をするリヒテルを悲痛な表情でレスターは見下ろしていた。何だかんだ言っても自分の息子が苦しみ続けるのを見るのは辛いだろう。
「それじゃ俺達は行くよ。聖都の方はもう落ち着いてるとは思うけど、事の顛末の報告は頼む。あんたが如何責任を取るつもりなのかは知らないけど、命を捨てるような真似だけはすんなよ」
「ジン殿・・・次に会う時はお礼とお詫びも含めて歓待させていただきたい」
俺は「ああ、それじゃ」と言ってマリーの手を取り歩き始めた。マリーは一度振り返ってレスターに頭を下げていたが俺は振り返らなかった。
東門を出てバイクを出して走り出す。俺達は国境を越えて先へと進んだ。何時か必ず帰って来られると信じて。
ここまで読んで頂き有難う御座います。




