第25話「父と子」
お読みいただきありがとうございます。猫型ロボットのユーです。
アルマンが隠密のローブを渡したのは、いつでも暗殺してきていいぞ、という彼なりの信頼の証なんだろうね。
それが今回の一番の賠償とするあたり、とてもかっこいい男だと思う。
そして無事、ガイア大陸のすべての大国を旅したエルティモたち。だけど帰路の最中、異変が起きていることに気が付いた。
果たしてそれは何なのか。最大の試練が始まる、第25話。
少し僕の気も重いんだよ、、、。
国境の丘をひとつ越えれば、懐かしいリベル国が見えてくるはずだった。
「あれはなんだ、エルティモ。」
クララの指す方角を見て、息をのんだ。
恐ろしいほどの羽音。空を埋める、黒い何かの集合体。それも、あるエリアだけではない。四方八方、見渡す限り、同じ光景が広がっていた。
帰路の途中から、空の端にわだかまって見えていた、あの黒い靄。その正体が、これだったのか。
「痛いっ。何かに噛まれました。」
クリスの腕に取り付いた黒い物体を、素早くつまみ上げる。目が、赤い。、、、イナゴだった。
何が起きているんだ。普段は穏やかな虫のはずだ。だが目の前のこれは、明らかにおかしい。
群れは緑の景色を、みるみる灰色へと塗り替えていく。
「どうやら、人は滅多に襲わないようだ。クララ。」
「尻が痛いなんて、泣き言を言っていられないわね。」
クララのスキルで馬たちの速度を三倍に上げ、私たちはリベル国へと駆けた。
* * *
街に着いた。通りに人影はない。皆、建物の中へ避難できているようだ。
――いや。遠くの畑に、鍬を振り回している人影が見えた。
「何をやっているんだ、早く逃げろ。」
「手塩にかけて育てた野菜たちを、こんな奴らに食わせてたまるかぁぁぁ。」
農夫は鍬を振るい続ける。だがその一振りで払える数など、たかが知れている。振り払った先から、群れは何事もなかったかのように畑へ降りていく。
「気持ちはわからないでもないが、それで目でも潰したらどうするんだ。いいから避難するんだ。いいな。」
周りを見れば、同じように群れと争っている人たちがいる。だが、どう考えても、太刀打ちできる相手ではなかった。
「孤児院の子供たちが心配です。そちらへ行きます。」
クリスが叫ぶ。
「気をつけてな。」
「私はギルドに情報を聞きに行くわ。」
「任せた。私は城へ行って、父に話を聞く。気をつけろよ。」
クララは後ろ向きのまま、軽く手を振ってギルドへ向かっていった。
* * *
城に着くと、避難してきた人で溢れかえっていた。
「みんな、悪いがどいてくれ。」
「おお、王子が帰ってきたぞ。」
期待に満ちた目が、いっせいにこちらへ向く。、、、すまない。この状況をどうにかする方法は、まだ思いつかないんだ。
父カイルがいるはずの部屋へ向かったが、姿がない。
みんな、どこだ。、、、すると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。
覗くと、父カイルがエプロン姿で料理をしていた。
「ち、父上!?」
「おお、ちゃんと帰ってきたか。うむ、しっかりと大人の顔になったな。まあ、話は料理をしながらにしよう。」
「エルティモ、ただいま帰りました。、、、ではなく、何をなさっているのですか。」
「見てわからんか。料理を作っておる。」
「何故、父上が。」
「みんな、治安の維持や不安がる国民のために動いてくれておる。この城で唯一暇なのは、ワシだけだったんじゃ。いや、お主も来たな。ガッハッハ。」
「父上は、外をご覧になりましたか。」
「ああ、見た見た。嫌というほど見たわい。」
「対策を考えましょう。今すぐにでも、、、。」
「まあ落ち着け。お主、あれを見てどう思った。」
「国に大きな災いが起きていることだけは確かです。どうにかしなければ、と。」
「あれをどうにか、か。さすがワシの息子じゃ。だがな、あれは人がどうこうできるものではないぞ。」
表情は、あくまでにこやかなままだ。そんな父に苛立ちすら覚えながら、私は言葉を選んで聞いた。
「何故、そこまで落ち着いていられるのですか。」
「うむ、そうじゃな。これはあくまでワシの持論なんじゃが――人はな、潜在的に力を抑えて生きておる、と考えておる。」
「火事場のクソ力、と少し下品じゃが、そういう言葉もあるじゃろう。危機に瀕したとき、後がない状態になったとき、人はいつも以上の力を発揮できる。そういうものじゃ。」
父の話している内容は分かる。だが、なぜ今、この話をされているのだろうか、、、。
「それをな、自らの意思で発揮できる者が、ごく少数じゃがおる。ワシも、その一人じゃ。」
父はあくまで淡々と、野菜を刻みながら話を続ける。私も手伝いに入った。大きな鍋に水を張り、火をくべて、湯を沸かし始める。
「それを得るには、普通ではないほどの逆境を乗り越えることじゃ。そのために、心の底から覚悟を決める。覚悟が深いところまで至る経験をすると、以後は自らその状態に入れるようになる。ワシはこれを――遺伝子の切り替え、と呼んでおる。」
これは大事な話をしてくれている、と察した。
「覚悟が極まると、余計な思考が消え、高い集中が得られる。思考も、力も、基本的な能力が大きく跳ね上がる。そういう状態に、自分から入れるようになるんじゃ。」
にわかには信じがたい話だ。だが、一代でこの国を築き上げた父の言葉だ。ただの世迷い言と、切って捨てることはできなかった。
私も隣で、野菜を刻み始めた。
「父上は、どこでその覚悟を決める出来事があったのですか。やはり、この国を立ち上げると決めた日ですか。」
父カイルは、ニヤリとしながら答えた。
「お主の母イーリスが天に召されたとき。そして、お前をこの腕に抱いたときじゃ。必ずこの子を一人前に育て上げ、幸せにする、と決めたときじゃな。まあ、びっくりするほど出来の良い子に育ったがのう。」
私は、言葉が出なくなった。
この涙は、今切っている玉葱のせいだろう。きっと、きっとそうに決まっている、、、。
* * *
しばらくして、食材と米を鍋に入れ、あとは時間を待つだけとなった。
私は食器の準備を始めた。大鍋が四つ。五百人分はあるのではないか。簡単で、腹に溜まる野菜粥だ。
鍋から立ちのぼる湯気と匂いが、廊下の方まで流れていく。避難してきた人々のざわめきが、心なしか和らいだ気がした。腹が減っては、不安とも戦えない。父の狙いは、これか。
互いに火加減を見始めたころ、父カイルが旅の詳細を聞いてきた。
「どうじゃった、旅の様子は。逐一報告は受けとったがな、最後の武力商業都市だけは、まだ届いておらんのじゃ。」
まずは、冒険者の国で女王の力が凄まじかったこと。魔法都市では精霊王と会話ができたこと。そのおかげで空飛ぶ鯨に乗り、大樹の国へ向かえたこと。その大樹の国では、素敵な出会いがあったこと。もちろん、姉たちが元気であったことも伝えた。
「ほほう、鯨に乗れるのか。ワシも経験したいのう。」
父はだいぶ興味津々だった。
「して、最後の国はどうじゃった。」
「宰相のアルマンが、飛空艇で迎えに来ました。それに乗りました。」
「なるほどのう。はなっから、かましてやろうという腹づもりか。」
「いえ。友になろうと、その言葉のために来てくれました。ですので、友になりました。」
「ほう、、、。」
「その後、メアリー女王の派閥の者にアルマン暗殺を依頼され、それを断り、地下の家城を破壊して逃げました。」
「ほ、ほう、、、。」
「アルマンからは、賠償として、我が国の借金を帳消しにしていただきました。」
「、、、。」
流石にこれには言葉が出ないのか、と思ったら――父カイルは、無言で私を抱きしめてきた。
「よう、無事に帰ってきた。」
「はい、、、。」
親子の会話は、これで終了だ。
* * *
イナゴの群れは数日でリベル国を離れ、新しい土地へと向かっていった。
辺りを見渡すと、草木は全滅。家畜は守られたものの、今年の収穫は絶望的なものになるだろう。
私と父カイルは、城に避難してきた皆に粥を配って回った。労いの言葉と、心配ないさという笑顔と、また一緒に頑張ろうという約束を添えて。
「おうじさま、おかわりしてもいい?」
「ああ、いいとも。たくさん食べて、大きくなってくれ。」
小さな子供の器に、粥をよそう。母親らしき女性が、何度も頭を下げてきた。頭を下げたいのは、こちらの方なのに。
温かいものが腹に入ると、人の顔には血の気が戻るらしい。あちこちで、ぽつりぽつりと会話が生まれ始めていた。
配りながら、考える。
器を作り、工夫を重ね、これまで大抵の問題は解決してきた。だが、空を覆うあの群れには、剣も、知恵も、届かなかった。大自然を相手に、人はあまりに小さい。
――あれは、人がどうこうできるものではない。
父の言葉の意味が、今は少しだけ分かる気がした。それでも、悔しいものは悔しいのだが。
友好関係を結べた各大国からの援助もあって、この年はなんとか乗り切ることができた。
借金の帳消しには、本当に感謝しかない。
だが、不運は重なるものだ。
翌年、今度は日照りが続いた。空はどこまでも青く、憎らしいほどに雲ひとつない。川は痩せ、井戸は浅くなり、種を蒔いた畑は乾いた土を晒すばかり。二年続けての、大不作となった、、、。
リベル国始まって以来の、本当の危機が始まった。
お読みいただき、ありがとうございました。onecaratです。
いよいよ第一部、最後の物語の始まりです。
仕込みを全部吐き出せるように、仕上げていきたいと思います。
このお話が投稿されるのが7/11。そして、これを書いている今日も7/11です。ついに書き溜めが尽きて、リアルタイム進行になりました。
もっとも、ここからのお話を書くためにこれまでの前段があったので、頭の中にはすべてあります。書ききれると思います。
次回もお読みいただけると嬉しいです。
小説に使用しているエディタ:https://onecarat.dev/




