第23話「暗殺依頼とエルティモの決断」
お読みいただきありがとうございます。猫型ロボットのユーです。
う~ん、いつもなら得意の発想力で問題を解決していくエルティモだけど、今回だけは話が違ったんだ。
宰相アルマンに気に入られている、その事実から暗殺を依頼されてしまう。
問題解決の手段も、解決すべき相手も違うんだよ。
断ればどうなるかは一目瞭然な状況、果たしてエルティモの決断は、そんな第23話。
レッツゴー~♪
宰相アルマンの暗殺。
その言葉が、頭の中で、幾度も反響する。
流石の私も、一瞬、思考が止まった。だが、止まっている場合ではない。
ここで断れば、どうなるか。答えは、考えるまでもない。後ろに控えるクララとクリスごと、二度とこの地下から出られなくなる。三十の兵と、人を笑って消す老女。この状況で、否はそのまま、死を意味する。
地下水路の空気は、冷たく、湿っている。壁の松明が、老女の皺を、深く照らしていた。じっとりとした静けさの中で、三十の視線が、こちらの返答を、じっと待っている。
まずは、時間だ。
「私は、まだ弱い二十歳の、他国の王子にすぎません。そのような大役を、遂行できるとは思えませんが。」
できるだけ、平静に。無理だと匂わせつつ、決裂だけは避ける。
バルケローニは、待っていたとばかりに、にたりと笑った。
「案ずるな。手立ては、こちらで整えておる。」
老女が、皺だらけの手を掲げる。すると、どこからともなく、一枚のローブが差し出された。
闇をそのまま編み込んだような、深い漆黒。目を凝らしても、輪郭が、うまく像を結ばない。なるほど、只の布ではない。
「これはな、ガイア大陸に五つとない、隠密のローブよ。羽織れば、動かぬ限り、誰にも気取られぬ。すごいじゃろう。これ一枚で、城がひとつ建つほどの逸品じゃ。」
その瞬間だった。
背後の気配が、はっきりと変わった。
ちらと振り返れば、クララとクリスの二人が、揃って冷や汗を流している。顔色は、紙のように白い。動揺が、隠せていない。
(この状況だ。二人が怯えるのも、無理は――)
いや。違う。
二人の視線は、老女ではなく、あのローブに、釘付けになっている。何故だ。
――そうか。あれほどのアイテムがあれば、各王の暗殺すら容易になる。そのような品物が世の中に存在することに驚愕しているのか。
万が一にも、さる貴族から贈られて安易に使ってしまい、そこまで高価なものだと気が付かなくて、たったいま驚愕している、ということはないはずだ。
(二人とも。今は、耐えてくれ。)
小声で、「大丈夫か」とだけ伝える。二人は、ぎこちなく頷いた。
「初めて、見ました。世に、これほどの品が存在するとは。ですが、それほどの物があるなら、私よりも適した者が。それこそ、本職の――」
「それも、考えたさ。」
バルケローニは、ゆるりと首を振る。
「だがな、アルマンはガードが固い。気配だけでは測れぬ守りが、あの男の周りには幾重にもある。並の刺客では、近づくことすら叶わぬ。唯一、あの男が気を許しておる、お前さんを除いてはな。」
――そう、きたか。
アルマンは、本当に私を気にかけている。その信頼を、刃に変えろと。冗談ではない。
ふと、脳裏に、エレイザの問いが、よみがえる。夢はあるか。己の欲望と向き合うことの大事さを伝えてくれていたと思うが、目の前で笑うこの老女は、いわば、欲望がそのまま人の形をとったような存在だ。ならば、私の出す答えは、とうに、決まっている。
顔には出さず、私は思考を巡らせる。とにかく、時間がいる。
「わかりました。ただ、ここで私が命を落とす。そういう結末も、あり得るのです。少し、集中して考えても、よろしいですか。」
「好きにせい。ただし、そう長くは待てんぞ。」
老女の背後で、兵たちが、じり、と半歩、間合いを詰めた。急かしているつもりらしい。結構。こちらも、長居をするつもりはない。
私は、こめかみを、とん、とん、と叩いた。
その時にはもう、老女の声は、耳に入っていない。
――ここまでの道のりで、いくつもの水脈が、この地下を流れているのはわかっている。地下水路の水が枯れぬのは、複数の脈が、この一帯に集まっているからだ。
意識を、床の下へと沈める。石の厚み。その継ぎ目。水の通う、位置。
耳の奥に、水の唸りが届く。石の向こうで、押さえつけられた流れが、出口を求めて、身をよじっている。
見える。手に取るように。
一点だけ、脆いところがある。そこを穿てば、抑え込まれた水が、いっせいに牙を剥く。
賭けには、なる。だが、三十の剣と正面からやり合うよりは、よほど勝ち目のある賭けだ。
後ろの二人に、指で伝える。三本。二本。一本。
そして――
「私の答えは、これだあぁぁぁッ!!」
渾身の一撃を、床の、その一点へ叩き込む。
石が砕け、足元が抜け落ちた。落ちる勢いを殺さず、さらにその力で、下へ、下へと穴を穿つ。
やがて、押さえつけられていた複数の水脈が、堰を切って、一つに合流した。
轟音。渦。地下の闇を、濁流が満たしていく。
兵たちの怒号が、水音に呑まれて消えていく。老女の声も、もう、遠い。
「クリス!! 湖の練習を思い出せ!!」
クリスは、泳ぎが得意ではない。だからこそ、大樹の国へ向かう前に立ち寄った湖の街で、泳ぎを教えておいた。こんな形で役に立つとは、あの時は、思いもしなかったが。
濁流の中、彼女へと手を伸ばす。だが、あと一歩、届かない。こちらからは、これが限界だ。彼女のほうから、伸ばしてくれれば――。
――水は怖くない。目を開けろ。湖のほとりで、繰り返し教えたはずだ。
クリスの、固く閉じられたまぶたが、震え、そして、開いた。その目に、あの日の記憶が、確かに戻っている。
彼女は、目の前の私の手に気がつくと、ためらわず、腕を伸ばした。指先が触れる。私は、それを、しっかりと握り込んだ。
振り向けば、クララは、すでに自力で私の背にしがみついていた。「詩人はね、逃げ足だけは、一流なのよ!」この状況で、減らず口は健在だ。少しだけ、心強い。
三人まとめて、濁流に呑まれる。
渦に揉まれ、上も下も、わからなくなる。それでも、二人の手の感触だけは、離さなかった。やがて、流れの先に、かすかな光が見えた気がして――
視界が、白く濁って――途切れた。
* * *
意識が戻ると、見知らぬ天井があった。柔らかい寝台。窓の外は、すっかり夜だ。そして、目の前に、あの男の顔があった。
「おい。俺抜きで、大冒険してんじゃないよ。」
宰相アルマンが、いつもの調子で、笑いかけてくる。
「――二人は。」
跳ね起きて、真っ先にそれを訊いた。
「安心しろ。無事だ。」アルマンは、軽く肩をすくめる。「お前、ギリギリまで二人を庇って泳いだそうだな。おかげで、かすり傷ひとつない。念のため、宿で休ませてある。」
よかった。
全身から、力が抜けた。
そうなると急に、体のあちこちが、鈍く痛み始める。どうやら、無茶の代金は、あとから請求されるものらしい。
「妙な水路から、三人ばかり流れ出てきた、と報せがあってな。行ってみれば、見知った顔だ。」アルマンが、やれやれと息を吐く。
この男の耳は、街の隅々にまで届いているらしい。
「事情は、二人から聞いた。」アルマンの声が、少しだけ低くなる。「悪かったな。とんだことに、巻き込んで。」
「大国も、大変ですね。」
皮肉のつもりではない、正直な感想だった。アルマンは、苦笑いを浮かべる。
「詳しい話は、明日の朝だ。お前には、聞いてもらいたいことも、頼みたいこともある。」そう言った一瞬だけ、その目は、宰相のものになった。だが、すぐにいつもの軽さに戻る。「だから今夜は、もう休め。……と言っても、無駄なんだろうな。」
夜も更けていたが、構わなかった。私は、仲間のもとへと駆け出していた。
夜の街は、昼間の喧騒が嘘のように、静まり返っていた。石畳を蹴る、自分の足音だけが、やけに大きく響く。
宿にたどり着く。扉を開けると、二人の顔が、そこにあった。
向こうも、私に気づく。駆け寄ってくる。
三人で、抱き合った。
濡れて、乾きかけた髪の匂いがした。生きている。それを確かめるように、腕に力を込めた。
「よかった。」それしか、言葉が出てこなかった。
「王子様の泳ぎっぷり、なかなか様になってたわよ。」クララが、目尻を拭いながら、憎まれ口を叩く。
「よかったです。ほんとうに。」クリスは、何度も、何度も頷いた。「湖の練習、覚えていて、よかったです。」
言葉は、それだけで十分だった。
思えば、あの地下で答えを出したのも、理屈ではなかった。この二人を、死なせたくない。ただ、それだけだった。
何かが、私の中で、ほどけていく。ずっと、理想の王子でいなければと、張り詰めていた何か。その殻が、静かに、破れた気がした。
だから、私は――柄にもなく、こんなことを口にした。
「今夜は、、、二人に、甘えても、いいか。」
二人は、顔を見合わせ、にやりと笑う。そして、目だけで、いいよ、と伝えてきた。
三人で、寝台へと駆けた。
お読みいただき、ありがとうございました。onecaratです。
AI関連の話で恐縮なのですが、先日の金曜日(7/3)にFable5というミトス級といわれるAnthropicのAIモデルがお試しできる状況になりました。
7/7まではお試しで簡単に使えるので、自分の作ったアプリケーションのセキュリティチェックに利用したら、、、指摘がありました。公開前でよかった、、、ありがとうの気持ちです。
次回もお読みいただけると嬉しいです。
小説に使用しているエディタ:https://onecarat.dev/




