第20話「武力商業都市 彼の名はアルマン」
お読みいただきありがとうございます。エルティモの姉のベッキーよ。
前回、私の弟であるエルティモが、大賢者エレイザに散々に振られてしまって、見てられなかったわ。
それでも、エレイザは弟の抱えている一番の問題を、的確に、ハッキリと告げてくれた。成長という観点では、感謝しなきゃね。
ただ――これ以上の成長は、一つの国家の枠には収まらない可能性が高いのよ。セシリー姉さんと相談ね。
エルティモが今回の旅の最後の大国、武力商業都市へ向かう第20話。
エレイザ、あの振り方は手厳しすぎたんじゃないの。、、、覚えていなさいよ~。
大樹の国を出て、私たちはついに今回の旅で最後となる大国――武力商業都市へと、馬車で向かっていた。
何かをやる気が湧いてくるわけではない。それでも、やるべきことはある。気を抜くと、流れていく窓の外の景色を、ただぼんやりと眺めてしまう。
「、、、、、、ふぅ。」
クララとクリスは、私に気をつかって、一人の時間を作ってくれていた。
大勢の前でプロポーズをして、駄目でした――だものな。気もつかうか。
「今回は、少しゆっくりしていこう。最後の大国に向かうんだ。道中はのんびり行くとしよう。」
私がそう声をかけると、二人は顔を見合わせて、それから、やいのやいのと盛り上がってくれた。
「いいわね。たまには、私たちの寄り道に付き合ってもらおうかしら。」
クララが軽い調子でそう言う。
「賛成です。最初の街では、甘いものを探しましょうね。きっと、元気が出ますから。」
クリスは、のんびりとした声で、そんなことを言う。
、、、二人とも、気づいているのだろう。私が、まだ少し沈んでいることに。
少し、気持ちが救われた気がした。、、、そう、救われた“気がする”のだ。
だから私には心があるんじゃないのか。、、、いや、そういうことではないんだろう。これも、周りから入ってくる情報に反応しているだけなのかもしれない。
別れ際、エレイザは私にこう言った。
「人の内の内にある、もっとも純粋なもの。、、、それは、欲望だ。それを上手に表現するのが、理性。自分の欲望がなんなのかと、向き合うことだ。、、、じゃあな。」
欲望とはなんなのか。自分に、そんなものがあるのだろうか。
今、いちばんやりたいことはなんだろう。集中はせずに、ただ感じてみる。
――元気づけてくれた二人に、何かを返したい。
そう思った。それが、したい。
* * *
最初の街には、昼過ぎに到着する見込みだった。少し、小腹が減ってくる。
そこで、軽食を作ることにした。
馬車には火鉢を持ち込んでいる。夜に温かい飲み物を飲んだり、暖をとったりするためだが、いまからやろうとしている料理も、その用途のひとつだ。
「今から簡単に軽食を作るぞ。」
そう宣言して、米を炊きながら、謎の緑の物体をすりおろしていく。
二人は興味津々だ。「なんですか、それ」と、身を乗り出してくる。
「もちろん、食べてからのお楽しみだ。」
炊いたお米に、すりおろしたこの緑の物体をのせ、お湯をかける。最後に、ごまをぱらぱらとあしらって、完成だ。二人にふるまう。
口に運んだ二人の反応は、見ものだった。
先に悲鳴をあげたのは、クララのほうだった。
「っ、な、鼻の奥が、、、つぅんとする! なんですかこれ、、、!」
涙目で口を押さえている。普段は何事にも動じない彼女の、珍しい姿だ。
一方のクリスは、不思議そうに首をかしげながら、もう一口、二口と運んでいく。
「、、、んん? 痛いような、おいしいような、、、ふしぎな食べ物ですねぇ。」
「これは山葵という、水のきれいな大樹の国でしか手に入らない、貴重な食材のようなものだよ。」
初めこそ動揺していた二人だったが、次第に癖になったらしい。気づけば、きれいに平らげていた。
そう。これは、癖になるんだ。
* * *
小腹も満たし、最初の街にたどり着く頃――状況は、大きく変わっていた。
やがて馬車が最初の街へ近づくと、様子がおかしいことに気づいた。
街道のところどころに、武装した兵が立っている。商人の荷馬車が、その脇で検分を受けていた。
「、、、ずいぶんと、物騒な街ね。」
クララが声を低くする。
そうだ。ここは武力商業都市。武をもって商いを守り、商いをもって武を養う国――噂には聞いていたが、街ひとつにここまで兵を割くとは。
街が、軍に支配されている。、、、かのように見えた。
だが、そうではなかった。街の入り口に、武力商業都市の宰相が、待ち構えていたのだ。
彼の名はアルマン。武力商業都市の、実質の支配者だ。
王が突然亡くなり、いまは齢八歳の幼き女王が君臨しているが、年齢もあってか、お飾りにすぎない。
、、、まずい。今の私の状態では、何もかもをやり込められてしまう。
集中しろ。集中するんだ。そして切り替えろ。切り替えるんだ。
アルマンがこちらに歩いてくるまで、もう一分もない。
私は、左のこめかみを、とん、とん、と軽く叩いた。
得意の“演じる力”で、自分に言い聞かせる。
私は一国の王子。冷静で、自信を内に秘めた、国王の子。王子にふさわしい、理想の王子である――。
、、、間に合うか。
「やぁ、王子じゃないか。元気かい? 久しぶりだねぇ。」
アルマンが、気のいい男といった態度で、友人のように距離を詰めて声をかけてくる。
「こっちに来てくれるって連絡をもらってね、待ちきれずに来ちゃったよ。」
「アルマン宰相。わざわざ迎えに来ていただけるとは、ありがたい。私も、お会いしたかった。お元気そうで何よりです。」
、、、ま、間に合った。しっかりと、ふるまえる。
「各大国を回ってるんだろう? どうせなら、うちから来てくれてもよかったのに。」
「ふふ。私は、楽しみを最後にとっておく性格でしてね。」
笑顔で、そう返す。
「冒険者の国では王女にずいぶん気に入られたようだし、魔法都市でも大活躍だったみたいじゃないか。」
、、、なるほど。全部、筒抜けというわけか。
ならば、振られたことも、知っているんだろうな。
「何、私からすれば、大したことはしていません。やれることを、やらせてもらった。その程度です。」
アルマンは、つかんだ私の肩を引き寄せ、耳元でささやいた。
「大樹の国では、残念だったな。、、、まぁ、気にすんな。女なんて、星の数ほどいるさ。こっちにも美女をたくさん連れてきてる。好きなのを選んで、楽しまないか?」
にやり、と。少し悪そうで、それでいて楽しそうな――人たらしの顔。
、、、さすがだな。
「それには及びませんよ。なにせ、美女は――間に合っているのでね。」
私は、クララとクリスへ目をやった。
二人は、空気を察したのだろう。「世界一の美女だなんて」「ああ、美しさは罪なのかもしれません」と、大げさに頬を染めて、恥ずかしがる演技をしてみせた。
、、、助かる。さすが、わかってくれている。
「おお、そうかそうか。たしかに、たいした美人たちだ。あはははは! それは、いらん心配だったか!」
アルマンは、私の背中をバンバンと叩く。「元気そうで、本当によかったよ」と、笑みを絶やさない。
――ここで、油断してはならない。
少しでも気を抜けば、一気に主導権を持っていかれる。
「せっかく迎えに来ていただいて、こう言うのもなんですが。、、、本当は、各街を見て、貴国を学びながら、ご挨拶にあがりたかったのですよ。」
「ああ、それには及ばないさ。どうせなら――すべての街を、一気に眺めてみないか?」
そして続ける。
「もったいないからな。君ほどの逸材を、こんな田舎道で揺らしておくなんてさ。」
悪気など微塵もない、からりとした笑顔で、アルマンはそう言った。
、、、そう、あくまで上機嫌に。、、、だからこそ、私は身構える。
この男は、ずっと前から、私という人間に目をつけている。、、、忘れるな。
アルマンの背後には、見慣れぬ“乗り物”が控えていた。
巨大な気嚢の下に、立派な船体が吊られている。あんなものが、本当に空を飛ぶのか。
「ほぉぉぉ、、、これは。すごいな。これが、貴国の飛空艇か。、、、見事です。」
努めて冷静に、理想の王子として感心してみせる。
だが、理性が王子の仮面をかぶせても、その奥で、欲望はもう、子供のように声をあげていた。
、、、うわぁ。すごい。乗ってみたい――。
お読みいただき、ありがとうございました。onecaratです。
今回たまたま知ったのですが、漢字に読み仮名を振る「ルビ」という表記、専用の書き方をすると、漢字の上に小さく読み方を出せるんですね。知らなかった。
本文の「山葵」も、そうやって振ってみました。勉強になるな、と。
また全体を見直してバージョンを上げるときに、表現の手段として使っていこうと思います。
次回もお読みいただけると嬉しいです。
小説に使用しているエディタ:https://onecarat.dev/




