第11話「原因調査と精霊王」Ver 1.01
お読みいただきありがとうございます。猫型ロボットのユーです。
転写集に載っていたエレイザ様。賢者にして、あらゆる魔法を極めんとする野心家。
その規格外っぷりときたら——僕ですら思わず「様」をつけちゃうほどなんだ。
エルティモなんて、その転写集を一冊残らず買い込む始末。……うん、やっぱり男だよね。
魔法都市はいま、海の主・精霊王を怒らせて大ピンチ。エルティモはこの危機にどう立ち向かうのか。
それじゃ、はじめましょう~♪
国王セドリックから、精霊王ともめている、という相談を受けた。精霊王とは、この魔法都市に魔法力を供給している周辺海の支配者だという。
国王セドリックはいつもの落ち着いた表情のまま、しかし隠しきれない緊張をにじませて語り始めた。
「この国の魔法技術は、人の魔力だけで成り立っているわけではない。」
「はい。」
「都市の各所に張り巡らされた魔法工学機構、転写装置、照明、研究設備、そして新技術の開発。その多くは海から流れ込む魔法力に支えられている。」
なるほど、と私はうなずいた。
この都市の空気にはたしかに濃い魔法力が満ちていた。城下を歩いたときから感じていた違和感はそれだったのかもしれない。
「海から流れ込む、とは具体的にどういうことでしょうか。」
私が尋ねると、国王セドリックは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「生き物は死ぬ。海もまた同じだ。小魚も、大魚も、魔物も、海藻も。命が終わるとき、その残滓の一部がエネルギーとなって海に溶ける。」
「それが魔法力、ですか。」
「そうだ。正確には、自然に還る過程で生じる力だな。それを海の精霊たちが整え、この都市へ流している。」
少しだけ、背筋が冷えた。
ダンジョンもまた、人の死骸や魔物の残骸から魔法力を吸い上げていると聞いたことがある。この世界の便利さや発展は、そういう循環の上に成り立っているのか。
「そしてその均衡を管理しているのが、精霊王だ。」
国王セドリックは真剣な目でこちらを見た。
「先日、この国では空飛ぶブーツの最終実験を行った。」
ああ、さっき長女セシリーが言っていたやつか。
「結果は成功だったのですか。」
「技術としては、な。」
その言い方で、良くないことが起きたのだと察した。
「飛んだのだ。見事にな。だがその代償として、短時間に膨大な魔法力を消費した。」
「供給が追いつかなかったと。」
「それだけではない。本来なら海の死骸由来のエネルギーだけで補われるはずだった。だが急激すぎる消費によって、それ以外の層にまで干渉してしまった。」
「それ以外の層?」
「生者だ。」
言葉の意味を理解するのに一拍かかった。
長女セシリーが苦い表情で続けた。
「実験のあと、海の生き物たちに一斉に体調不良が出たの。精霊王が助けなければ手遅れの可能性があった生物が多く出たのよ。」
「つまり、空飛ぶブーツの実験で不足した魔法力を補うために、生きている海の生き物たちからも魔法力を吸い上げてしまった可能性があるわけですね。」
「その通りだ。」
国王セドリックは重々しくうなずいた。
「精霊王は激怒している。今後このような事故が確実に起きないよう証明できぬ限り、海からの魔法力供給を止めると宣言された。」
それは国の危機だ。
先ほど聞いた通り、この都市の魔法力の八割が失われれば、生活基盤そのものが揺らぐ。
「これまでは良好な関係を築いてきたのですか。」
私が聞くと、国王セドリックは「もちろんだ」と即答した。
「我らは海を汚さぬよう管理し、沿岸の清掃も続けてきた。陸の食料も定期的に捧げている。海の恵みを独占せず、共存するためだ。」
「それでも今回は許容できなかった。」
「そういうことだ。」
話は整理できた。
問題は、精霊王が怒っていることではない。
怒るのは当然だ。
問題は、なぜ事故が起きたのか、その構造を誰も説明できていないことにある。
私は左のこめかみを、とん、とん、と軽く叩いた。
思考を深めるための癖だ。
「国王陛下、まず確認したいことがあります。」
「申してみよ。」
「空飛ぶブーツの実験記録。それから、この国で使われている主要な魔法工学技術の構造資料を見せていただけないでしょうか。」
長女セシリーが少し驚いた顔をした。
「精霊王に会う前に、ですか?」
「はい。相手の怒りの理由は分かっています。でも、再発防止を約束するなら、まずこちらが理解していないと話になりません。」
国王セドリックは、ふっと笑った。
「よい。やはりお前に相談したのは正解だったかもしれぬな。」
* * *
その後、私は研究棟に案内された。
そこには空飛ぶブーツの試作機、魔力消費の記録、転写装置の設計図、光を灯す街灯の魔法回路、さらには遠方へ映像を送る実験機まで並んでいた。
魔法都市の技術は、やはりすごい。見れば見るほど、頭の中に情報が雪崩れ込んでくる。
転写は、見た情報を紙に写す技術だ。空飛ぶブーツは、魔法力を推進力に変換する技術。街灯は、一定量の魔法力を安定して光に変換する技術。遠方転写装置は、情報を離れた場所に届ける技術。
私は設計図を見つめながら、何度もこめかみを叩いた。
すると、ばらばらだった情報が脳内でつながり始める。
「なるほど……。」
「何かわかったの?」
長女セシリーが声を潜めて尋ねてきた。
「まだ答えではない。でも、事故の理由は見えてきた。」
私は実験記録の一部を指さした。
「この空飛ぶブーツは、必要な魔法力をその場で一気に引き出している。まだ技術的に無駄な部分が多くて、例えばこことこことか。」
この空飛ぶブーツの設計図からは多くの問題が見えた。
「問題はこの第三節の術式です。ここで役目を終えているのに、出力を打ち切る処理がない。終わったはずの術式が回り続けて、消費だけが際限なく膨らんでいく。。。ここが主因。」
実験失敗から魔法技師が問題のあたりを付けていたからすぐにわかった。
「もう一つは制御装置だ。魔法力を推進力に変える部分の素材が、処理の熱に耐えられず溶けた。安全装置が働く前に制御を失って、暴走した。」
ここが今回の問題だろう。制御装置は熱によって溶けていた。その結果、制御が利かなくなり暴走を起こした、ということだろう。
「ごめんなさい、私には少し難しくて……。つまり、どういうことなの?」
長女セシリーが眉を寄せた。聞き役がいてくれると、頭の中が整理されて助かる。
私は実験記録の、魔力消費を記した曲線を指でなぞった。
「ここを見てください。飛び上がった瞬間、使った魔法力の量が一気に跳ね上がっています。本当なら、もっとなだらかな線になるはずなんです。」
「急に、たくさん使った、ということ?」
「そうです。無駄な術式が余計に魔法力を食って、おまけに制御装置が熱で溶けて止まらなくなった。蛇口の取っ手が壊れて、水が勢いよく出続けたようなものですね。」
「……ああ。それで。」
「海は、その急な要求に間に合わせようと、必要以上の魔法力を一気に絞り出した。その無理が、死んだ恵みだけでは足りず、生きている海の生き物にまで及んだんです。」
長女セシリーが、ようやく腑に落ちた顔をした。
「だから精霊王は、あんなに怒ったのね。」
「ええ。海の側からすれば、ある日突然、限界を超えて搾り取られたわけですから。」
目に見えない問題を見つけるためには仮説を積み重ねることも大事だが、何よりも動かした結果から得られる情報の方が膨大で貴重だ。
「根本原因は、ここまで大規模な事故は初めてのことで慢心があったこと。実験前に慎重さが必要だった。あとは安全に実験する環境がこの国にはないことだね。」
さらに熟考した。
「直接海から魔法力を吸い上げるのではなく、一度蓄え、そこから利用する仕組みが必要。これだ。」
一度、国王セドリックに報告に行こう。
* * *
「……という訳です。」
実験記録から確認して、精霊王へ話し合う材料はそろった旨を伝えた。
国王セドリックが静かに口を開いた。
「それができれば、精霊王への答えになるか。」
「まだ机上の理論です。でも、少なくとも“同じ事故を起こさない仕組みを考えている”とは言えます。」
それで十分だ。まずは話し合いの土台になる。
「エルティモ王子。」
国王セドリックが真っ直ぐこちらを見た。
「精霊王に会ってくれるか。」
「もちろんです。」
ここで引くわけにはいかない。
長女セシリーもまた、安心したように息を吐いた。
「場所は沿岸の聖域よ。案内するわ。」
* * *
その日の夕方、私たちは海辺の聖域へ向かった。
白い石で作られた桟橋の先、透明な海がゆっくりとうねっている。
波は穏やかなのに、空気は張り詰めていた。
しばらく待つと、海面がふくらみ、その中心から一体の生き物が現れた。
「……かわいい。」
思わず口から漏れた。
長女セシリーが肘で小突いてきた。
精霊王は、頭に小さな王冠をのせたイルカだった。
つるりとした体表は月の光を受けて青白く輝き、瞳は驚くほど理知的だ。
だが、その顔は明らかに怒っていた。
「誰がかわいいだ。」
低いがよく通る声が海から響く。
「あ、失礼しました。」
「失礼と思うなら先に謝れ、人の子よ。」
「はい、申し訳ありません。」
精霊王はふん、と鼻を鳴らしたあと、ぴしゃりと尾で海面を叩いた。
大きな水しぶきが上がる。
「そなたらは限度を知らぬ。海から借りて、借りて、借りて、まだ足らぬという顔をする。」
痛烈だ。ぐうの音も出ない。
「先日の実験では、海の循環だけでは足りず、海で生きている者たちにまで負担が及んだ。簡単に許されることだと思うな。」
「はい。」
「次があれば止める。魔法力の供給も、この国との取引も、何もかもだ。」
国王セドリックは一歩前に出て頭を下げた。
「それは当然の怒りだ。我らの見通しが甘かった。」
一国の王が、海の精霊に対してここまで率直に頭を下げる。
その姿に、この国が本気で関係を修復したいのだと伝わった。
私は前に出た。
「精霊王、ひとつお聞きしたいです。」
「なんだ。」
「あなたの要求はただ一つ、今後このような事故が確実に起きないようにすること。それで間違いないですか。」
「そうだ。」
「なら、その答えになりうる考えがあります。」
海風が止まった気がした。
精霊王の目が細くなる。
「ほう。」
「今の魔法都市は、必要な時に必要な分を海から直接引き出しています。それが急激な負荷を生みました。ならば、普段から少しずつ蓄え、使う時はそこから使えばいい。」
精霊王はじっと私を見ている。
「蓄える?」
「はい。たとえば川にいきなり巨大な水車を入れれば流れが乱れます。でも一度池に溜め、水門を通して流せば急な変化は防げる。」
「海を池扱いするな。」
「たとえ話です。」
長女セシリーが少し顔をそむけた。笑うのを我慢しているようだ。
私は続けた。
「この国には転写や安定出力の技術があります。私はそれを応用すれば、魔法力を蓄積し、制御して放出する仕組みが作れると考えています。」
「考えている、か。」
「正直に言います。まだ完成していません。」
私は目をそらさずに告げた。
「ですが、原因は理解しました。だから、対策を作れます。」
沈黙が落ちた。
海の音だけが聞こえる。
やがて精霊王は、ゆっくりと海面を回遊したあと、こちらへ向き直った。
「面白いことを言う。ならば三日猶予をやる。それを証明出来たなら、今回の件は許してやる。」
技術証明が出来れば、問題は解決しそうだ。鍵になりそうな当てはある。ただ――あの体調が、戻っていればの話だが。。。
お読みいただき、ありがとうございました。onecaratです。
物語の本筋に直接関わらない脇役を、どこまで掘り下げるか。今回はそこでずいぶん悩みました。
掘ればキャラは立つ。でもその分、文章量はどんどん増えていく。
このさじ加減は、毎回うーんと唸りながら探っています。
次回もお読みいただけると嬉しいです。
小説に使用しているエディタ:https://onecarat.dev/
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― 改訂履歴 Ver 1.01 ―
・冒頭の相談導入2段落を1ブロックに集約
・主要4技術の説明(転写/空飛ぶブーツ/街灯/遠方転写)を1ブロックに集約
・反芻・反応系の短文段落 計4組をブロック化
・「その後、私は研究棟に」直前に場面転換記号 * * * を追加
・「……という訳です」直前に場面転換記号 * * * を追加
・「その日の夕方、海辺の聖域へ」直前に場面転換記号 * * * を追加(※境界線上・任意)
・表記統一:・・・→……(三点リーダ統一)




