第53話 手鏡と背後
高校2年の現代文の授業で、「日本の怪談文学」が取り上げられた。
教科書に載っていたのは、明治時代の随筆家が記した“手鏡にまつわる奇談”だった。
──鏡に映るものは、本当に「今の自分」だけか。
──手鏡で後ろを映したとき、もし“自分以外の誰か”が写ったら、それは誰か。
先生は語った。
「昔は“後ろに霊が憑く”と考えられていて、鏡を使うことで“見るべきでないもの”が見えると信じられていたんだよ」
その日を境に、なぜかクラス内で“授業中に自撮りをして背後を確認する”のが流行り始めた。
「TikTokで“背後チャレンジ”流行ってるし、自撮りでやってみようぜ!」
「変なフィルターとかつけたら、逆に怖くてよくない?」
最初はただの遊びだった。
女子の1人、Dが“背後撮り”をしたとき、事件が起きた。
自撮りアプリの美顔フィルターを使って撮った写真。
その画面に、Dの後頭部のすぐ後ろにもう一つの“顔”が映っていた。
髪の長い、白くのっぺりした顔。
目が細く、唇は裂けるように笑っている。
──フィルターが“顔”として認識してしまっていた。
その顔には、美顔加工が自動で施され、**「笑顔度:92%」**と表示されていた。
その後、教室のLINEグループにDから短いメッセージが送られてきた。
「これ、消せない」
Dのスマホでは、写真アプリのゴミ箱を開こうとすると、画面が暗転する。
クラウドから削除しても、どこか別のフォルダに**「再アップロード」**される。
それだけではなかった。
彼女のスマホカメラが、常に「顔を検出」し続けるようになった。
何も映していなくても、「2人の顔を認識しました」と通知が来る。
ついには、授業中のタブレット端末にまで異変が現れた。
電子黒板に表示されたオンライン教材の“顔認識チェック欄”に、Dの背後に**「名前不明の生徒」**というラベルが浮かんでいた。
Dは、ある日突然、登校しなくなった。
先生は「転校することになった」とだけ説明したが、教室の掲示板の出席表から、彼女の名前だけが白く焼けたように消えていた。
それ以降、教室内で鏡やカメラで“背後”を映すことは、暗黙のうちに禁じられた。




