第54話 端末の持ち主
職員室の落し物ボックスに、一台のタブレットが置かれていた。
誰が届けたのかも、いつから置かれていたのかも、誰も知らなかった。
保護ケースは黒。画面には指紋一つなく、傷もない。まるで使われた形跡がなかった。
担任のH先生が持ち主を探そうと、画面をタップした。
「パスコードを入力してください」
ロック画面が表示された。
試しに「0000」を入力してみると——あっさり開いた。
「誰だよ、こんなパスコードにしてるの……」
H先生は苦笑いしながら、設定画面を開いて端末名を確認しようとした。
その瞬間、手が止まった。
端末名の欄には、こうあった。
「3年2組 落し物」
それだけなら不思議ではない。
だが、H先生が担当しているのは2年生だ。学校に3年2組は、存在しない。この学校は2学年制で、3年はない。
気味が悪くなりながらも、写真アプリを開いた。持ち主の手がかりになる写真があるかもしれないと思ったからだ。
フォルダはひとつだけ。
タイトルは「授業」。
中に入っていたのは、今日の写真だった。
1時間目、2時間目、3時間目——時系列順に、教室の写真が並んでいた。
H先生の担当クラスの教室だった。今日の板書、今日の座席、今日の生徒たちの後ろ姿。
誰かが教室の後方から、ずっと撮り続けていた。
震える指で写真を拡大していくと、最後の一枚で、H先生の手が止まった。
その写真だけ、他と違った。
教室の後方から撮られた写真。生徒たちの後ろ姿が並ぶ中に——一人だけ、こちらを向いている生徒がいた。
顔は判別できないほどぼやけている。
だが、その生徒が座っている席には、見覚えがあった。
H先生が長年、誰にも使わせていない席。
教室の一番後ろ、窓際。
3年前に転落事故で亡くなった生徒が、最後まで座っていた席だった。
H先生はタブレットを閉じて、すぐに職員室を出た。
翌朝、落し物ボックスを確認すると、タブレットは消えていた。
届け出た記録もなく、引き取りに来た者もいなかった。
ただ、H先生のタブレットに、その日から毎朝、アルバムの通知が届くようになった。
《新しい写真が追加されました:1枚》
開くたびに、今日の教室が映っている。
そして必ず、あの席に——誰かが座っている。




