第46話 名のない島
その島があるのは、瀬戸内海沿岸の小さな町。
干潮のときだけ現れる砂の道を歩いて渡れる、幅十数メートルほどの小さな砂州。
島というより、ただの砂地の丘のような場所だ。
地元では「舟つなぎ」と呼ばれていたが、地図には名前がない。
潮が満ちれば完全に水没してしまうため、正式な地形扱いもされていないらしい。
この話を語ったのは、現地を友人Sと訪れていた旅人のYという人物だ。
Yは位置情報を記録する旅系のSNSアプリを使っていた。
地図上に自分の足取りを記録し、訪れた場所の写真を残すというもので、日々の記録が趣味のようなものだった。
ある日、夕方に近い時間、
Yはひとりでその島――正確には干潮で現れた砂の道を渡り、小さな丘に足を踏み入れた。
その瞬間、スマホが「圏外」になった。
だが、町からさほど離れていない距離で、圏外になるのはおかしい。
さらに奇妙だったのは、歩数記録が止まったことだった。
アプリ上で、Yは“その場から一歩も動いていない”ことになっていた。
実際には島の中をぐるりと一周していたのに、地図には何のログも残らなかった。
Yは写真を数枚撮って、引き返すことにした。
日が傾き、潮が戻る前に島を離れる必要があったからだ。
しかし戻った後、スマホを確認した彼は戦慄した。
撮ったはずの写真が、すべて真っ白だった。
シャッター音もしたし、データも保存されているのに、
開くとどれも**“露出過多”のように白く塗りつぶされていた**。
さらに、自分のアカウントの地図記録から、その日1日分の移動履歴が消えていた。
心配になったYは、同行していたSにそのことを話した。
するとSが不思議そうに言った。
「え?お前、どこ行ってたんだよ。
ずっと港のベンチで寝てたじゃん」
Yは唖然とした。
確かに島に渡ったはずだ。歩いた感触もある。写真も撮った。
だが、**Sのスマホにも、Yの位置共有が“更新されていなかった”**記録が残っていた。
気味が悪くなったYは、その夜ホテルで“舟つなぎ”について調べた。
しかし、検索しても地元の観光案内にも地形図にも、その島の存在はどこにも記されていなかった。
ようやく、ひとつだけ古い郷土誌に載っていた手書きの挿絵に、そのような形の砂州が描かれていた。
注釈にはこう記されていた。
「舟つなぎは舟の魂を返す場なり。
足を置きし者、舟に非ずば、流れに名を落とす。
名なき島に名持つ者は、還るを許されず」
その日以降、YはSNSへの投稿をやめた。
地図記録も止めた。
そして、自分の旅記録のアカウント名をふと見返して――驚いた。
名前の欄が、空白になっていた。
Yは今も旅をしているらしい。
Yは自分を忘れないで欲しいとこの話を語っていた。




