第37話 自撮り写真の背景
Sが小さな山村に旅行に行ったときの話だ。
観光らしい観光がある場所じゃなかったが、空気もきれいだし、何より静かだった。
温泉と料理が目当てで、のんびりするにはちょうどよかった。
1日目の午後、散歩がてら村の周囲をぶらついていたら、地元の人に「展望台がありますよ」と教えてもらった。
林道を10分ほど登った先にある、“火の見岩”と呼ばれる場所だった。
舗装された道の突き当たりに小さな岩場があり、村を見下ろす景色が広がっていた。
誰もいなかった。
せっかくだからと、スマホで自撮りを1枚撮った。
後ろに景色が入るように、やや高めの角度で。
宿に戻って写真を確認したとき、妙なものが写っているのに気づいた。
背景の右上、木々の間に――赤い鳥居が見えた。
細い石段があって、その奥に鳥居が立ち、さらに奥には小さな社の屋根がのぞいていた。
でも、あの場所にそんなものはなかったはずだ。
写真を撮ったあと、周囲を軽く一周してみたけれど、社どころか鳥居らしい構造物は見当たらなかった。
画面を拡大すると、鳥居の脇に人影のようなものがあった。
白っぽい服。長い髪。
ぼやけていて後ろ姿だったので、顔は見えなかった。
食後、宿の女将にその写真を見せてみた。
彼女は最初は普通に眺めていたが、鳥居に気づいた瞬間、眉を寄せた。
「……あの鳥居、あの位置なら、ずいぶん前に土砂で埋まったはずですけどね。
社も一緒に流されたって聞いてます。今は何もないはずです」
「昔はあったんですか?」
「ええ、村の古い神社でした。“火の見岩”の名前の由来でもあります。
ただ……あそこは本当は、写しちゃいけない場所だったんですよ」
「写しちゃいけない?」
女将はそれ以上は答えなかった。
ただ、お湯を注ぎ足すふりをしながら別の観光地の話をした。
無理やりこの話を断ち切る様に感じた。
夕食を済ませ温泉に入り一息ついたSは、
何気なくもう一度スマホで写真を見た。
気のせいかもしれない。
でも、鳥居の影が――前より濃くなっていたように思えた。
そして、あの人影も。
少しだけ横顔が見えるような角度になっているような気がした。
翌朝、もう一度あの展望台に行ってみた。
鳥居も社も、やはりなかった。
ただ昨日は気づかなかった岩の隙間に白い紙切れが挟まれていた。
墨がにじんで読めなかったが、かろうじて一部だけ、こう書かれていた。
「ふりかえるな」
Sはあの写真をそのまま消去した。




