第32話 送り盆の火が消えない
八月十六日の夜、Zは祖父の住む村にいた。
昔ながらの盆行事が残る場所で、送り火の儀式を見に来いと誘われたのだった。Z自身は都会育ちで、そうした風習に馴染みはなかったが、民俗学を学ぶ身としては興味もあり、久しぶりに祖父の家を訪れた。
日が落ち、夜の帳が下りると、村人たちは静かに集まり始めた。
それぞれが手に持っているのは、松の木で作られた細い松明。乾いた音を立てて炎がゆらめく。
「火をつけたら、途中で絶対に消すなよ」
祖父がZの肩を軽く叩いた。
「途中で消したら、帰る道がわからんようになる。……火と一緒に帰ってきたら、それは“見送れてない”ってことになるからな」
笑って言ったつもりなのかもしれないが、Zにはその目が笑っていないように見えた。
列になって歩く村人たちは、炎の揺れる細道を、山の中腹にある石敷きの広場へと向かっていく。そこが「火送り場」と呼ばれる場所だった。
夜風が吹き、虫の音が響く中、Zは黙々と歩いた。
ふと足元を見ると、道の端に白い花がいくつも置かれていた。
「……誰がこんな時間に?」
気にはなったが、誰もそれに触れようとしなかった。
火送り場に着くと、全員が松明をかざし、石の中央に火を集める。
やがて、勢いよく燃え上がった炎が風に揺れ、火の粉が夜空に舞った。
線香を供え、手を合わせ、全員が頭を下げる。
送り火は、無事に終わった――はずだった。
Zの松明だけを除いて。
帰り道、Zの火はなぜか消えなかった。
他の村人の松明は次々と自然に燃え尽きるか、途中の川辺で水に沈めて消していたのに、Zの火だけは、どこまでも、強く、赤々と燃え続けていた。
「……おかしいな……水で濡らしてるのに……」
川に何度つけても、火は消えなかった。
そのまま祖父の家まで戻ると、玄関先で火を振ってみたが、むしろ勢いが増したように見えた。困ったZは、火の部分を切り落として石の上に置き、柄の部分だけ持って中に入った。
その夜――
寝ていたZは、夜中にふと目を覚ました。
息苦しさと、妙な音に気づいたのだ。
ギィ……ギィ……
畳のきしむような音が、部屋の奥からする。
目を凝らすと、座敷の隅に、人影のような黒い塊があった。
それは、かすかに揺れていた。まるで、火のように。
「……誰……?」
声をかけた瞬間、それはスッと姿を消した。
次の日、Zは祖父に昨夜の出来事を話した。
祖父は黙ってしばらく考え込んだあと、やがて静かに立ち上がった。
「……一緒に行こうか。もう一度、火送り場へ」
祖父はZを連れて山に登り、昨日の火送り場まで向かった。
その間、Zの手には再び、あの火のついた松明があった。
昨夜、切り落としたはずなのに、今朝になって家の軒先に立てかけられていたのだ。
「戻すだけじゃダメだ。ちゃんと、火を見送らなきゃならん」
火送り場で、Zと祖父はあらためて火を焚いた。
Zは目を閉じ、煙の向こうに何かが揺らめくのを見た気がした。
それが人だったのか、何かの形だったのかは、今もわからない。




