「こんな秘密なら・・・」【番外編】(2)
しばらくして ”アオイさん” からの着信は切れたけれど、その後、立て続けに二度もかかってきた。
もしかしたら何か緊急の用事なのかもしれない。
そう思ったわたしは、戻ってきた今里さんにすぐ「電話がありましたよ」と伝えたけれど、今里さんは着信履歴を確認しただけで、折り返すことはなかった。
「かけ直さなくていいんですか?」
「うん、大丈夫」
……仕事の電話には出たのに?
今里さんの返事に若干引っ掛かりはしたものの、ちょうど食事が運ばれてきたので、この件は有耶無耶なままに終わってしまった。
でも考えてみれば、ただバイブ音を聞いただけでは電話とメールどちらだったかなんて分からないわけで、それを『電話があった』と言い切ってしまったわたしは、今里さんのスマホを見てしまったのだと自白してるようなものだ。
幸い今里さんはそこに気付かなかったようで、わたしは、勝手に着信相手を確認したことがバレなくて、ささやかに安堵した。
一方、安堵する裏では、もしかしたら、そんなことにも気付かないほど今里さんは動揺しているのだろうか…と、不穏な疑念が頭をかすめる。
結局、せっかく楽しみにしていたお店だというのに、食事中のわたしの心は ”アオイさん” に傾きっぱなしで、どんな味だったかまでは全然記憶に残らなかった。
そして食事も終わり、今里さんの車で送ってもらう……いつもの流れに沿うかたちになった。
その間のわたしは、ずっと平常心を握り締めていなければならなかった。
ちょっとでも気を抜いたら、それは容易く指の隙間から逃げていきそうで、
わたしは助手席で、きつく拳をつくっていた。
けれどわたしの努力をあざ笑うように、穏やかな会話を投げ合っている二人きりの時間を、またもや携帯の着信音が切り裂いたのだ。
アオイさん――――
即座にその名前が頭に浮かび、わたしは心も体も構えてしまう。
だけど着信と同時に接続されているカーナビの画面に表示された名前は、社内の人だった。
今里さんと同じ部署の人で、わたし達の付き合いが公になって間もなく、今里さんから紹介された男性の一人だ。
「ごめん、仕事だと思うから、出てもいいかな」
「あ…はい、もちろんです。気にしないでください」
会話の内容に既視感を覚えながら、私は頷いてみせた。
「ありがとう。………はい、今里です」
こういうとき、いちいち礼を言ってくれる今里さんが好きだと思う。
わたしは、変に構えてしまった自分が妙に気恥ずかしくなってしまい、今里さんから視線を外した。
そして、なるべく会話の邪魔にならないように、窓越しの景色に顔を向けた。
「……いや、それは週明けで構わないから」
《週明けで間に合うのか?来週からは別案件が入ってくるだろ?》
ハンズフリーの通話なので、どうしたって相手の声も全部聞こえてしまう。
話の内容から、今里さんが新しく取りかかっているラインの件だなと思った。
「月曜に出せば問題ない。遅くても土曜にはそっちにデータ送るからチェックを頼むよ」
《了解。じゃあ俺は今週いっぱい外だから、何かあったら連絡くれ》
「分かった。わざわざすまなかったな」
《構わないさ。残業のついでだ。ところで、この前紹介したアオイさん、どうだった?お前の好みだっただろ?詳しく話を聞かせろよ》
同年齢だというその男性は、気安い口調で今里さんに訊いたのだ。
アオイさん―――――
すっかり油断していた私は、突如として現れたその名前にドキリとした。
けどその裏では、今里さんの反応を横目で観察してしまう冷静な私もいたりして。
今里さんは ”アオイさん” の名前が出た瞬間、顔色が変わったように見えた。
「悪い、今車なんだ」
明らかに横顔には動揺の色が挿してるのに、今里さんの返事は落ち着いていた。
むしろ慌てたのは電話の向こう側で、男性は《え、もしかしてデート中?》と声に冷や汗を感じるほどだった。
「まあね」
短く返した今里さん。
すると、電話の相手はさらに焦った様子になった。
《そうかそうか、じゃあ、あれだ、ほら、邪魔して悪かったな。俺はもう切るから。デート楽しめよ。あ、今里、……運転、気をつけろよ?》
なぜか最後にそう付け加えて、男性はまるで言い逃げするように通話を切ってしまったのだった。
「………言い逃げかよ」
電話が切れたあと、今里さんがぽそりとこぼした。
私と同じように感じたんだなと思って、いつもならそれが嬉しくなるところだろうけど、今は、”アオイさん” のことで頭がいっぱいだった。
だって、男性のあの慌てっぷりは、絶対、普通じゃない。
いったい、アオイさんって誰なの?
疑問が、不信へと姿を変えようとしていた。
今里さんは運転しながら、ちらりと私を窺う。
目が合うと、彼の困ったような表情に、胸が騒ぎだした。
黒い感情が心の底から這いあがってくるようで、
私はギュッと目を瞑った。
「幸……?」
心配そうな今里さんの呼びかけにさえ、その感情は制御できないようだった。
「アオイさんって、どなたですか?」
気が付いたときには、鋭く、そう訊いていた。




