無題
この高校に通う生徒は、ほぼ全員寮生活を送っている。無論、市街地が隔絶し通学するのが困難なためである。
学生寮は学年ごとにA棟、B棟、C棟に分かれ未和達二年生は生活している。一応男女で階が分かれるため、寮で異性同士で話すことはあまり無い。
6階まで上がるエレベーターを待つ間、彼女の脳内では様々な感情が交錯し続けていた。
「あんなこと言わなくても……」
やがて降りてきた降りてきたエレベーターに乗り込むが、気分のせいか中の空気が淀んでいる気さえした。いっそ忘れてしまいたいくらいだ。
ふと自分の部屋にある本の存在を思い出した。そうだ、今日はあの本を読んでから寝る事にしよう。こういう時は物語に浸って嫌な事を忘れるのが一番良い(彼女の持論)。
エレベーターが6階に着く。さっきまでとは打って変わってすっきりした気分になっていた。廊下を進んで行くと見慣れた表札が近づいてきた。いつも通りただいま、と挨拶をして部屋に入ろうとする。
だが、未和は違和感を抱いた。足が冷気に包まれたのだ。10月の北海道。この時期に窓開けるのはおかしい。形にならない不安に駆られながらもドアを開ける。
中は真っ暗で見えづらい。何度か瞬きをして瞳孔を広げる。警戒しながら進んでいく。ワンルームの奥につけられた窓は開いており、カーテンが風でなびいている。
その下には……
「ひっ……!」
思わず声を上げてしまった。
ルームメイトの首筋に男がかぶりついて血を吸っていたのだ。腰が抜けへたり込む。き、吸血鬼……?
男が声に気付いたのか、未和の方に振り向いた。
「……気付かれたか」
男は舌打ちをした後、ナイフのようなものを取り出した。彼女を殺すのかと思いきや、彼は自分の腕を切った。期待を裏切ることなくそこからは血が噴き出した。そして腕をぐったりとしたルームメイトの顔に近づける。
「さあ飲め」
「…………んっ……ああああああぁぁぁっっ!」
血を飲み込んだ彼女は絶叫しようとするも男に口を押さえられる。「渚ちゃん!」と叫ぶが聞こえるはずは無い。男はナイフについた自分の血を舐めた。そして窓の方へと向き直りベランダから飛び降りて消えていった。
頭が真っ白になって立ち上がれない。目の前にはルームメイトの死体。
「……ど、どうしよう…………」
途方に暮れかけたその時だった。
コキッ、と何かが曲がる音がした。死体だった彼女の首がさっきとは逆方向に曲がっている。自分でも理解できない。そのうち、彼女は起き上がり言葉を発した。
「ああおかえり、未和ちゃん」
「な、渚ちゃん……その目……」
と言いかけたが彼女の姿はすでに見えなくなっていた。それと同時に誰かに後ろへと倒される感覚を味わう。
「未和ちゃん。私ね、今すごく喉が渇いてるの」
「え……?」
「だから、私のことを満たして!」
馬乗りにされながらも、相手の顔を見る。紅色の瞳に獣のような牙が生えていた。
「ちょ、ちょっと待っ」
遅かった。未和に覆いかぶさるようにして彼女は首元にかぶりついた。痛みが全身へと広がり、手に力が入らない。
意識が遠のいていく。
「あ、まずった。」
慎也が声を上げた。
「どうかしたのか?」
「鹿野から借りた教科書返すの忘れてた」
教科書の名前記入欄を見て思い出した。ジャージに着替えて明日の支度をしていたところである。今更返しに行くのも面倒だったが、さすがに申し訳なかった。
「ちょっとあいつに教科書返して来るわ。」
「分かった。先寝てるから早めに帰って来いよ」
「あいよ」
航人に見送られ部屋を出た。暖房がついてるとはいえ、夜の廊下はやはり寒い。小走りになりながらエレベーターホールへと向かう。
「……えーと鹿野の部屋は6階だったよな…………行きたくねぇな……」
自習のことを思い出してしまった。昔からの癖で慎也はいつもああなりがちだった。自分のことが嫌にやって来る。
流石に謝んないとまずいよな……
エレベーターを降り彼女の部屋へと向かう。
靴底の音が廊下の静寂を破るように響く。22時近くだから当然といえば当然か。やがて『六○四 鹿野・長谷川』と言う表札が見え、手に力が入る。
「…………」
色々と釈明の仕方を考えたものの腹をくくる他ないことは明白だった。よって普通に入ることにする。一回深呼吸をしドアをノック。
しかし返答はない。寝てるのかと思いきや何故かドアが開いていた。「おーい、入るぞー」と言い、中に入る(年頃の女子の部屋に入るのは些かどうかと思うが)。
部屋の中は冷気で充満していた。部屋は薄暗く視界を狭めている。
「鹿野、いるのか?」」
ふと誰かの足が奥から見えていることに気づいた。最悪の展開が頭をよぎる。ベレッタに消音器をつけながら息を殺して中へと進む。緊張の糸が張られていく。深呼吸をして……3、2、1、の合図で飛び込んだ。
「鹿野!」
叫んだその先では、彼女がルームメイトらしき生徒に血を吸われていた。戦闘態勢に入る。
「……なんだ諏訪野君か。せっかく気持ちよく吸ってるんだから邪魔しないで」
馬乗りだったそいつの体を引き剥がし窓際まで突き飛ばした。それなりに力を込めたが吸血鬼であるせいか、ダメージを食らった様子はなさそうだ。当の本人はこの状況を楽しむようにケラケラと笑った。
「そんなに照れ隠ししなくてもいいのに。わざわざ心配しなくても吸ってあげるよ?」
「……」
緊張で手汗が止まらない。いや緊張ではなく恐怖の方が正しいだろう。あの余裕はそれなりの実力があるから出来ることだ。……どうする。ベレッタを照準しながら脳をフル回転させる。
突破口ならいくらでもある。相手は丸腰だ。だが、吸血鬼ということを前提とした時この戦局を打破するのは相応に難しいことだった。
「いや、落ち着け……」
どうせ状況は何らかの形で動く。先手必勝ではないが、攻撃を仕掛けると言う点で不利になることはない。
慎也は隠し玉だった右に掛けてある色違いのベレッタをドロップショットで2発発砲した。銃弾はヤツの脇腹と鎖骨のあたりに命中しわずかにバランスを崩す。
逃すはずも無く、一気に距離を詰め回し蹴りを食らわす。だが、ヤツは片手でその足を掴み左によじった。
「ぐっ……」
激痛とともに床に押し倒される。立とうとするがふらついてしまう。どうやら足首が脱臼しかけたようだった。
溜め息がましくヤツが口を開いた。
「しょうがないなー。そこまで吸って欲しいなら先に飲み干してあげる。」
ゆっくりと勝ち誇った笑みを浮かべながら近づいて来る。そんな中慎也はあることに気づいた。
……銃創が無くなっている、まさか……傷口が再生したのか?
俺は、あいつに血を吸われて死ぬのか?
「ふざけんな、冗談じゃねえ……!」
ヤツが後ろの方に回り込んだ。慎也は一瞬の賭けで噛み付くために肩に乗せられた両腕を掴み背負い投げの要領で地面に叩きつけた。肺から空気が絞り出される。
そして銃を頭に照準し撃ちまくった。どうなろうと構わない。考えず撃ちまくる。最終的に何発撃ったか忘れたが、ヤツはこの前と同じように砂の山と化した。
「鹿野っ」
間も無く彼は倒れている未和の元に駆け寄り、心拍などを確認する。出血量はそこそこあったものの特に異常はなく呼吸も正常だった。
「良かった、死んでなくて……」
とは言え、こんな所にいれば風邪を引いてしまうだろう。開きっぱなしの窓を閉め彼女をおんぶする。そして、机の上にあった鍵を持って玄関へと向かった。
背中からは寝息を立てる音が聞こえていた。
今回はタイトルが思い付かなかったので無題としておきます(笑)次回もよろしくお願いします。
あとそろそろ名前を変えると思います。




