決意
「いいですかー。分詞構文は接続詞を消して動詞を現在分詞にするんですよー。よって、この問題の解答はLeaving at once,you will be in time for the plane.になりまーす。」
東峰学園高校2年英語科教諭の私、レイ・コットンは2年2組の教室で授業をしていた。
私は身長は普通だけど、校長に並ぶ超童顔で生徒達から舐められている。だから男子の中には私の胸を見てきたり、携帯を使ってる生徒もいる。
……私だって怒ったらこんなに怖いんだぞ!って皆に知らしめてやりたいんだけど、何しろ童顔で怒っても可愛いとかって言われるだけで……あーもう!
「そこ!何やってるです!」
「え、携帯で写真撮っただけですけど。」
「ですけどじゃなーい!」
きーっ!
授業中に生徒を叱り出す教師をよそに慎也は窓の外を見ながら、物思いに耽っていた。無論、例の事件についてである。
あれから現場の写真を見せてもらったが、どうやって殺したかは分かるはずもなかった。肩口の傷からして、凶器は電動ドリル系の鋭いものだと推測はした。だがそれなら肩付近の骨、鎖骨などが破壊される可能性が高い。あと、周りに輪のような跡があるのも引っ掛かった。
……そもそも何で殺したんだ?
結論は一向に出る気配がなく、諦めて授業に意識を戻そうとした矢先、携帯の着信が鳴った。
誰だこんな時間に、と思いつつ携帯を見る。
『進展あり
この前の事件に進展があった。
行方不明になっていた、浅沼美咲の遺体が発見。死因が同じく同一犯の可能性が高い。急いで現場に来て欲しい。
場所は、校舎の東にある川の広場だ。
天藤』
「……!」
目を見開いた。わずかに顔がこわばるような気がする。右斜め前に座る航人と目配せをした。
「先生、ちょっと抜けます!」
「あっ、ちょ……」
二人は教室を飛び出した。
事件現場に着くと天藤が待ち構えていた。遺体は実況見分が終わったのか、軽く血痕が残っているだけだった。
ふと見ると珍しく天藤がスーツを着ていることに気づいた。初めて見るが童顔と低身長のせいか、コスプレ感が否めないな、と思ってしまう。
「よく来たな。」
「いえ……というか授業中に呼び出しますかね、普通?」
「まぁ、校長の顔に免じてという事で……とにかく写真を見てくれ。」
彼女はそう言って、ポケットから写真を3枚取り出した。断りを入れて見せてもらう。
写真に映るのは、事態を飲み込めず驚きに見開かれた浅沼の目。また、同様に首筋付近には何かが刺さった輪状の跡が残っている。
さらに顔の横の地面には「 Die Geschichte hatte begonnen」と刻まれていた。
「これ、何て意味なんだ?」
航人が慎也に尋ねる。
「ドイツ語で『物語は始まってしまった』って意味じゃないか?よく分からんけど。」
「へぇかなり厨二病みたいなこと言ってんだな、この犯人。」
半ばオタクの航人が言うのはおかしいと思うが。徐に頭を掻いた。
「ちなみに浅沼らしき人物が深夜に徘徊していたらしい。恐らく誰かに会っており、そしてその人物に殺されたのだろうな……。」
天藤が付け加えた。だが、慎也の頭の中では疑問が蠢いていた。
「……これ、犯人に殺意はあったんですかね?明らかにおかしいと思うんですけど。」
「どういう事だ?」
「殺人に嫉妬みたいな感情もなくただ殺すなら、世の中殺人鬼で溢れかえってますよ。それに仮に感情が爆発して殺したんなら、ナイフで滅多刺しとか銃の乱射なんて当たり前ですし。」
すると、彼女の口元がうっすら歪められた。
「詳しいんだな。」
「一般人の感覚なら分かると思いますけどね。」
軽く口を叩いたが、内心彼女のことを信用することは出来ていなかった。昔からの癖で他人の本性を暴こうとするのだが、天藤だけは何故か何も分からないのだ。人間的な側面が。
……まさか彼女が、そんな想像が脳裏をよぎった。
「あの、すいません」
警官と思わしき男が天藤に声を掛けてきた。
「何ですか?」
「実は…………」
耳打ちをする。そのうち彼女は目を見開き、「分かりました。」と短く返した。二人の方へ向き直る。
「すまんが急用が入った。君達は居室に戻っても構わないが、どうする?」
「あー……それなら」
「いた!」
突然の甲高い叫びに思わず振り向いた。二人のクラスで授業をしていたレイ・コットンだ。鬼のような形相をしている。
「何で授業を抜け出したんですかっ!」
「…………まずった」
頼みの綱の天藤はすでにいなくなっていた。結局彼らは生徒指導室に連行され、こっぴどく説教を受けた。
*
「あー疲れた」
慎也と航人は寮に戻った。二人で生活するには狭い15畳の片隅にリュックを放った。時刻は20時を回っており、テレビでは人気のバラエティ番組が放送されている。
「なぁ慎也。」
机に勉強道具を広げながら航人が尋ねる。
「何だ?」
「お前、あの肩の傷跡どう思う?」
「……最初は釘打ち機とかも考えたんだけど、あの浅さと弧の感じからして誰かの歯型じゃないかと思ってる。目立った外傷も無いしな。」
慎也には動機はもちろん、どのような殺し方をしたのかは、未だに分からなかった。……あれ、そういえばと思い、慎也はジョークを言ってみることにした。
「航人、『吸血鬼』って知ってるか?」
「は?」
航人が馬鹿面をするのを見て、笑い転げそうになった。有り得なくもないだろう。全く、幽霊を信じない慎也である。顔をしかめられた。
「……お前、熱でもあんの?」
「なわけ。」
「確か、人間の血を吸って生きる不老不死のバケモンだったか?十字架に弱いとか何とか……まさか信じるとか言わないよな?」
「可能性がないとは言えないだろ。」
簡易冷蔵庫からスポーツドリンクを出してグビッ、とそれをあおる。
「この世に存在すると思ってんのか?」
「いたら面白いってだけだよ。」
慎也は航人の顔を見て尋ねた。
「もし、自分が非人道的な事をしても、それが自分が生き延びるためなら正当化されると思うか?」
「…………」
「俺はそうじゃないと思ってる。余りにも身勝手にしか考えられない。」
「じゃあ、どうすんだよ。」航人が眉をひそめる。慎也は真っ直ぐな眼差しで見た。
「壊すんだよ、その不条理な世界を。たとえ自分が死んだとしてもな。」
しばらく押し黙っていたが、航人はやがて不敵な笑みを浮かべて「お前、イカれてんな。」と呟いた。
「そうじゃないとでも思ってたのか?」
「うるせぇよ。」
二人は、拳を合わせた。外では雲がかっていた月が姿を現していた。まるで二人の決意を祝福するように。




