第四話 陸が遠ざかる日
第四話 陸が遠ざかる日
船が岸を離れるとき、陸の上にいる者たちは、まだそこに立っている。
当たり前のことだ。
船が動き出したからといって、故郷まで一緒に動き出すわけではない。
見送る人々は岸に残る。
家々も、道も、いつもの暮らしも、何ひとつ変わらず、そこにある。
ただ、船に乗った者たちだけが、少しずつ遠ざかっていく。
私は、この瞬間が好きだ。
人間は、出発するまでは、何度でも考え直すことができる。荷物を詰め直すことも、忘れ物を取りに戻ることもできる。
だが、船が岸を離れれば、話は別だ。
戻るには、まず海を渡らなければならない。
まことに単純な仕組みである。
そして、人生というものは、ときに、この単純な仕組みのせいで、ずいぶん複雑になる。
阿倍仲麻呂は、遣唐使の船に乗っていた。
十九歳。
彼の目の前には、これから渡る海が広がっている。
日本を離れ、唐へ向かう。
頭ではわかっていたはずだ。
だが、岸が遠ざかるのを見るのは、地図の上で距離を確かめるのとは違う。
見慣れた陸地が、少しずつ小さくなる。
船の上から見れば、さっきまで大きく見えていたものが、いつの間にか遠い景色に変わっていく。
仲麻呂は、その光景を見つめていたのだろうか。
それとも、すでに海の向こうのことを考えていたのだろうか。
実際に彼が船上で何を見て、何を思ったのかを伝える記録は、詳しく残っていない。
だから、私は想像する。
十九歳の青年が、初めて本格的な海外への旅に出る。
胸が躍らないはずがない。
けれど、少しも不安がなかったと決めつけることもできない。
知らないものを見たいという気持ちと、知らないものに対する不安は、同じ心の中に同居できる。
むしろ、そういうものなのだろう。
勇気というのは、恐怖を知らないことではない。
恐怖があるかどうかさえ、まだわからないまま、前へ進むこともある。
さて、船の上では、仲麻呂ひとりが旅をしているわけではなかった。
遣唐使の一行には、使節、留学生、僧、さまざまな役目を持つ人々がいた。
船を動かす者もいれば、荷を管理する者もいる。
それぞれの仕事があって、それぞれの責任がある。
海の上では、学問に優れているからといって、風を止められるわけではない。
身分が高いからといって、波を静められるわけでもない。
陸の上で通用することが、そのまま海の上でも通用するとは限らないのだ。
仲麻呂は、これからそのことを学ぶことになる。
ただし、最初から何もかも理解していたとは思わない。
彼の関心は、唐にあった。
どんな都なのか。
どんな人々が暮らしているのか。
そして、どんな書物が待っているのか。
十九歳の青年にとって、海は目的地ではない。
目的地へ向かうために、越えなければならないものだった。
ところが、海というものは、そういう扱いを好まない。
こちらが通り道だと思っていても、海のほうは自分が主役だと言わんばかりに、船を揺らす。
風が吹けば、帆が動く。
波が立てば、船体が上下する。
船の上では、陸の上なら気にも留めなかった小さな揺れが、身体のすみずみにまで伝わってくる。
人間は、自分が大地の上にいるときには、その大地がどれほど頼もしいものか、あまり考えない。
揺れない地面。
いつでも歩ける道。
立ち止まって、好きな方向を向ける自由。
船に乗ると、そうした当たり前のことが、急にありがたく思えることがある。
仲麻呂も、そんなことを感じただろうか。
あるいは、船の揺れさえ忘れて、海の向こうを夢見ていたのだろうか。
どちらでもよい。
彼が何を感じていたか、私たちは確かなことを知らない。
しかし、ひとつだけ確かなことがある。
彼は、海を渡った。
そして、唐へ向かう旅は、彼の人生を大きく変えることになる。
もっとも、その結末を知っているのは、後世の私たちである。
船の上にいる青年は、まだ何も知らない。
彼は、これから学ぶことを考えている。
出会う人々を想像している。
日本では見られないものを見たいと思っている。
それでよいのだ。
未来を知りすぎている主人公ほど、冒険小説に向かないものはない。
私は、少しばかり笑った。
さて、ここで読者諸君に、ひとつ尋ねておきたい。
もし、あなたが十九歳だったとして。
これから、見知らぬ国へ向かう船に乗る。
家族は遠ざかり、陸地は小さくなり、目の前には、どこまでも続く海がある。
そのとき、あなたは何を考えるだろう。
帰りたいと思うだろうか。
それとも、早く向こうへ着きたいと思うだろうか。
おそらく、どちらか一つに決められるものではない。
人間の心は、船の進路ほど単純ではないからだ。
仲麻呂もまた、これから先、さまざまなことを経験するだろう。
学問を学ぶ。
言葉を覚える。
異国の人々と出会う。
自分が知らなかった世界を知る。
その一方で、故郷から遠ざかっているという事実も、彼の人生から消えることはない。
だが、今はまだ、そのことを深く考える必要はなかった。
船は進んでいる。
岸は遠ざかっている。
そして、十九歳の青年の前には、まだ見ぬ世界が広がっている。
私は、海を眺めた。
冒険というものは、いつも、何も知らないところから始まる。
そして、出発した者だけが知る景色がある。
阿倍仲麻呂は、その景色を見に行くのだ。
海の向こうに、どんな世界が待っているのか。
その答えは、まだ誰にもわからなかった。




