第十二話 天の原 帰れなかった男の月
【あらすじ】
帰国を願って海へ出た阿倍仲麻呂は、遭難の末、再び唐へ戻ることになった。
日本へ帰る夢は、かなわなかった。
長安には、彼を知る友人たちがいた。唐で築き上げた地位も、長年積み重ねた学問もあった。
しかし、それらは、故郷へ帰れなかった悲しみを消してはくれなかった。
仲麻呂は、その後も唐の官僚として生きた。やがて年月が過ぎ、彼は二度と日本の土を踏むことなく、生涯を終える。
十九歳で海を渡った青年は、何を思いながら月を見上げたのだろう。
その心を、歴史はすべて語ってはくれない。
だからこそ、私たちは彼の歌を読む。
第十二話 天の原 帰れなかった男の月
長安へ戻った私は、再び官僚としての生活を始めた。
仕事があった。
会うべき人々がいた。
書物もあった。
長年暮らしてきた街は、私を拒まなかった。
友人たちも、私を迎えてくれた。
私は生きていた。
それは、喜ぶべきことだった。
だが、私は日本へ帰れなかった。
その事実は、何ひとつ変わらなかった。
*
私は、何度も考えた。
もし、あの海が穏やかだったなら。
もし、船が無事に日本へたどり着いていたなら。
もし、十九歳のとき、唐へ渡らなかったなら。
最後の問いには、答えようがなかった。
私は、唐へ渡ったことを後悔していたのだろうか。
いや。
あの旅がなければ、私はこの国を知ることもなかった。
長安の街を歩くことも、数えきれない書物を読むことも、唐の人々と語り合うこともなかった。
ここで出会った友人たちは、私の人生の一部だった。
彼らと過ごした時間を、なかったことにはできない。
それでも。
帰りたかった。
私は、日本へ帰りたかったのだ。
長安に友人がいることと、日本に帰りたいこと。
その二つは、どちらか一方を選ばなければならないものではなかった。
唐での人生が豊かであればあるほど、故郷への思いが消えるというわけでもなかった。
私は、その両方を抱えて生きるしかなかった。
*
十九歳のころ、私は知らないことばかりだった。
唐の制度も、官僚の世界も、人々の暮らしも、書物で知っていることと、実際に目にすることは違っていた。
私は、知りたかった。
どうして、この国はこれほど大きいのか。
どうして、これほど多くの人々が集まるのか。
どうして、人は詩を詠み、書物を読み、学問を競い合うのか。
知りたいことが、次々と現れた。
知らないことを知るたびに、世界は広がった。
私は、唐で多くのことを学んだ。
しかし、五十代半ばになって、ひとつだけ、どうにもならないことを知った。
人間は、望んだ場所へ、必ず帰れるわけではない。
どれほど学問を究めても。
どれほど努力しても。
どれほど長い年月を待っても。
その事実を、私は受け入れるしかなかった。
だが、受け入れることと、納得することは違う。
私は、帰れなかった。
そのことが、悔しかった。
悲しかった。
そして、腹が立った。
誰に怒ればいいのか、わからなかった。
海か。
運命か。
それとも、何もできなかった自分自身か。
怒ったところで、海は答えない。
嘆いたところで、過ぎ去った年月は戻らない。
それでも、悔しさが消えるわけではなかった。
私は、賢くなったからといって、悲しみを思いどおりにできるわけではないことを知った。
*
年月は、過ぎていった。
私は唐で生き続けた。
かつて十九歳だった青年は、やがて老いていった。
日本では、私が知らない時代が始まっていた。
私が海を渡ったころには、まだ生まれていなかった人々が、国を動かしている。
都も、文化も、人々の暮らしも、変わっていっただろう。
私が帰国できていたとしても、そこにあったのは、十九歳のころに記憶した日本そのものではなかったはずだ。
それでも、私は帰りたかった。
記憶のなかの故郷と、現実の故郷が違っていてもよかった。
変わってしまった日本を、この目で見たかった。
知らない街を歩き、知らない人々と話し、もう一度、日本の空気を吸いたかった。
私は、唐で生きた。
だが、故郷を思うことまで、やめたわけではなかった。
*
ある夜、私は月を見上げた。
長安の夜空に、月が浮かんでいた。
十九歳で唐へ渡ったときも、月はあった。
五十代半ばで帰国を願ったときも、月はあった。
そして、帰れなかった今も、月は変わらず空にあった。
私は、月を見つめた。
故郷でも、同じ月が見えるのだろうか。
日本の人々も、今夜、この月を見上げているのだろうか。
私のことを覚えている人は、もう少ないかもしれない。
私が生まれた土地も、私が知っていた人々も、すっかり変わってしまったかもしれない。
それでも、月はある。
遠く離れた二つの国の空に、同じ月がある。
私は、歌を詠んだ。
天の原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも
大空を仰いで、はるか遠くを見渡せば、
あの月は、故郷の春日、三笠の山に昇った月なのだろうか。
私は、その月を見ていた。
美しい月だった。
だが、月が美しいからといって、悲しみが消えるわけではない。
故郷の月を思い出したからといって、帰れるわけでもない。
それでも、私は歌を詠んだ。
言葉にしなければ、抱えきれない思いがあった。
*
この歌が、いつ、どのような場面で詠まれたのかについては、後世に伝わった物語と、史実として確かめられる事柄を区別して考える必要がある。
仲麻呂がこの歌を詠んだとされる背景には、帰国の船出がある。
しかし、歌の成立事情の細部まで、すべてが確実にわかっているわけではない。
それでも、この歌が長い年月を越えて読み継がれてきたことには、理由があるのだろう。
故郷を離れた人。
遠くへ渡った人。
帰りたい場所があるのに、帰れない人。
そうした人々の心に、この歌は触れる。
仲麻呂は、唐で成功した。
その功績は、歴史に残った。
だが、彼の人生は、成功という一言では語り尽くせない。
十九歳で海を渡った青年は、五十代半ばになっても故郷へ帰りたいと願った。
そして、その願いはかなわなかった。
彼は、帰れなかった。
それでも、生きた。
友人と語り、仕事をし、学問を重ね、月を見上げた。
悔しさも、寂しさも、怒りも、すべてを抱えながら。
人間とは、そういうものなのかもしれない。
大天才であっても、悲しいときには悲しい。
悔しいときには悔しい。
どうにもならないことに、腹が立つ。
どれほど知恵を身につけても、心を完全に自由にすることはできない。
それでも、人は生きていく。
帰れない故郷を思いながら。
*
阿倍仲麻呂は、七七〇年、唐で生涯を終えた。
日本へ帰ることは、ついにかなわなかった。
十九歳で海を渡った青年は、異国の地で人生を終えた。
唐は、彼が学び、働き、友人を得た場所だった。
そして、日本は、最後まで帰りたいと願った場所だった。
どちらか一方が偽物だったのではない。
どちらも、彼にとって本物だったのだろう。
月は、今日も空にある。
私たちは、月を見て、美しいと思う。
けれど、誰かにとって、その月は、遠く離れた故郷を思い出させるものかもしれない。
帰りたい。
会いたい。
もう一度、あの場所へ行きたい。
そう願いながら、かなわないこともある。
それでも、人は空を見上げる。
そして、言葉を残す。
阿倍仲麻呂が残した歌は、千年以上の時を越えて、いまも私たちのもとにある。
彼がどんな思いで月を見つめたのか。
そのすべてを、私たちは知ることができない。
だからこそ、私たちは想像する。
十九歳の青年が、はるかな海の向こうに夢見た故郷を。
五十代半ばの男が、帰れない現実に抱いた悔しさを。
そして、異国の空に浮かぶ月を見上げた、一人の人間の心を。
天の原。
はるかな空。
そこに浮かぶ月は、誰のものでもない。
けれど、その月を見上げる人には、それぞれの故郷がある。




