第九話・意外ではない勝利
物見櫓から放たれた雷魔法は、シャルルたちの寝床に光と轟音で敵の襲来を合図した。もちろん敵にも伝わってしまうが、戦闘開始の合図があればこそ、奇襲や隠密は効果を発揮する。シャルルは十英傑の剣を装備し、周囲の精霊を確認した。スケルト村一帯の地下にはマグマが流れ込んでいる。地熱が高く、質のいい炎の精霊を感じた。
村の入口にまで冒険者たちは迫っていた。バッドが放った雷魔法は五つの雷撃となり、時間差で五度の雷鳴を轟かせた。敵は五名ということだ。事前に敵数を知るというのは、このうえなく有利であるということ。村の周囲の堀は、人間では突破することが困難で、しかも単独で突破しようものなら、堀底に固めた泥に足を取られしばらくはまともに動けない。脱出は容易ではない。その様子をわかりやすく、たいまつで照らし、堀と底の泥を示している。ここからは入れないぞ、というメッセージを感じ取ってくれたようだ。
五名の愚かな冒険者たちは、これからスライム三体の脅威を目の当たりにする。後衛にエランドとスケルトとシャルル自身を配置したことで、事実上数的有利ではある。だが冒険者たちは、スライムが前衛であることに誇りを汚されたと感じるだろう、金で集められた冒険者は、それなりに腕は立つ。だが、その過信に比例して、プライドも高い。スライム三体の前衛を見れば、五名のうち一名がいきり立ち、「俺が倒してやる」と言うだろう。
ハリボテの拠点を落としに、冒険者たちは突き進むことになる。村の入口から拠点まではまっすぐな坂道だ。後衛のさらに後ろには、オーク、ゴブリン、ミノタウロス、メイジ、ユニコーン、ゴーレムを配置。拠点の護り手がいないとハリボテだと思われる。
スライム三体たちは、呼吸を合わせている。冒険者たちは、敵を見上げる形になり互いに、にらみ合いが続いた。
「なぁ、シャルル。この前の話だけどよぉ、唯一撤退させられた敵っての本当にスライムなのか?」
エランドが斧槍を肩と右手でバランスを取って構えながら聞いた。
「もちろん、ウソじゃないよ」
「でも、この前の話じゃぁ、スライムたちってボコボコにされたあと、合体したってだけだろ。合体して逃げて行ったんじゃねぇの?」
「続きがあるんだよ、スライムの恐ろしさには」
シャルルがそう言うと、冒険者たちは村の状況を掴んだのか、ジリジリと前進を始めた。冒険者五名は、前衛四名は斧を構えている。おそらく戦士である。後衛一名は、女神の法印を手前で描き始めている、間違いなく僧侶だ。
ずいぶんと火力の強い構成だとエランドが言った。恐ろしいのは火力よりも僧侶の力量次第だとシャルルは私見を述べた。
「おいおい、マヌケちゃんのスライムが前衛かよ。後ろは、なんだぁ? ワニ男とガイコツと片腕野郎じゃねぇか」
エランドの身体ぐらいある大斧を構えたでっぷり太った男が言った。他の三人の戦士たちは、ガハハと追従しているように笑う。このデブが戦士を束ねているのは、エランドでもスケルトでもわかることだった。後衛の僧侶は、このパーティーのオーナーだ。さっきから頻りに自分にだけ防御魔法を詠唱している。気づかれない程の小声とわずかな口の動きでわかる。
敵冒険者のような護衛型パーティーは指揮系統が二頭あるのが難点だ。このデブが戦士を束ね、そのすべてを僧侶が束ねる。直列型指揮系統のようにも見えるが、それはデブと僧侶に信頼関係があってこそだ。直列型指揮系統というものは、信頼関係か力関係でしか培えない。前者はシャルルたちのような長らく時間をかけて人間関係を培ってきたパーティー。後者は騎士団における階級関係によるものだ。このあと二つの冒険者たちも同じだろうが、金で拙速に集められたパーティーというものは、藁家よりも脆い。
グリーンがいきなり火炎魔法を放った。メイジが魔法術式の基礎から教えてくれたおかげで、基本に忠実に放たれた火球が前衛の戦士たちを襲う。
「ス、スライムごときが、火炎魔法だと?」
「フェイクですよ! 単細胞生物は魔法言語を使うだけの脳はありません。どこかに魔法使いが潜んでいるのです」
防御結界による安心感からか、後衛の僧侶がデブ戦士に向かって怒鳴りつけた。三人の戦士たちは火球を斧で薙ぎ払い、打ち消そうと必死だ。
「俺たちにも防御魔法を張ってくれ」
デブ戦士は後ろを振り返りながら、舌をもつれさせながら滑舌悪く叫んだ。
僧侶が防御魔法を詠唱する前に、グリーンが連続して火球を放つ。エランドが前に出たそうにしていたが、スケルトが止めてくれた。
「作戦通りにやるんですよ、エランド」
エランドは進めた右足をぐいっと下げた。砂埃が舞う。さすが村長だと、シャルルが関心したと同時に、隠密行動していたレッドとブルーが死角から二名の戦士のブーツからずりずりと這い上がっていった。複数放たれた火球は、うまくいけば戦士たちにダメージを与えればいいという考えだ。それよりも火球の熱により、上昇気流を発生させることが目的だった。緩い砂地の地面は、地熱と火球の熱が合わさり、渦巻き状の気流が発生する。それは小さくてもよかった。実際に、一人分ほどの渦巻き状の気流は砂埃を発生させた。それは、スライム二体を隠密行動させるには十分だった。火球への対処による混乱、舞う砂埃、一直線の坂道に不気味な後衛が三名。戦士二名は気絶し、もう一名にレッド、デブ戦士にブルーが飛び掛かった。
「こなくそ!」
デブ戦士はブルーを大斧で叩きつけ、もう一人の戦士は手持ちの聖水でレッドに裂傷を負わせた。
「スライムごときがぁ!」
デブ戦士が勢いづいたが、僧侶は冷静だった。戦士らに放つはずの防御魔法対象を途中で自分に切り替えた。防御結界でさらに自身を護る姿に、シャルルはいい流れが来ていると感じた。
粉々の散り散りになったスライムたちは、小さい断片になりながら小刻みに揺れていた。シャルルは振り返るとユニコーンに乗ったメイジが颯爽とあらわれ、僧侶に奇襲をかけた。詠唱済みでストックしている火炎魔法。魔法の強弱は戦闘経験で学べるが、発動タイミングは才能だ。通常は詠唱すれば、すぐ発動する。才能のあるものは、詠唱後、わずかに発動時間をズラすことができる。フェイントの要領だが、虚をつく攻撃に魔法学会からは非道とも呼ばれている。それだけ才能によるところの魔法技術である。訓練でメイジがスライムたちに魔法を放ったときに、わずかばかりの発動ズレに気付いた。天性のものだった。その才能に気付いたシャルルは、メイジに鍛錬するようにと命じた。
「ズラすというよりも、それはストックだね」
メイジの時間差で発動する魔法に、シャルルは驚嘆しながらも冷静に伝えた。気をよくしたのか、さらに今日まで鍛錬を積んでいたようだ。プライドの高いユニコーンには、馬のように誰かを乗せて戦闘参加するようにと伝えていたが、選んだのがメイジとはセンスがいい。
「くぅうッ」
僧侶の防御魔法にわずかだが綻びがうまれた。エランドがここぞと斧槍を構えるが、再びスケルトが制した。
「スライムに任せるのがいいぞ」
その言葉の信ぴょう性を高めるように、散り散りになったはずのスライムたちはひとつに合体し、暗闇の黒色へと変わっていた。
「これだよ、僕が撤退したときにやられたスライムと一緒だ」
「どうなったんだよ、教えてくれよ」
いつまでたっても戦闘参加できないエランドが退屈そうに聞いた。
シャルルは黒スライムの背中を眺めながら、少し武者震いしながら答えた。
「黒スライムって、土と相性が良くって地面に潜り込まれたら一帯が狩場になっちゃうんだ」
黒スライムはゆっくりとその巨体を溶解させ、乾いた土の中に吸い込まれる。火球で舞い上がった土埃も引き寄せられるように大地に落ちていった。気絶した二人の戦士、無傷のデブ戦士ともう一人の戦士、僧侶のパーティーの足もとは底の見えない井戸のような深い黒で覆われていた。
平べったい黒スライムが地面から現れ、風呂敷で包むように冒険者全員を包み込んだ。十分もあれば、黒スライム内の酸で容易に消化できる。
「やめるんだ。生きたまま返せ」
シャルルは低い声で、黒スライムに命じた。黒スライムの動きがピタリと止まった。
「どうしてだ?喰っちまえばいいだろ」
エランドが斧槍の持ち手でシャルルを突きながら不満そうにつぶやいた。
「それじゃダメなんだ。スケルト村であった恐怖をできるだけたくさんの冒険者たちに伝えさせるのが目的だからね」
気絶した戦士二人を担いで、冒険者たちはスケルト村から逃げた。ハリボテの本拠地ではスライム三体を前衛にして勝利したことに歓喜した。




