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【連載】一年後に死ぬ勇者は、魔物側で指揮を執る  作者: 華奢 素数


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第十話・エランドの広い視野

 勝利に涌くハリボテの本拠地で、物見櫓で監視を続けていたバッドが慌てて飛んできた。

「ねぇ、他の冒険者パーティーが撤退していくよ」

 シャルルは当然のこと、とは思わなかった。冒険者たちの思考はよくわかっている。かつて自分も賞金目当てで魔物を討伐していた時代があったからだ。

「こちらから与えた【恐怖】が伝わるのはまだまだ先のことだ。あの五人、デブ戦士と僧侶は特段プライドが高そうだからな」

「プライドが高いからどうなんだよ」

 戦いそびれたエランドがどこか不満気にシャルルに突っかかった。

「プライドが高いと、自分が逃げた、負けた、なんて言いたくないだろ。だから、他のザコ戦士たちに広めてもらうんだよ」

 シャルルは戦場における恐怖の伝わり方について、皆に説明し始めた。


「生き残った三人のザコ戦士たちだって、冒険者の端くれだ。しかも賞金稼ぎだろ。このままおめおめと負けて帰った、しかもスライムたちにとなれば、討伐依頼なんて引き受けさせてもらえない」

「つまり、食いっぱぐれるってことだな」

「そうだ。だが、奴らは次の討伐依頼を受けなきゃならない。そのためにはどうする?」

「とんでもない敵だったって言うしかないか。それか、油断してたとか」

 スケルトが一歩前に出た。カラカラと骨と骨のつなぎめが音を立てた。

「その通り。強敵と誇張する。だがそれだけじゃ負けを認めたことになるだろ。だから油断した、次は負けないと付け足すんだ」

「それが恐怖とどうつながるんだ」


 エランドは皆もわかってないぞ、と様子でシャルルに詰め寄った。

「人はね、面白おかしく話を伝えたがるんだ。コミュニケーションの基本だけどね。だから、この話を聴いた人は、強敵ってのが、山ほどデカいスライムだったとか、火を噴くドラゴンだったとか、百体ほどの敵に囲まれたとか、誇張する。しかも、油断したって話も、罠を張り巡らされていたとか、堀の底が泥沼だったとか、僕の両腕がなかったとか、そんな風に伝えるんだ」


 シャルルは左腕を振り上げながら皆に説いた。その姿は国王の演説のようでもあった。

「俺たちもそうだったもんな。勇者は腕が六本生えてたとか、魔王城ごと破壊する魔法を使ったとか、死なないとか、そんな風に言われていたしな」

 黙って聞いていたオークが、口を開けば思いのほか饒舌だった。

「さて、この後だが、バッドの話しとは違う展開になるぞ」

「どういうことさ」

 バッドが羽をパタパタと忙しそうにはためかせる。ハリボテの本拠地に埃が舞う。

「のこり二組の冒険者パーティーは逃げたというよりも、体勢立て直しをしていると思われるな。だが、応援をよぶと分け前も減るから……」


 シャルルが言い淀んだタイミングで、エランドが待ってましたとばかりに斧槍を構える。

「アレだ、合流したんだな」

 シャルルは小さく頷いた。出遅れた二組の冒険者パーティーは、敗走する僧侶と戦士たちを目の当たりにするだろう。だが、まだ負けを認めたくない僧侶やデブ戦士は、情報を与えないはずだ。なにせプライドが高いから。語るのはあの三人のザコ戦士だけ。しかもうち二人は重症。異常な様子から、負けた・敵は強い、ぐらいの情報は獲得できるだろう。その様子に、莫迦みたいに攻め込む冒険者はいない。様子見のために、先陣を譲ったのだから、一緒に撤退することもない。だが、無策に突撃することもない。後発二組の冒険者パーティーが一塊になるとして、リーダーは後衛タイプ。情報が少ない、バッドに収集させるのが得策だ、とシャルルは考えた。


「冒険者たちが合流するとして、戦術思案とリーダー決め、報酬配分ルールを検討しているはずだ。まずは、バッドに敵の情報を取ってきてもらう。おそらく二日ほどは、攻めてこない。その間に、オーク、コボルト、ミノタウロスの三名は、例の訓練を続けて欲しい。次はキミたちが前衛だ」

 シャルルの命令に、エランドは肩を落とした。

「俺はいつ戦えるんだよ」

「エランドは、メイジに特訓してもらう」

「どういうことだ」

「メイジ、わかるよな」


 集団の最後部で寡黙に様子を伺っていたメイジは、ツカツカとブーツの音を立てて、エランドに近づいた。薄手だが高度に魔法防御が施されたローブがふわりと揺れる。メイジは両手をエランドの顔の中心に近づけ、左右に開いていった。

「どこまで見えてますか?」

「まだ全然見えるよ」

 メイジは両手をエランドの側頭部よりやや後ろまで持っていった。

「人間型の生物は、魔物もそうだけど、視野は200度ぐらい。でもアンタみたいな爬虫類型は、330度ほどあるのよ」

 メイジは続けた。その表情はローブに隠れて誰の目にもはっきりとは見えない。

「魔法使いとしては、ピッタリなのよ。全体魔法って視野に納めた敵に有効だから」

「でも俺、魔法なんて使えないぜ」

「だから、特訓するんだろ。グリーンだって習得したろ」

 シャルルは当然の面持ちで、エランドをいなす。


「ここはやはり火山帯ですから、火炎魔法習得がいいとは思いますが」

「それじゃ、ダメだ。対人戦で一番厄介なのは……」

 メイジとシャルルが阿吽の呼吸で会話する。その頼もしげな様子にスケルトは表情筋がないながらもニヤニヤとした。

「精神魔法ですね。睡眠、混乱、魅了、恐怖、服従、いろいろありますが、二日で習得できるとしたら、睡眠でしょうか」

 シャルルはメイジの耳元で要望を伝えた。

「なんだよ、またナイショかよ」

 コボルトが落ち着きなく、不満をあらわにした。

「キミたちの特訓だって、秘密にしてるだろ。急場の寄せ集め集団で戦う場合、仲間でも、手の内は最後まで明かさないこと。指揮官が把握していればいいんだ。そうしないと、敵の裏なんてかけないからね」


 ミノタウロスが、コボルトの肩を組み、まぁまぁ、と諫める。魔物だから人柄というには変だが、人望がありそうだ。コボルトは気が短いが、理屈は理解できるタイプ。オークは頭の回転が早そうだ。このメイジは、相当な手練れのようだが、泳がせておこう、シャルルは冷静に分析した。

 巨体ゆえに本拠地の外で見張りを兼ねていたゴーレムがハリボテのドアを開く。

「やっぱり、スライムたちはしばらく休ませた方がいいな」

 スライム三体たちは、先の戦いで相当ダメージを負っていた。その体で合体をしたものだから、ダメージが倍増したようだ。それぞれの身体に、お互いのダメージが共有されてしまった。実はこのゴーレムは、治療に長けている。女神の法印を習得している。魔物でも女神は分け隔てなく、法印の授与を行う。このあたりが、神々のクセモノたるところだ。神は必ずしも、人類の味方というわけではない。公平なのだ。


 シャルルはゴーレムにスライムの治療に専念するように伝えた。エランドはシャルルがゴーレムにこっそりと伝えるのを広い視野で確認した。


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