第十一話・奴隷商人ゴーディーの耳削ぎ
手負いの冒険者パーティーたちの話で酒場は昼も夜もなく沸き返っていた。賞金稼ぎであるこの冒険者パーティーは、誰一人命を落とすことはなかったが、僧侶の回復魔法だけでは簡単には治療できないほどであった。北方三国からほど近い商用路の外れ、ゴズリン村を占拠している魔物たちが、三つもの冒険者パーティーを撤退させた。先のイングリット隊の撤退は衛生兵を除いてほぼ戦死したのと比べると、戦力が劣るのかそれとも、戦を知り尽くしているのか。ソーサイスは昼からカウンターでひとり、酒をあおっていた。
大軍を全滅させるほどの力というのは、現実味に欠ける。数々の勇者が魔王討伐に失敗した理由がそれだ。イメージができないのだ、兵器も持たない魔王やその取り巻きの魔物に、大軍が駆逐される姿が。
魔王トロニカは騎士団一個中隊・約二百三十名を簡単に全滅させられる。大きな理由は全体魔法効果によるものだ。視野の範囲内に納めれば、全体魔法対象となるためだ。そのため少数精鋭の勇者パーティーが各地で結成され、その度にグイ王から旅立ちの餞別を求めてきた。塵も積もれば山となる、財政悪化に伴い餞別制度は廃止された。ちょうどその頃、結成されたのがシャルル・フォッサリ・ギュレによる異質の勇者パーティーだ。異質の理由は二つ、フォッサリがエルフ、ギュレがドワーフという人間に非ず者たちだということ。不可侵条約を彼らと結んだことで、人類の定義は広がった。彼らは人間とは呼ばないが、人類には含まれる。だからといって、エルフやドワーフが積極的に魔物と交戦したり、魔王トロニカを討伐しようとはならなかった。彼らは自分たちのテリトリーを護るために、人類となったのだ。侵略するものを迎撃する。その間、人間に攻め入られないように不可侵条約を結んだまでだ。
だが、この硬直した状況を変えたのがこのシャルルという男だ。蘇生以外の魔法を習得したと言われる大賢者フォッサリ、あらゆる武器の戦闘指南書を記したという狂戦士ギュレを従え、魔王トロニカ討伐を果たしたのだ。
少数にて精鋭、それも精鋭中の精鋭だ。勇者シャルルのパーティーは一個中隊(二百数名)どころか一個師団(二万名)以上の力を発揮したと言われる。シャルルの力は未知数だ。そもそも、フォッサリとギュレをパーティーに組み込めた理由がわからない。シャルル自体もその出自は不明である。生け捕りにして、彼の素性を知るべきだと思うのだがとソーサイスがグラスを傾げると、表面を伝う水滴が冷たい雫となって、静かにテーブルへ零れ落ちた。
「ソーサイス様ですね、昼間から珍しい」
恰幅のいい男が隣りに勝手に腰を下ろした。
「誰だ貴様」
「私はただの商人でございまして」
男が名乗らないことにソーサイスは、苛立ちを覚えたがすぐにその感情を納めた。男の手は、ただの商人の手ではない。右手の親指と小指が不自然に変形している、耳削ぎか。
「貴様、奴隷商人だな」
「あらぁ、よくお気づきになられまして。でも昔の話ですよ」
独特の親指の変形、第一関節が歪んでいる。奴隷商人は、奴隷の耳を削ぐ。競り落とした奴隷は耳を削がれる。大店の商人であれば、一日に削ぐ数は百を超える。耳を削ぐのは、主人の役割で血の精霊を介して主従の契りが交わされる。この男、右手の親指が異常に曲がっている。血の精霊を召喚すると、この後遺症が出るのだ。そして注目すべきは、小指の反り返りだ。親指とは逆、手の甲に向かって反っている。これは、呪いだ。まさかと思うが……、ソーサイスはこの男を知っていると確信した。
「貴様、奴隷商人ゴーディーか!」
「察しがいいようで、流石ソーサイス様」
奴隷商人ゴーディーは、エルフを奴隷とした悪名高い男だ。削いだエルフの耳を収集していると聞く。この小指の反り返りは、どれほどのエルフを手にかけたのだ。不可侵条約を結んでからはエルフ側から重犯罪人として手配されたはずだが、ソーサイスは腰を浮かせ、鞘から剣をいつでも引き抜ける体制をとる。
「おやおや、物騒なことはおやめくださいませ。それより、ゴズリン村の一件、お耳にいれたきことがありまして」
「隻腕の男の話だろ」
「あらもうお耳に。早いことで」
ゴーディーはバーテンダーから注文を尋ねられたが、すぐ出るので、と断った。
「勇者シャルル様が、ゴズリン村で指揮を執っているようですな」
皺だらけのゴーディーの顔に、不気味な表情が浮かぶ。
「やはりそうか、だが信じがたい。追われる身とはいえ、シャルルは元勇者、魔物をどうやって従えるのだ」
「まぁ、そのあたりはご自身の目でご覧になればいいかと」
ゴーディーは席を立った。ドスンと鈍い音が響く、柄に手を掛けたソーサイスをゴーデーの野太い膝で押し戻したのだ。
「野蛮なことはいけませんよ、ゴズリン村、魔物の間ではスケルト村と呼ばれてるらしいです」
ゴーディーは膝をおろし、グラスの水を飲み干した。
「スケルト村?」
「魔物にも、知能はありますからね。もちろん言葉も。勇者シャルル様は魔物と会話ができるんでしょうな」
ソーサイスは酒場を去るゴーディーの背中を見送った。エルフたちの呪いをあの男の残影から感じる。耳を削いだだけじゃない、多くのエルフたちを手にかけたのだろう。ソーサイスはグラスに残った酒をそのままにして、騎士団拠点へと向かった。




