第八話・悪意の勝算
表と裏の使い分け、階級が上がれば上がるほどに、自分の二面性に辟易とした。気のいいただの騎士なのだと振舞っていると、突然冷徹な騎士団長を求められる。役割を演じることは無意味ではない。自分が何者かなどという青臭い問いも、湧きあがってこない。グイ王のような、自分のなかから湧きあがる「悪意」のようなものをそのまま垂れ流してみたい。魔王を討伐した勇者を罠に嵌めるなどという発想が自分にはなかった。ソーサイスは、グイ王への無意識の羨望を抱きながらも、その無慈悲ぶりに到達できない隔たりを感じていた。
ジャルク衛生中隊長に関わる全ての者を処刑し、その苦しみの渓谷に本人を突き落とす。この呪いの矛先は、全て自分に向かう。魔物の残党討伐はもはや、賞金稼ぎの冒険者たちが生業とすべきものであり、イングリットが派遣されたような騎士団による討伐案件は減っている。魔法は【呪術】と言われるように、呪いを術式化したものだ。呪いの依り代なくしては、魔力はやせ細る。鍛錬を怠ると、筋肉が落ちるようなものだ。ただ、諾々と生きているだけでは、腹の出た中年のように、魔力も鈍く衰える。
戦時下では、魔物との交戦によって、魔物たちから【呪い】を数多く浴びせられる。魔物の命を奪うことは、呪いを手に入れることであり、ひいては、魔力維持に欠かせないのだ。だが今は違う。魔王討伐後、人類から打って出ない限りは魔物との交戦はない。魔王の後釜争いは、実質人類に害悪はない。魔物同士の戦いだからだ。
魔物との交戦がない以上、呪いは手に入らず、魔力は衰えるばかりだ。だが求められるのは有事の際、騎士団を機能させることだ。ソーサイスのような魔法騎士が主流になる時代だからこそ、魔力を高めること自体が戦力の維持につながる。
だから百名近い衛生兵、ジャルクにまつわる一族郎党すべて、近隣住民まで虐殺した。その呪いはソーサイスをはじめ、北方三国騎士団に向けられる。この一連の事件で、魔力が向上したと自信を持って声を上げる騎士たちが随分と増えた。騎士団付の魔法使いや僧侶に至るまでその恩恵を受けている。もちろん、グイ王もだ。
だが、こんな呪いなど魔王討伐前と比べると、たいしたものではない。そして、このまま時間が過ぎるとともに、魔力は衰える。継続的な呪いを受けるには、やはり魔物との交戦は欠かせない。魔物との戦いに備えるために、魔物と戦うという矛盾を越えた事態に、ソーサイス自身も辟易とはしていた。
フレイム隊長がイングリット隊を引き継いだものの、追加で補充される兵士はほとんどいなかった。スライムの一派に撤退を余儀なくされたということもあり、生き残った兵士たちも自信喪失・戦意喪失に陥っていた。そのせいで、フレイム騎士団からも逃亡する兵士が後を絶たない。ソーサイスはグイ王を通して、逃亡兵への罰則を強化するよう求めた。グイ王の関心はそこにはなかった。仕留め逃した、勇者シャルルの転移先が気になっていた。
「ソーサイス、シャルルはどこに逃げ切ったのだろうな」
でっぷりとした臨月のような腹をさすりながら、グイ王は所在なく組んだ足をゆする。城内最上階奥手に、騎士団長クラス以上が集められグイ王と軍議を練る場所がある。ソーサイス騎士団長は、シュトレン卿を通じてグイ王からの緊急召命に応じた。こういう時はいい話なわけがない、ソーサイスは鬱屈した気分だったが、その感情を悟られぬよう気を引き締めた。
ガタガタと樫の永樹で作られた、テーブルが細やかに揺れる。グイ王の右斜めに座るのがソーサイス、左側に座るのがシュトレン卿である。シュトレン卿はグイ王の懐刀であり、北方三国の統一に貢献した僧侶でもある。グイ王自体、もともとは戦士の出だったとも噂されているが、その実態は明らかにされていない。
「シャルルが転送魔法に成功したかどうかですが、その確率は半分ほど。もし成功していれば……」
シュトレン卿が重く閉ざされたカーテンを開ける。窓からは、昼前の強い日差しが飛び込む。その光を受けるものこそが正義であるような、太陽の光は神々しさを演出する。錯覚であるとわかっていつつも、誰もが自然現象に意味を探し、誰もが都合よく解釈する。
「生きているでしょう、勇者ですから。受けた呪いの数だけ、強靭になっているはず。しかも、偉大な魔法使いフォッサリと、無敵の狂戦士ギュレが亡くなった、ことになってますよね」
「亡くなったこと?」
「エルフの寿命は千歳を越えます、ドワーフでも八百歳ほど。二人とも寿命が尽きるにしては早いですし、数々の呪いを魔物から受けてきたとあっては、魔力の増強は激しいものでしょう。魔王だって倒してますし」
「つまり、そう簡単に死なない。あの二人は死んでいないということですか」
ソーサイスの背中に冷たい汗が湧き出る。
「死んでないかもしれません。死んでるのかもしれません。いずれにしても、死んだと偽装するにしても、【呪い】を持ったまま死ぬとは思えませんし。生前にシャルルに譲渡しているのでしょうね」
呪いの量が一定以上に達すると、誰かに譲渡や貸与することができる。未熟だったソーサイスが騎士団で名を上げられたのは、父からの呪い譲渡によるものが大きい。「いつ死ぬかわからんからな」と父は、ソーサイスに定期的に呪いを譲渡し、不正に魔力を底上げしていった。
不正というのは、適切ではない。これは合法的に認められている呪いの継承だ。イングリットやフレイムたちは叩き上げだ。孤児院から隊を率いるまでに出世した。奴らは、ソーサイスと違って呪いを継承できるような、太い実家はない。シャルルも同じ孤児院育ちと聞いている。勇者として魔王討伐を成し遂げたあの男には嫉妬を覚えるが、同時にソーサイスと同じように、フォッサリやギュレから呪いを継承しているとあれば、もうそれは同じ穴の狢だ。
「ソーサイス、聴いているのか?」
グイ王は考え込んでいるソーサイスを、諫めた。
「同じですよ、ソーサイスさんとシャルルは。シャルルは自身が受けた莫大な呪いだけでなく、二人からの呪いも継承している。並みの勇者じゃない……」
「転送魔法は、成功したと考えるべき……ですね」
ソーサイスは重い口を開いた。窓辺に北方ならではの強い北風が吹きつける。ギシギシと窓が立てる音のリズムに、急かされている気になった。シャルルはとんでもない魔力を手に入れているかもしれない。さすがシュトレン卿の見立ては、仮説をもとに確信へと近づく。
「というわけだ、ソーサイス騎士団長よ。シャルルの居場所を突き止め、首を持ってまいれ」
圧倒的な力の差、それに転送魔法の成功者は何らかの覚醒という恩恵がもたらされる。その上の超覚醒ともなれば、果たして首を持ち帰るなどできるのか。たとえ隻腕とはいえ、その力は絶大だ。
「もはや魔王トロニカを凌ぐほどの力を手に入れているのだとしたら、私の手で首を持って参るなどできましょうか」
騎士団長にあるまじき、弱気・弱音・敗者の弁とも取れる言いっぷりに、シュトレン卿が割って入った。グイ王の機嫌が損なう前にという配慮だといいが。
「ギアルグの宝珠、あれは魔物の死骸が長年押し固められ、作られた天然の鉱石で作られています。独特な魔力を発しているのです。この意味がわかりますよね」
ギアルグの宝珠、北方三国の価値に匹敵するほどであるが、シャルルに褒美として取らせる理由がわからなかった。一説には、呪いにも似た過分な魔力を放ち、その威力は年々増していると。ギアルグの宝珠が周囲からの魔力を吸収していうとわかったのは、最近のことだ。それゆえ、扱いに困っていた。すべて父からの受け売りだが。ギアルグの宝珠を魔力最大量にまで高めて、内部から粉砕する。そのためには、シャルルに与えてしまうのが好都合だったとそうだ。高魔力の媒体と高魔力の生物は、融合しやすい。魔法科学の常識だ。
「ははは、シュトレン卿、勇者シャルルにギアルグの宝珠を押し付ける。名案だと思います。一体化するでしょうからね。ですが、奴は転送魔法でどこかに逃げてしまいました。そこまで読まれていたと?」
シュトレン卿にハッタリは通じない。グイ王が我々の会話の行く末を退屈そうに眺めている。
「そうですよ。シャルル殺害についてはその当日まで私は知りませんでしたから。融合して一体化するなら、それはそれで良いことだと思いました。厄介払いできていいと。ですが、グイ王のお考えはちょっと違った」
「まどろっこしいのぉ。シャルルを瀕死状態にして、ギアルグの宝珠と一体化させようとしたんじゃ。それがあの忌々しい宝珠と決別する唯一の方法だったからの」
「だが、シャルルに逃げられた」
「それも織り込み済みです。転送魔法はむしろ想定内です。シャルルとギアルグの宝珠は一体化しています。ギアルグの宝珠が持つ魔力波は独特です。探知するのもたやすい」
ようやく話の意図がわかった。7:3でシャルルを取り逃がすと踏んでいたのだろう。十英傑の剣は、精霊のエンチャントだけに注目されがちな剣だが、脅威はそれではない。事前に詠唱した魔法をストックできることにある。おそらく、フォッサリの入れ知恵だ。
まぁ、取り逃がすことも織り込み済みなら、ギアルグの宝珠で居場所探査ができる保険があるのは間違いないのだろう。だが、居場所が分かったからと言って、シャルルの首を取ってこれるのか。腐っても元勇者だ。隻腕ではあるが、束になってかかってもかなう相手ではない。そもそもシャルルを殺害することに何の意味があるのだ、ソーサイスは自分の身に降りかかる面倒事にうんざりした。
「シャルルの寿命は持ってあと、一年。ギアルグの宝珠と一体化といっても、主従関係でいえば、シャルルは従。魔力を日々吸い尽くされ、死に至るのでしょう」
殺害する必要などないじゃないか、とソーサイスは我慢できずに口にする。
「ならば、そのまま放置しておけばよいでしょうに。魔王に匹敵するものに挑むなどという、愚行は無用でしょう」
「魔王に挑むことが、愚行か。口が過ぎるぞ、ソーサイス騎士団長」
グイ王が眉間に深い皺を寄せて、強い口調で嗜める。
「自然死してしまえば、よりギアルグの宝珠の厄災度が高まるだけです。なにせ、シャルルの魔力に加えて、おそらく継承したであろうフォッサリとギュレの魔力も吸収されているでしょうし」
「だから、生きているうちに殺すということですか?」
「そうです。ギアルグの宝珠は従であるシャルルの魔力を吸い尽くすと、主従の契りを破棄し、再び宝珠として形を取り戻すでしょう。新たな宿主を探す、ヤドカリのように。ですが、一体化しているうちにその宿主を殺害すれば、宝珠としての形に戻ることはできず、魔力溶解を起こし、自ら崩壊の道を辿るのです」
シャルルに褒賞(ギアルグの宝珠)を与える、処刑を試みる、逃げられる(転移魔法を使う)
シナリオ1)転移魔法失敗=ギアルグの宝珠ごと消滅する。
シナリオ2)転移魔法成功=ギアルグの宝珠と一体化する。追跡し一年以内にシャルルを殺害する
「今おっしゃられている事は、事実として起こるのですか? それとも単なる仮説ですか?」
「おいおい話してやるが、これは【事実】だ。この宝珠は、魔王トロニカとの密約により我々に与えられた【人質】のようなものだからな」
グイ王が立ち上がった。話は終わりだという合図だ。
それにしても、一年以内に勇者シャルルを殺害するなど、自分にできるのか。ソーサイスは思い直した。いやこれは、自分だけの仕事じゃないと。北方三国の騎士団すべてに課せられた討伐命令である、とソーサイスは気を紛らわせた。




