第七話・勇者一行の慢心
村の中心部、見張り櫓と小さな小屋が二日がかりで完成した。バッドの偵察によると、冒険者たちはスケルト村を探しあぐねていた。草原の奥、山手に位置するスケルト村は容易には探し出せない。シャルルは敵襲に備え、村の周囲に、深さ三メートルの堀を作るように指示した。ゴーレムとミノタウロスの働きが大きい。少人数だがわずか三日でできたことにシャルルも村の魔物たちも満足そうだった。
村の防御機能を高めながら、シャルルはスライムたちに模擬戦を命じた。スライム三体、ブルー・レッド・グリーンに対して、冒険者に見立てて、スケルト(僧侶)、エランド(戦士)、メイジ(魔法使い)、シャルル(魔法剣士/勇者)の四名で行った。
真っ先に音を上げたのは、ブルーだった。
「無理無理、ムリだよ! こんなの訓練にもならないよ」
模擬用の木製武器とはいえ、エランドの斧槍をブルー・レッド・グリーンともにかわせずにいた。併せて、メイジの火系魔法によって、スライムたちの動きは鈍っていた。スケルトの防御魔法でスライムたちのひ弱な攻撃を完全に防ぎ、シャルルの左腕だけの木刀にエンチャントされた雷撃に感電しては、麻痺状態を繰り返していた。
「そもそも、四体に対して僕たち三体じゃ、不利すぎるよ」
レッドが満身創痍で愚痴をこぼした。グリーンは寡黙に頷いているばかりだ。
北から吹き下ろす突風に足元が揺れる。土埃が舞い、目視で一瞬お互いの姿を見失った。シャルルは左腕を上げ、模擬戦を中断するように合図をした。
「僕たちが魔王討伐で、唯一撤退させられた敵ってわかるかい?」
「そりゃぁ、今でいうところの次期魔王候補の三側近ってやつじゃねーの」
エランドが木製の斧槍をクルクルと回しながら、得意げに答えた。
「違うよ」
「じゃぁ、ドラゴン?」
ブルーが答える。シャルルは首を横に振った。
「キメラたちじゃないの」
レッドがその不定形の身体をくねらせ、これは正解だろと自信満々に言った。
「違うんだ、正解は、スライムだ」
骨だけのスケルトにも驚きの表情が見えた。
「確かに、スライムに不意を突かれたら、全滅しかねませんね」
メイジが核心を突いた。戦闘慣れしているのか、頭でっかちなのか。
「そのとおり、スライムの最大の特技は隠密だ」
いつになくスライム三体が真剣に聴いている。ぶぉおおっ、と吹きおろしの突風により再び土埃で視界が遮られる。
「この、土埃を利用する」
作りたての拠点もどきの小屋で、シャルルは作戦を説明した。
スライムたちを三体合体させた状態で、敵の冒険者一行を迎え撃つ。バッドによるとやはり三グループの冒険者一行がエランド村に向かっているらしい。堀を作ったおかげで、誘い込むように村の正門からしか、侵入はできない。
「一斉にその三グループの冒険者たちが襲ってきたらどうすんだよ」
エランドの方を見るのではなく、皆シャルルがどう答えるのかワクワクしながら待った。おそらく四名程度の冒険者パーティーが三グループ、十二名が一斉に襲ってくることを皆心配している。
「それはないな。そもそも寄せ集めの冒険者たちだ、パーティーでさえ機能しにくい。それが束になって来ても、指揮命令が通じなければ、ただの烏合の衆だ」
一同わぁぁあと、勝利したかのように湧きたつ。
「まだ、勝ったわけじゃねぇ。油断してんじゃねーよ」
エランドが活を入れた。
「そう、戦闘において最も強敵となりうるのは【油断】だ。スライムは武器・防具の装備ができないせいで、強くなりようがないと思われている。それに、人類はスライムに言語があるとは思っていない。勇者時代、スライムに全滅させられそうになったのは、隠密で背後を取られて呼吸を塞がれたからだけじゃないんだ」
ブルー、レッド、グリーンは食い入るようにシャルルの話を聴いている。
「だったらなんなんだよ?」
エランドが急かした。スケルトがまぁまぁ、とエランドを窘める。
「スライムに言語があると知らなかったことだ」
シャルルは勇者時代に、パーティーが全滅させられそうになったスライムとの戦闘について語り始めた。
ダンジョンの深層階でスライムたちに遭遇した。その数、三体。問題なく勝てると踏んだ。最深部まであと少しで、ギュレは負傷していた。フォッサリの魔力節約のため、シャルルがスライム三体を相手にすることになった。突然、火炎魔法が放たれた。盾で防げる程度の低出力の火炎魔法だったが、問題はスライムが放ったのかということだった。背後に魔法使いがいるのか? メイジクラスでもいるのか? と緊張が走った。フォッサリに魔力を放つ敵の位置を確認させようとした時、既にフォッサリはスライムに捕食されかかっていた。ダンジョンの天井から湿気った滴のようにポチャリと落ちた「それ」は、スライムだった。火炎魔法の熱気でダンジョン内の埃や苔が舞い、目の前のスライム三体中二体が消えていた。ギュレにもスライムが覆いかぶさった。シャルルは目前の魔法を詠唱したと思われるスライムを斬りつけたが、致命傷には至らない。自力でフォッサリはスライムを内側から火炎魔法で蒸発させ、ギュレの内側に防御魔法を展開し、呼吸を確保させた。ギュレは力技でスライムを引っぺがして、地面に叩きつけた。
だが驚いたのはそこからだった。
フォッサリに蒸発させられたはずのスライム、ギュレに叩きつけられて千切れたスラム、シャルルに斬り付けられたスライム、それぞれが一体に合体し、ダンジョンの奥暗闇と同化した。
その時のスライムの色が、青、赤、緑だった。隠密と奇襲、それを補助する魔法、統率の統率が取れた魔物のパーティーに遭遇したのは珍しいことだ。従来魔物は自分の利益を優先させる。それゆえ、仲間の援護に回ることは皆無に等しい。
全てがスライムを見下した思い込みだ。
グリーンが口を開いた。
「じゃぁ、僕たちもその戦い方をすれば勝てるってこと?」
「そうだ。キミが一番魔法適性がありそうだな」
シャルルは斬り損じた、魔法を使ったスライムの色を思い出していた。それは何の因縁か、緑だった。
メイジは腰を上げ、グリーンに火炎魔法を、移動速度に秀でたコボルトは、ブルーとレッドに奇襲攻撃を教え込んだ。模擬戦と並行しての教練は、熾烈を極めたがスライムたちは音をあげることなかった。
明け方、物見櫓で警戒中のバッドが冒険者一行に気づいた。一パーティーだけだったが、五名編成だった。バッドは落ち着いて、上空へ電魔法を放ち、合図を送った。それは冒険者たちへの宣戦布告でもあった。




