第六話・ジャルクの背任
騎士団長ソーサイスによる残党魔物狩りは、困難を極めた。魔王トロニカ不在の今、その覇権が争われている。大きく三つの派閥からなる次期魔王候補たちは、対人類よりも魔物同士の戦いに明け暮れていた。それゆえ、自ら滅んでいくとばかり思っていたソーサイスにとって、この困難さの原因がつかめずにいた。魔物たちが、以前より強いのだ。
「イングリットの軍が全滅だと!」
ソーサイスは命からがら逃げ落ちてきたイングリット軍衛生兵の言葉に耳を疑った。
「数は?」
「敵数わずか五十でしたが、統率が取れており」
「バカな、イングリットは二千の兵を連れて出陣したじゃないか」
ソーサイスの声が広い軍議室に響く。イライラと足を組み替えるたびに、衛生兵の視線がつられて動く。
「前線に立つ者は、全体魔法に絡め取られ、一気に火の海へと。衛生兵の出る幕はありませんでした」
なんということだ、近代魔法から現代魔法への進化の過程で、魔法は単体攻撃だけではなくなった。敵全体へと魔法効果を発動することができる。攻撃魔法、補助魔法、防御魔法、回復魔法、おおむね四つの体系に分かれる魔法のなかでも、攻撃魔法の進化は著しかった。だから、父にも魔法剣士になるようにと強く勧められたのだ。
全体魔法の術式が再現性ある魔法として解読されてから五十年。魔法使いの視野に入る対象者に、攻撃魔法を発動できるようになった。それゆえ、魔法使いは高い位置から敵を見下ろせるかどうかが、戦闘の勝敗を左右するようにもなっている。
「しかし、敵軍は雑魚の集まりだとも聴いていたぞ」
「はい、次期魔王候補、ブ・シングの一派だと思われますが、その五十体のうちほとんどが……」
衛生兵は呼吸を整えながら、ソーサイスの顔色を伺った。
「申してみろ」
「五十体のうち、指揮官らしき魔物が一体。詳細確認できませんでした。残り四十九体はすべて……」
ソーサイスは軍議の長テーブルに登り、そのまま衛生兵のもとへと突き進む。直剣を抜き、衛生兵の喉元に切先を突きつけた。
「ええい、面倒だなオマエ! さっさと言え」
「は、はい、すべて、その、スライムでした」
なんと、指揮官を除き、四十九体のスライムに約二千のイングリット軍が壊滅させられたというのか。信じがたい。
「スライムの中に、魔法を使えるものがいたと?」
「おそらく」
スライムは単一細胞種で、原生生物だ。当然のことながら、脳にあたる器官はなく、言語を習得することはない。魔法には魔法語と呼ばれる、母語とは異なる特殊言語を習得する必要がある。スライムに言語を操れない以上、魔法語など土台無理である。そのスライムが……魔法など。だが、それなら指揮官はどうやって四十九体ものスライムを指揮していたのか。そもそも、統率が取れたスライムなど聞いたことがない。グイ王への報告が憂鬱だ。
「イングリットはどうした?」
「スライムの攻撃により、一時撤退をしましたが、囲まれ、自らしんがりを務めていたイングリッド隊長は皆の盾となり、真っ先に戦死されました」
「衛生兵たちは何をしていたのだ。防御魔法と回復魔法を展開させたのだろうな?」
衛生兵の顔色がすっと白く、血の気が引いたのがソーサイスにはわかった。
「我々も、命あってのものです。せっかくのイングリット隊長の厚意を無駄にしてはならないと思い、撤退いたしました」
基本的に衛生兵は前線に立たない、後衛の更に後ろで、負傷者への回復魔法を展開する。これは、義務などではない。そもそもの役割だ。戦闘開始時は、こちら側に攻撃魔法使用意図が無いことを確認し、即時防御魔法を展開する。これらは、戦闘前の作戦会議で綿密に行う。何パターンも想定するのだ。だが、こういった自分のことしか考えない衛生兵が一人でもいると、組織は毒される。その毒はまたたくまに、組織の細部にまで染みわたり、あっという間に中毒死する。シャルルが右腕を落としたように、毒は回りきる前に取り除かねばならない。
「ほかの衛生兵たちはどこに?」
「逃げおおせた者たち、百名ほどは城下で待機しております。互いに回復魔法をかけあって、一命はとりとめております」
なるほど、とソーサイスは納得したように、直剣を鞘に納め、口ひげを愛おしそうに優しく触れた。
「お前の名を聞くのを忘れた。名は?」
「私は、ジャルク・ロイドと申します」
「役職を聞いてないな、一兵卒ではあるまい」
「北部衛生兵中隊長でございます」
「なぜ、いままで黙っていた」
「それは……」
ソーサイスは軍議室に同席していたフレイム隊長に命じた。
「城下の衛生兵百名ほど全て、首を刎ねよ」
「な、なんと、なぜ」
「わからんか、衛生兵が負傷兵を残して逃げ帰るなど言語道断だろう。なぜ前線の者たちの力にならんのだ。お前たちはいつ命を投げ出すのだ!」
ソーサイスは続けた。
「役職を隠していたな。機があれば名乗り俺に取り入る。なければ、一兵卒として逃げ切るつもりだった、だな」
ジャルク衛生中隊長はゴクリと生唾を飲んだ。
「ジャルク・ロイドの本家、分家、使用人、三軒隣の隣家に至るまで、全ての者どもを火刑に処せ。子どもも、女も、老人も、犬も猫も、全てだ!」
「うぉおおおお」
ジャルクは防御魔法を展開した。中隊長だけあって、強固な術式で、簡単には解呪できそうにないとソーサイスは判断した。フレイムはソーサイスの合図で、居合で防御層を力技で破断しようとしたが、軽く弾かれた。
「これを戦場で展開していれば、助かった仲間もいただろうに」
ソーサイスはフレイムに下がるように命じ、鞘に納めた直剣を抜いた。本来肩手持ちで戦場では、反対の手に盾を持つ。だが、ここには盾はない。ソーサイスは両手で剣を握り、雷をエンチャントした。直剣を振りかざすと、厚い防御層の隙間に雷撃が入り込む。
魔法防御に乱れが生まれた。フレイムはその隙を突いて、ジャルクを捕えた。
「防御魔法だってな、完璧じゃないんだ。だが、おまえが逃げたと言う敵さんたちは火系魔法なら有効のはずだ。百人もの衛生兵がいたなら、ある程度レジストできたはずだ」
近年見直されてきた雷系攻撃魔法は、その攻略が十分にされておらず、そのせいで防御魔法は持ち前の耐性を発揮できない、魔法を扱う者ならこれくらい知っていて常識だ。
ジャルクは部下の首の上を歩かされた。そして、捕えられた妻、子、親、兄弟すべての親族と近隣の住人までが磔にされ、生きたまま火にかけられる姿を観させられた。その様子を北方三国の名だたる騎士団長たちも観ることを命じられた。命じたのは、グイ王である。




