第四話・勇者シャルルの覚悟
薄明りの中、藻に捕食されそうになったそれとは違う、心地よさに身体を支配されていた。太陽の香りがするシーツ、ふかふかの羽毛の枕、麻で丁寧に織られたケット、ここはベッドの上だ。
目覚めるのが惜しいが、どこからかいい匂いがする。そういえばシャルルはハラペコだった。ぐうぅう、と腹の底から何か補充せよと言わんばかりの轟音が鳴る。
「おい、勇者様、目覚めたか。三日も寝てて心配したぜ」
エランドはリザードマンらしからぬエプロン姿だ。手にはフライ返し持ったまま。おそらく調理中なのだろう。
「ん? 焦げ臭いぞ」
シャルルがそう言うと、エランドは慌ててキッチンへと駆けて行った。巨体が一歩踏み出すたびに、屋根ごと揺れる。
どうやら、魔物の村に連れてこられたようだ。シャルルは失った右腕に甲斐甲斐しく包帯が巻かれ、僧侶と同じ回復魔法が施されているのを確認した。しかも、永続術式だ。回復度合いが一定に達するまで、魔法効果が続くというものだ。フォッサリがケガが耐えないギュレによく掛けていたのを思い出した。どうやらここにも、高度な僧侶や魔法使いがいるのだろうか。
ベーコンにタマゴ、トーストが焼ける香りを辿って歩くと、ダイニングに出た。木造りの大きな広間と言った具合で、エランドのほかに見慣れた魔物がもの珍しそうにシャルルを凝視していた。
「ここへ座んなよ、勇者様」
シャルルはエランドのことを疑い深く観察した。
――エランドは命の恩人だと皆に言ってくれているのだろうか。そうでもなければ、ニンゲンが魔物の村で、食事を摂ろうとしている光景はかなり意味がわからない。シャルルを捕えられた人間だと思っているのか? いや違う、エランドは自分のことを『勇者様』と言った。まずい、魔王を倒したことで感謝していると言っていたが、そんな気配が感じ取れない。スライムが三体、オーク、コボルト、スケルトンが一体、あとはリザードマンのエランドか。天井の梁に逆さまにぶら下がっているのはバットが一体か。右腕がない、十英傑の剣は、しまった。ベッドの隣に立てかけてあったな。クソ、脇差もないか。魔力は殆ど回復していないから、これは左腕と両足の肉弾戦である。
シャルルはあきらめに近い覚悟を決めた。
ダイニングに通じる奥の扉がぎぎぎっと嫌な音を立てて開いた。
「おや、立てるようになったのですね」
声の主は古めかしいローブに身を包んだ、メイジだ。言葉がわかった。おそらく永続回復魔法を自分に施したのは、ヤツだとシャルルはにらんだ。
「あなたが、僕に回復魔法を?」
おそるおそる、丁寧に聴いた。
「いえいえ、私は魔導士ゆえに、回復魔法などは」
ギシギシと不気味な音を立てて、スケルトンが近づいた。
「ワシ、ワシがかけたんじゃ。回復魔法をな」
驚いた、スケルトンが回復魔法なんて。確か不死系の魔物は、回復魔法が弱点のはずだが。
「おいおい、話しはあとだよ。エランド様特製の朝メシが冷めちまうだろ」
エランドがフライ返しをブンブンと振り回し、会話を中断させた。
朝食は思いのほか美味かった。魔物は人間を喰うとばかり教わって来たが、シャルルたちと同じようなモノを食べるのか。知らなかった。貪るようにエランドが作ってくれた朝食を口に運んだ。トロリと半熟のタマゴは、崩れた黄身をパンの端っこでこそぎ掬った。パンは良質の小麦の香りがしたし、カリカリに焼き上げられたベーコンの塩気も、ちょうど良かった。朝食を楽しんでいる間、エランドがおおよその経緯を皆に話していた。何度も聴いたのか、エランドの話しに皆が合いの手を入れながら、聴いている。合唱のハモリのような練習の痕が見えるような、会話であった。
「美味しかったよ、ありがとう」
シャルルがそう言うと、スケルトンが再び前に出て
「ようこそ、勇者様。ここはワシらはぐれモノたちの村、スケルトの村だ。ワシが村長のスケルトだ」
「シャルル・ユートです。ご存じのように、元勇者です」
スライム三体がグルグルと回っている。無駄に喜びの感情を表現する子どものようだ。
エランドが再び会話の中心に戻る。
「この勇者様を助け出したのがナント、俺様だ」
みんなわかってるよ、と言わんばかりの様子だが、人間が珍しいのか誰もその場を離れようとしない。シャルルは、意図せずスケルト村に自分がいることを順を追って簡潔に説明した。
三人の勇者パーティーで魔王トロニカを倒し、その褒賞をグイ王から賜った。城から出たあたりで、グイ王指揮による攻撃を受け、毒の回った右腕を斬り落とし、転送魔法で湿地帯に逃げ込んだ。エランドに助けられ、今ここで皆の前で挨拶をしている、と。
「勇者様、魔王トロニカを倒してくださったこと、皆を代表して礼を申します。ありがとうございます」
魔物たちはシャルルに斜め四十五度のお辞儀をした。
スケルトン村長のスケルトは続けた。
「魔王トロニカは人類との和平交渉を拒み、戦争の道を選びました。おかげで、ここに居る者たちは家族や故郷を失ったものばかりです」
シャルルは背筋がぞくりとした。一度目の冒険で、この中の家族や村を自分たちパーティーが打ち倒し、燃やし、破壊してきたのかもしれないと思ったからだ。だが、シャルルは後悔はしなかった。それが勇者としての責務だと言えるからだ。
「僕があなたたちの家族や同類、村までも滅ぼしたかもしれません。直接的、間接的問わずに」
「ええ、でも、戦争ってそういうものですから」
スケルトは歯をカチカチと鳴らしながら、達観した様子で語る。スケルトンなのに表情がわかってきたのに少し驚いた。同時にそんな不謹慎な自分を咎める仲間がいないことに、寂しさを覚えた。
「村長はまどろっこしいなぁ。勇者様、ここはひとつお願いがございまして」
エランドは空いた皿を片づける手を止め、エプロンを外しながら言った。
「このスケルト村を護って欲しいんです」
やけに丁寧な口調だ。それだけ、危機が差し迫っているのか。スケルトやそのほかの魔物たちも真剣な表情だ。シャルルは魔物の表情がわかるようになってきた。
「護るって、どういうこと? とその前に勇者様はやめて。シャルルでいいから。あとあまり丁寧な口調もやめて欲しい。」
意外なのか、魔物たちがざわざわと隣同士で話し始めた。魔物は上下関係が厳しいと言う。それは獣のヒエラルキーとも似ている。いや、人間も同じか。
「魔王トロニカが倒されれば、戦争がそれで終わりというわけではないんだよ。俺たちが人間を襲うとでも思っているのか、討伐命令が出ているようでな。それに。この土地は豊かだからな。小麦がたくさん獲れる。狙われているのさ」
「つまりは、この土地ごと奪うために、キミたちへの討伐命令が出されているってことか」
「そういうことだ。だが、ここにいるはぐれモノだけではなぁ」
「いや、そんなことはないぞ。私の魔法は健在ですし」
メイジが力強く言った。
「ぼくたちだって、つよいんだから」
さっきまで駆けずりまわっていたスライム三体が、いつの間にか一体に融合しエランドほどの大きさになっていた。
討伐命令は貴族以上の階級であれば、誰でも発令できる。もちろん王による討伐命令もあるが、その場合はどちらかというと【討伐勅命】と正式に言い換えられる。どうもこの討伐命令は、近隣の貴族発令によるものだと思うが、それならば王直轄の騎士団の出番はない。賞金目当てのゴロツキ冒険者たちが、引き受ける類だろう。
「命の恩人、エランドとその仲間たちの願いとあっては、引き受けないなんて、できないね。だけど……」
シャルルは失った右腕を皆に見せた。ついでに、スケルトが弱まっている永続回復魔法に上書きを施してくれた。
「なにもシャルルに戦って欲しいなんて言ってないんだぜ。俺たちが勝てるように導いて欲しんだ。人間の手の内は、人間がよくわかってるだろ」
エランドの言うことも一理ある。中堅の冒険者ともなれば、隻腕で戦って勝てるほど甘くはない。戦いは頭脳戦であり、情報戦だ。魔物たちが攻略されやすいのは、その特性が解析されているからだ。
スライムなら魔法は使って来ないから、物理攻撃を。スケルトンなら、こちらの動きを速める補助魔法を付与して、手数で倒す。リザードマンなら、火系魔法が有利だが、強度の高い盾とリーチの長い斧槍が厄介だ。だから、一気に間合いを詰めて、リーチの長さを逆手に取る。盾は魔法防御力が低いものばかりだから(知性が低いと魔法効果の高い盾は装備できない・体力を奪う)、詰めた間合いから火系の魔法やエンチャント武器で。
と言った具合で、戦い方が一般化され、冒険ガイドブックに記されているほどだ。三百年前の勇者バルスが執筆したあの本がいまだに売れ続けている。そういうシャルルも肌身離さず持っている。
解析され尽くしているからこそ、チャンスがあるかもしれない。
「わかった。僕でよければ、皆の力になるよ」
「でもいいのか? 頼んでいてなんだが、相手は人間だ。人間をその、勇者様が殺すことにもなるんだぞ」
「人間は人間と戦ってきた。それは魔物が現れてからも変わらないよ」
「人間って愚かなんだな。同族同士で戦うなんてさ」
「だから、気にしなくていいよ。それに、このあたりの貴族はグイ王の配下だ。戦う理由が僕にはあるしね」
「復讐か」
「本当の悪は、魔王トロニカだけじゃないってことさ」
シャルルとエランドの掛け合いのようなやり取りに、パチパチと拍手が起こった。天井から埃が舞い落ちる。バットが羽をパタパタとはためかせて、拍手していたのだ。皆一様に、安堵の表情を見せた。本当に魔物の表情がわかるようになってきたな、シャルルは対人間戦へと覚悟を決めることになった。




