第三十話・スライム隊との戦闘(1)
グイ王、シュトレン卿を処刑し、さらに奴隷売買に関わったもの、奴隷制度を支えた住人までもが残虐な方法で殺害された。主に家庭内の召使として扱われていた奴隷たちは、主を失い自由を手にしたが、長らく奴隷生活に身を置いていたものは、自由をどう使っていいのか、わからずにいた。ようやく羽ばたけるというのに、そこにとどまる者たちもいたが、シャルルたちは解放された奴隷たちに対して、何をどうするわけでもなかった。奴隷を解放すること自体が目的と化しているのだ、とセロエンは道中ソーサイスに説明した。
「シャルルは勇者ではあるが、統治や治世には不向きなんだな」
ようやく右腕の違和感がなくなってきたソーサイスは、先頭を歩きながら振り返ることもせず、セロエンに尋ねた。
「奴隷たちは生活の糧を一時的に失いますからね。今日、明日何を食べるのかすら、自分で決められずにいるようです」
「だけどよぉ、住人たちも死んだんだし、喰うモノはいくらでもあるだろう?」
エランドが最後方から、会話に参加した。
「食べるものは、たとえですよ」
シュロがローブの奥から顔をにょきっと出しながら言った。
「北方三国の状況はわかるのか?」
ソーサイスからの問いかけに、セロエンは答えた。
――北方三国はほぼ壊滅状態にあり、シャルルとフォッサリ、ギュレが暫定的に王政を継いだ形になっている。生き残った住人というのは、奴隷に賃金を払っていたものや、そもそも奴隷を生活資源として取り入れなかった者たちだ。
逃げ出した奴隷たちは、故郷を目指すものがほとんどだったようだ。北方三国の人口は約1/3にまで落ち込んでいた。
かわりにシャルルたちは秘匿術式により招集した魔物たちを、北方三国に住まわせた。ソーサイス騎士団の代わりにと、『シャルル魔物軍行』が結成された、ということだ。
「それなら、確かに真正面から突っ込むのは難しいな」
ソーサイスは、歩くのを止めない。止めれば、その分シャルルの愚行に時間を与えてしまうからだ。愚かさは、時間とともに熟成される。
「だから、ゴーディーを捕える必要があるのよ。城内に潜り込めればいいからね」
ソーサイスはセロエンがシャルル殺害になぜここまで執念を燃やしているのか、まだわからずにいた。エランドとシュロは、セロエンに何らかの恩義があるのだろうが。
ソーサイスはいまだ燻る疑問をセロエンにぶつけた。
「シャルルの胸に埋め込まれている、ギアルグの宝珠の呪いで、一年以内に死ぬと聞いているぞ。あと半年もないはずだ。それまで待てばいいのではないか」
「ソーサイスは知らないんですね、フォッサリとギュレが北方三国に潜入したのは、ギアルグの宝珠に関する呪いを解除する魔法書の奪取です。目的が果たされれば、わざと衛兵に捉えられる。あとはご存じの通り、王の間、つまりシャルルがあなたと現れた舞台に登場させられるという筋書きですよ」
――ギアルグの宝珠はたしかに、フォッサリとギュレには目障りだっただろう。魔力低下の中で戦うことはきっと可能だ。だが、エルフとドワーフのプライドが許さなかったのだろう。この一連の出来事の中心にあるのは、確かに奴隷解放というシャルル殿の高潔な道徳心によるものだが、フォッサリとギュレからすればギアルグの宝珠排除の口実を探していたのではないだろうか、とすら思える。
特にエルフはルールや体裁、縛りを重んじる。化学反応的に魔法を捕える気質のため、決まり事に囚われるのだ。あるルールを守るために、別のルールを平気で破る。その際たるものが、奴隷解放、人権蹂躙を許さないというルールを守るために、奴隷制度に関わった人々を虐殺するというものだ。エルフパラドックスの事例として、ぴったりだ。ソーサイスは改めて、エルフを人類と一括りにしていいわけがない、と彼らとの明確な区別が必要だと考えた。
「じゃぁ、一年後、いや半年後にはシャルルはギアルグの宝珠によって取り込まれて死ぬことはない、ってことか。それに、魔物たちを従えて、意に沿わない奴らを殲滅するということだな」
「シンプルに言えば、そうだな」
エランドが斧槍を持ったまま、クルクルと持ち手を回転させて歩く。
「俺に幻覚魔法を、そうゴーディーに見えるように、かければいいんじゃないか?」
「それはそうなんですが、残念ながらゴーディーの手配書はそこいらに貼られていますが、顔の再現まではあの情報ではできませんね」
ソーサイスはやはり、ゴーディーを捕えねばならないのか、とため息をついた。
「それで、ゴーディーはどこに?」
ソーサイスは、あてもなく東に進んでいるとばかり思っていた。
「その方向で正解ですよ、ただし、あの丘を越えたあたりにスライム隊が待ち伏せしているみたいですね」
色とりどりのスライムたちが、丘陵沿いに整列している。
「戦闘か?」
「そうですね」
「スライムが正面からとは珍しいぜ」
エランドが肩を鳴らす。
「魔法で焼き尽くしましょうか」
シュロの申し出を、セロエンは制した。
「ソーサイス、あなた一人で、あのスライムたちを討伐してください」
セロエンの意図がわからず、ソーサイスは返事に窮した。
「みんなで戦えば、というか、あの数ならみんなで戦うしかないだろ」
「私たちはその奥にいる、男を倒しますから」
「奥だと?」
「ブ・シングがいますね。あなたの部下、イングリット隊を壊滅に追い込んだ魔王の補佐官。既に魔法詠唱を始めていますから」
西の宝山にドラゴンたちが蓄えてきた宝石の中には、宝飾が施された武具があった。ソーサイスはそのなかから、兜と動きやすそうな鎧と小手、脛宛て、を防具として選んだ。どこかの金持ちの収集品だと、エランドは言っていた。剣は鞘はシンプルで特に意匠がなかった。選んだのは直剣で、柄のグリップは歴戦の戦士のものだ思わせるほどの、ちょうどいい使い込まれ感だった。刀身は磨き抜かれており、一振りで大気中の水分を凝固させた。
「じゃ、行こうか」
ソーサイスたちは、眼前のスライム隊に勢いをつけて、向かって行った。




