第二十九話・勇者を暗殺する
西の宝山、代々王の名において、立ち入りが固く禁じられていた山々の総称。北方三国が属国としたシュマルツ国との国境に位置する。ドラゴンの住処であるという噂は、おとぎ話でしかない。そもそもドラゴンの存在自体がおとぎ話だったのだから。
先のゴズリン村襲撃で突如として現れたドラゴンは五体。世界には十七体いるといわれているが、そもそもそれ自体眉唾ものだった。ソーサイスはそのドラゴンに乗って、秘境と言われていたこの地に降り立った。
連なる山々を越えて、たどり着いた場所は、盆地だった。百人ほどの住民が余裕を持って暮らせるほどの広さだ。そこには、ドラゴン五体とスケルトン、魔法使いが出迎えてくれた。ひらりと小さなコウモリ型の魔物がエランドの肩にとまった。その堂々たる振舞は、巨躯のエランドを従えているようでもあった。
「ようこそ、ここが西の宝山、ドラゴンの巣だ」
エランドの歓迎に、ソーサイスは力なくありがとう、と言った。
「疲れているところ悪いが、ソーサイス殿にはお話したい議がございます」
そう言ったのは、スケルトン姿の魔物だ。これが人間? なのか、ソーサイスは小さく身構えた。
「私たちは敵ではありません」
魔法使いの女がソーサイスの警戒心を最小限の言葉で解こうと試みた。そうは言っても、これは魔物に取り囲まれている、騎士団長ではないか、とソーサイスは心のなかで呟いた。すぐさま、元騎士団長と訂正した。
コウモリの魔物に案内されたのは、洞窟だった。西の宝山自体が秘境であるから、この洞窟も未踏のダンジョンであることに間違いはなかった。
暗いから気を付けて、とエランドの声が濡れた洞窟内で響く。エランドの声は思った以上に高い。人間の言葉を話しているからか、ソーサイスは松明に照らされる足もとに気を払い直した。
洞窟内の小さな窪みは、小休止ができるようなベッドとテーブルが置かれていた。エランドはソーサイスを座らせ、硬いパンと温めたトマトとキャベツのスープをテーブルに置いた。ソーサイスは貪るように食べ、スープの熱さに口のなかを火傷し、硬いパンで唇の端を切った。痛みよりも食欲が勝り、ソーサイスは久々に安心して食事を摂ったと実感した。
不意にソーサイスに眠気が襲ってきたが、スケルトンも魔法使いも、エランドもコウモリも皆、待っていた。ソーサイスは食事の礼を言うと、頬を軽く二・三回叩いた。血がかよい、めぐり、頬が赤らむのがわかった。途端に、西の宝山の盆地とはいえ、その高度を実感する。肌の芯にまで、冷気が刺すように入り込む。
早く本題に入りたいといわんばかりに、食後の落ち着きを力づくでスケルトンが片付け始めた。
「端的に話をしましょう。私はセロエン、人間です。フォッサリの双子の妹でもあります。元奴隷で、あなたの父ファミール・ゼーションに転送魔法の実験台にされました。次に、私の隣にいるのが魔法使いのシュロ、魔法学院卒業した才女ですが、訳あって、その力は隠してきました。耳がないのは、エルフに似たその風貌により、奴隷にされた際、削ぎ落されたためです。そして、あなたを連れて来たリザードマンは、エランド。彼も元奴隷で人間です。リザードマンの姿は私たちに幻覚魔法を見せているからです」
それほど時間がないのか、セロエンは一気にまくし立てた。セロエンは付け足すように、シュロとエランドも転送魔法の実験だったと告げた。
「まだ話が良く見えないな」
ソーサイスは警戒心を再び纏おうとしたが、殺すならいつでも殺せたはずだし、そもそも食事で毒殺だってできたのだから、と思い直した。
「私たちの目的は、勇者シャルルたちの虐殺の実態を明らかにし、彼を暗殺することです」
「勇者シャルルを? 虐殺ってどういうことだ?」
「エラルース国、城塞都市フンデバルグ国、レイジア連邦国家における奴隷解放と虐殺事件はご存じですよね?」
「もちろん。だが、あれは魔物と戦った勇者シャルルたちの犠牲になったと聞かされてきた。囚われの奴隷たちは、間隙を突いて逃げただけだと聞いていたが。そうじゃないのか?」
「違いますね、順序がまるで逆」
シュロが口を挟んだ。
「魔王トロニカ戦に一度敗れた勇者シャルルたちは、最短ルートで魔王との再戦をしなかった。妙なんですよ遠回りして、非効率な動きをしている」
シュロは食事を片づけたテーブルに、世界地図を広げ勇者シャルルたちの辿ったルートをピン止めし、線でつないでいった。
「戦いの経験を増やすためじゃないのか?」
「勇者シャルルたちの魔王討伐は二つの時期に分けられます。一つめ、愚直に魔王トロニカ討伐に命を懸けていた時期です。魔物との戦いに明け暮れ、そのせいでいくつかの街や国家は打撃を受けています。その混乱に乗じて、奴隷商人・ゴーディーが逃げる人々をさらい、奴隷として売買していました」
噂に聞いた程度だ。あくまでも噂だ。奴隷が絶え間なく各家庭に供給されるのが当たり前だと思っていたが、深く考えることはなかった。
「勇者シャルルは魔王トロニカとの戦いにおいて、敗北します。その詳細は不明です。その後、つまり、二つめの時期ですが、先ほど話した各国を滅ぼし、結果、数多くの奴隷が解放されている」
行動による結果が同じだ。行動とは、魔物討伐。結果とはつまり、奴隷を是とする国家が滅びる、奴隷が解放されること。だが、妙だ。この時期、シャルルたちの手によってこれほどの戦闘が行われたとするなら、魔物は相当数減ったはずだ。だがそういった報告は一切あがってこなかったことを、ソーサイスは思い出した。
「魔物討伐はしていませんよ。勇者シャルルたちは、あくまでも魔物たちと戦闘したと装って、さきほどの国々を滅ぼしています。十五年もかけて」
概要はわかった。シャルルは、元奴隷であり、勇者となり得たことで、その忌まわしき制度を滅ぼして回ろうとしたのか。最初の時期ではなく、二度目、魔王との再戦に向けての時期に、なぜ奴隷解放を傾倒したのだろう。最初の冒険で、奴隷を解放して回ればよかったはずだが。そこには一つの疑問は残る。
「シャルルたちのことはよくわかったが、それで俺にどうして欲しいんだ?」
ソーサイスはテーブルの上の世界地図から北方三国を探しながら聞いた。こんなにちっぽけな国で、俺は騎士団長だと偉そうに振舞ってきたことを恥じた。虫けらじゃないか、とさえ自虐まじりで誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「勇者シャルルは、よりによって勇者ロキ・サンリ・ジェストの呪いを呼び起こしました。遠くからでもわかりました。それはあなたもご存じのはず。ここにいた仲間も、その呪いのせいで我を失い、北方三国へと向かいました。ですが、大した装備も準備もなく、この山を降りようとしたせいで、仲間たちは山中で息絶えたのです」
セロエンの握りしめた手は骨であるものの、皮膚に指が食い込み血が流れ出ているように見えた。
「魔物を意のままに操る、秘匿術式を使ったはずだ」
ソーサイスは、シャルルを批判するように告げた。その場に居ておきながら何もできなかったせいで、自分の感情を込めるのが引けた。
「魔物の命を軽視しすぎている。勇者シャルルは狂っています。奴隷解放のためなら、新たな奴隷を作り出していることに気付いていないのです」
「だが、シャルルがそこまで、奴隷解放に正義ありと妄信し、残虐な手立てを厭わないのはなぜだ?」
ソーサイスの疑問に、エランドがようやく口を開いた。
「すべての元凶は、フォッサリさ。彼女が、シャルルをいいように操っている」
「セロエンたちの主張はよくわかったが、俺に何ができるというのだ。手負いの元騎士団長だ。兵もいない」
「奴隷商会・会頭のゴーディーを捕えるのです」
「ゴーディー? あんなに用心深い男をか?」
「シャルルたちは、ソーサイス、あなたを追うフリをしているだけで、実はゴーディー捕縛に執念を燃やしています」
セロエンは、ようやく話の本筋を語り始めた。
ゴーディーはこの何年も人前に姿を現したことがないという。そのくせ、死亡説なんかは流れない。奴隷売買においての開拓者とでもいわんばかりにその権勢を、強烈に主張する。おそらく、シャルルはグイ王と父ファミールを殺害し、運よくシュトレン卿も処刑できたのだろう。だが、あの場にはゴーディーはいなかった。グイ王たちを生かしておいても、ゴーディーを呼び出すことは不可能だと察したのだろう。
「俺が、ゴーディーを捕えるのは無理じゃないか?」
「いいえ、あなたはファミール・ゼーションにそっくりです。顔にシワを刻む程度なら、エランドの幻覚魔法で十分。私たちも一緒にお供しますから」
妙なパーティーが出来そうだ。失うもののないソーサイスはむしろワクワクしていた。
「だが、そっちのシュロはいいとしても、リザードマンとスケルトンを連れてなんては無理だろ」
「エランド、幻覚魔法を解きましょう」
セロエンはそういうと、自身にかけていた幻覚魔法も解除した。一瞬のことだった。
エランドはその見た目どおり、屈強な戦士の姿のまま。目が離れていて、口が大きい。良く日焼けしたこげ茶色の肌に、鱗がないだけで、リザードマンによく似た人間だ。
セロエンは、フォッサリと双子と言うが、二卵性双生児なのだろう。エルフらしい尖った耳は削がれたのかわからない。長い金髪で隠れている。大きな瞳の色は赤く、力強い。
すらっとした鼻はやや尖り気味、唇は厚く、肌は透き通るほどに白い。エルフに性別はあったと思うが、美女である。
「私たちはあなたの従者という設定です。いいですね」
有無を言わさない形だが、幻覚魔法まで解いてのことだ。ソーサイスは深く二度頷き、ゴーディーを捕え、シャルルの元に突き出す。シャルルと会えるのはそこでしかない。勝てるだろうか、ソーサイスはほんの数日前の自分を思い出す。いや、勝たねばならない。
敵討ちでもない、父ファミールは決して立派な魔法管理官ではない。死んで当然のことをしている。だが、裁くのはシャルルではないはずだ。冷たく冷え切っていたソーサイスの闘志に火が付くのを感じ、今までにない高揚感を味わっていた。




