第二十八話・ソーサイスとエランドの邂逅
右腕が身体に対して不自然にひとまわり小さい以外は、特段目立つ点はなかった。父ファミールによる転送魔法により、ソーサイスは山の尾根へと飛ばされた。父が刺した背中の傷は思った以上に浅かった。戦場では小石すら当たらず、一滴の血を流さなかったことが自慢だった。ソーサイスは、何を誇らしげに語っていたのだと、振り返ると恥ずかしくなった。右腕にピリッと電気が流れたような痛みが走る。転送魔法により、勇者シャルルの右腕と自身が細胞レベルで一度分解され、結合されたということだと理解した。
ソーサイスは転送魔法による転送先が、ゴズリン村そばの湿地帯であるとばかり思っていた。だがここはどこかの山の山頂付近なのか、それでいて魔力で辺り一面が充満している。
「どうやら、父さんが機転を利かせてくれたようだな」
ファミールがあの場所にシャルルの右腕を持ち込んでいたことは、偶然だろう。おそらく、我が子がシャルルを捕えたと本気で思い、王の間へと駆け付けた。ギアルグの宝珠の魔力反応を感じ取ったはずだ。蓋を開ければ、シャルルとグイ王が対峙している。右腕を失ったソーサイスを見た瞬間に、わかったのだろう。この場にいるものたちは、シャルルたちの手により悲惨な死を与えられると。
だからファミールがソーサイスを刺し、転送魔法をかけ、地獄の舞台から強制的に引きずりおろしたのだ。
風が強く、独特の魔物の臭いもする。空腹のなかソーサイスは山を降りることを決めた。ここには、食料らしきものが見当たらない。見たこともないひ弱な雑草が生えているが、喰える自信がない。おぼつかない足で、あてもなく下山するのは危険だ。だが、ここに居続けるのも危険だ。
強い魔力とともに、強風がソーサイスの身体をふわりと持ち上げた。上空に一体、いや二体。ソーサイスは目を凝らす、その間に魔物が降下し近づく。
「クソッ、ドラゴンじゃないか」
人生で何度もドラゴンに遭遇することはない。低空飛行気味に山の尾根すれすれに飛行するドラゴンからひらりと、巨体な魔物が飛び降りた。リザードマンだ。
「おぉ、人じゃないか。俺、人助けする運命なのか?」
ソーサイスに近づきながら、そのリザードマンは言った。
「俺は、う、うまくないぞ。ほら、この右腕だって、よく見てみろよ」
ソーサイスはシャルルの右腕を差し出す。最悪この腕は、借り物だ。斬り落とされても、【失った】気にはならないはずだ。
「喰うかよ、そんなもの。それよりこんなところで、何してんだ?」
「魔物の言葉? わかる、どうしてだ」
「そりゃ、わかるさ。俺が話しているのは人間の言葉だからな」
リザードマンは、エランドと名乗った。
「転送魔法だ、ここに飛ばされた」
「なんて術者だ。ここは、ドラゴンの巣だぞ」
エランドは釣り目を丸くして驚いた。正式には、西の宝山だと言う。北方三国からは、属国との国境あたりにある山だ。ここにドラゴンの巣があったとは、とソーサイスは先のゴズリン村でのドラゴン襲来についても合点がいった。キラキラとした目でエランドがソーサイスを品定めするように見た。
「ここから麓まで下りたい。どのルートで行けばいい?」
「いやぁ、俺も知らなくてさ。移動はいつも、アイツの背中に乗ってだし」
エランドは斧槍の切先で、上空を回転しながら待機するドラゴンを指した。このリザードマンはドラゴンの主なのか。ソーサイスはエランドの屈託のなさの裏側を探るも、見当もつかずにいた。人を見る目のない自分が、魔物を見定めるなんて土台無理だと諦めた。
「せっかくだし、一緒に来ないか。メシもそこならあるからよ。少し休んでから、麓に連れて行ってやるよ」
「だが……」
ソーサイスが躊躇すると、
「その右腕、なんか小さいな。それに、知ってるやつのニオイがするんだよな」
エランドはシャルルのことを知っている。
「それは、勇者シャルル・ユートのことか?」
「そうだ、シャルル。おまえ、知ってるのか?」
「あぁ、よく知ってる」
「どうだ? ドラゴンの背中になかなか乗れるもんじゃないぞ。それに、麓のあたりは、寄せ集めの冒険者たちがうじゃうじゃいるぞ。
騎士団が崩壊し、追っ手はしばらく来ないものだと思っていたが、こうも手際よくシャルルが準備していたことに、ソーサイスは震えた。もしかしたら、フォッサリというエルフの指示かもしれない。
「じゃぁ、よければ、エランドの仲間たちのところで休ませてもらえるかな」
ソーサイスはエランドの申し出を受けた。
「ところで、オマエの名前は?」
「ソーサイス・ゼーション」
隠してもいずれわかる。逃げるにしても、人間は信用ならない。
「ソーサイス、ってあの俺たちの村をぶっ壊した、あのソーサイス騎士団長かよ」
「あぁ、その通りだ」
エランドが腹を抱えて、笑い転げた。
「何がおかしい?」
「いやいや、探す手間が省けたからな」
「俺を殺す気か?」
「いやその逆だ、生きて北方三国に戻ってもらわなきゃならん」
エランドは口笛を吹き、ドラゴンを降下させた。ふらつくソーサイスの肩を担ぎ、しゃがんで飛び上がった。五メートルほどの高さ、ソーサイスごと飛ぶ跳躍力。魔物に勝つなど土台無理だと、ソーサイスは実感した。イングリット隊の逃げた衛生兵たちの気持ちはよくわかっていた。同じ臆病者であると。だが今は違う。ソーサイスの方が臆病者で、卑怯者だと自認した。
ドラゴンの背中は思ったよりも小さい。勾配がきつく、身体を預ける場所が少なく、鱗に捕まって飛行するのは命がけだ。
「さすが、魔物だな。ドラゴンを乗りこなすとは」
ソーサイスはエランドを敬意の念を込めて褒めたつもりだった。
「二つ間違ってるぞ」
「二つ?」
「まず俺は魔物じゃない。人間だ」
「人間?」
「あぁ、元人間だ。幻覚魔法でリザードマンに擬態している。これから行く先にも人間だが二名いる」
いったい人間と魔物の境界はどうなっているんだと、ソーサイスは父の蔵書を漁りたくなった。
「それは、驚きだ。ぜひ会ってみたい」
「もちろん、ソーサイス騎士団長にみんな会いたがってたからな」
「俺に?」
「詳しいことは、巣に着いてからだ」
「もう一つ、間違いってなんだ?」
「それは、俺がドラゴンを乗りこなせない」
エランドがそう言うと、ドラゴンが急上昇した。まるで二人を振り下ろすためのようであった。二人ともドラゴンの背に飛び出たひときわ長い棘のような鱗を掴んだ。
ドラゴンは妙に嬉しそうに、唸りながら「巣」を目指した。




