第二十七話・魔法管理官ファミールの決断
魔王トロニカが言うには、グイ王へは何度も和平交渉を求めたが、シュトーレン卿に阻まれたと。だがそれは、シュトレン卿を言い訳にしているにすぎないともこぼしていた。グイ王は勇者たちを魔物のもとに送り込み、魔王は侵略から生活を護るために魔物たちで迎え討つ。実際のところ、魔物が人類を攻め立てたという記録は残っていない。
グイ王は曲者だ。それゆえに、わが身の変わりようは節操がない。有利な方にというよりも、生きる確率が高い方につく、ただそれだけのようだ。シュトレン卿を従えているにもかかわらず、シュトレン卿についていれば安全と考えているのだ。同じ王たるものとして、情けなく恥ずべき男だとまで魔王トロニカはグイ王のことを吐き捨てていた。
まさにその通り。「魔王トロニカ討伐の褒賞を賜る」それ自体、シャルルたちの提案であった。魔王との戦いが終わり、平和が訪れた。それはグイ王たちにとっては死活問題だ。グイ王が国民から支持されているのは、その豊かな経済成長力である。国民は働く必要がないのだ。勇者と魔物の交戦の跡地に、騎士団を派遣し、国・町・村を追われた住人たちを捕えるのだ。そして、奴隷として働き手にする。北方三国の国民たちは、成人すると三名の奴隷を国から与えられ、彼らを働かせて生計を立てる。奴隷が逃亡したり、死亡すれば、新たな奴隷が支給される。北方三国が急成長できたカラクリは、こうした勇者と魔物の戦いから零れ落ちる恩恵にあるのだ。
勇者シャルルたちが魔王を討伐したせいで、グイ王は豊かな奴隷資源を失う。そこに、シャルルたちはつけこんだ。シャルルたちは魔物たちの側につく、そうすれば反乱を起こした勇者と人類という構図ができる。再び魔物たちとの戦いが沸き起こり、北方三国はそのおこぼれで奴隷たちを獲得できるというわけだ。
グイ王は二つ返事でこの提案に乗った。フォッサリからの手紙をグイ王の前で読み上げ交渉したのだ。
・褒賞を授与したのち、シャルルを襲うこと
・そのギアルグの宝珠を褒賞とすること
・奴隷制度を復活させるにしても、既得権益を破壊しておくべきであるため、シュトレン卿、ファミール魔法管理官、奴隷商会会頭ゴーディーをこちらに引き渡すこと
を条件としていた。そのために、シャルルにはその三名の情報を調査し、奴隷売買にかかわっていたという事実を報告すること。その際、グイ王の関与は問わないとする。
としていた。要は、あの三人を裏切ってこちらに引き渡すかわりに、奴隷制度を再構築しようというどす黒い提案であった。この提案でなければグイ王は乗ってこないとおもっていた。実際、グイ王は二つ返事で了承し、今に至る。だが、シャルルたちを裏切ったようだ。
この男の生き残る嗅覚は、もう錆びついたのかもなと、捕えられたままのフォッサリが落胆した目で訴えかけてきた。エルフとドワーフの力は、このギアルグの宝珠の影響で弱まるとわかった。実際に二人とも、力がでないようだ。だから、魔物たちをこの城に呼んだのだ。
ソーサイスが虫の息だ。父親に刺された理由が、単なる口封じならば、とことんファミールを活かしておいてはいけないなとシャルルは決めた。もはやソーサイス自身が奴隷ではないかと、シャルルは舌打ちした。チッという音が、静まり返った王の間で響く。
北方三国でエルフとドワーフの魔力が抑えられるのは、ギアルグの宝珠のせいである。フォッサリとギュレが北方三国に潜入していた目的は、この物騒な宝珠を解除する魔法書を入手することだ。その間、ギアルグの宝珠を北方三国から持ち出す必要があった。シャルルの体内に取り込んで、北方三国から離れた場所へと転移魔法で飛ばす。一か八かのような計画であったが、フォッサリのあの顔を見る限り、成功したと言っているのに等しい。
王が裏切り、手を引けと戯言でシャルルたちを交渉し始めた。シャルルはフォッサリに命じられていたとおり、非業の死を遂げた勇者たちの呪文を宣言する。
「いいか、貴様ら、シャルル勇者一行により、北方三国を解体する。貴様らの子、貴様らの父母、そのまた父母、家畜に至るまで、万死を与える」
これで北の勇者以外が召喚され、魔物たちを暴走させるのは間違いない。エランドたちにも届いただろう。スケルト、いやセロエンは人間だから、効果はないはずだ。メイジはエルフだと言っていたから、同じく効果なしだ。
魔物たちの大群が、北方三国に向かっていることなど誰にもわからない。ソーサイスが異常に怯えている。父親に刺されやがて訪れる死を恐れているのか。
「グイ王、あなたたちはこれで終わりだ。間もなく大陸中の魔物がこの城を取り囲み、僕の合図で戦闘が始まる。奴隷を解放させていただく。だが、その主たちには死を持って償っていただく。大人も子供も、男も女も分け隔てなく、処刑する」
シャルルがそう言い終えると、ソーサイスから奪った右腕が熱を帯びた。ソーサイスの瀕死の身体が赤く光りはじめていた。
「シャルル、その男に気をつけろ!」
シャルルはギュレの声の対象は、てっきりソーサイスのことだと思っていた。
違ったのだ。父のファミールを指さしている。魔力を制限されたフォッサリは、何か魔法を詠唱し始めている。精神魔法だ、「沈黙」か!
どういうことだ、シャルルがソーサイスから目を外し、死角にいたファミールが完全に呪文詠唱を終え、それを放った。
ソーサイスは光に包まれる。
「ちくしょう!! 転送魔法だ」
フォッサリの汚い言葉が飛ぶ。ファミールは宝物庫から秘かに運び込んだ、封印だらけの包帯に包まれた何かをソーサイスに投げつけた。
「と、父さん」
「すまなかったな、ソーサイス。逃げのびろ、生きるんだ」
ファミールから小さな笑みがこぼれる。グイ王が呆気に取られている。
シャルルは十英傑の剣を抜き、ソーサイスに斬りかかるが既に転送が始まっている。転送が成功するかは半々。だが、厄介なことになった。
シャルルは怒り狂い、いつものような軽やかさを失った。振り払った十英傑の剣は、勇者バルスの御霊が呼び寄せられたのか、いつものエンチャントを発動せず、邪悪などす黒い何かを纏わせた。
背の低いシャルルから放たれた剣圧が、空気の斬撃になり、王の間に立つ衛兵たちの脚を一瞬で斬り落とした。足の短いグイ王はそのでっぷりとした腹を、さする右手の指ごと綺麗に落ちた。息子の転送姿を、膝をついて見送っていたファミールは、首が音もたてずに冷たい大理石に転がり落ちた。シャルルには、その姿は何に対してかはわかりかねる懺悔のようにも見えた。
約三日で、北方三国の奴隷たちは解放され、王をはじめあらゆる住人たちは、火に焼かれ、首を落とされ、目を潰され、喉を切られ、手足をもがれ、ありとあらゆる残虐な方法で処刑された。それを指揮していたのは、シャルルとフォッサリ、ギュレといった元勇者パーティーの面々であった。




