第二十六話・愚かな勇者たちを召喚
誰かの肩を借りて担がれている感覚はある。足が固く冷たい何かに当たり、引っかかり、引っ張られ、段差のたびにつま先を打ち付けている。ソーサイスは目が覚めた。勇者シャルルに担がれている。右腕を失い、気絶した。目を覚ましたが、シャルルに何度も殴られ防御反応からか、再び気を失った。ソーサイスは子どもの頃から嫌なことがあると、気を失うようにしている。
つま先が痛い、血がにじんでいる。失った右腕はもう痛みを感じない。グロテスクなことに、その腕は別の主のもとで、俺を支えている、とソーサイスは状況把握に努めた。
シャルルが「グイ王のもとへ向かう」と言っていたのを思い出した。何をする気だ。ここで、こいつは勇者シャルルだと叫べばどうなる? ソーサイスは動き始めた頭に負荷をかけた。大量に血を失ったソーサイスにとって、その問いは難問だった。
右腕のない俺をシャルルと誰もが思うだろう。頭に被せられた麻袋は撚れて、小さな綻びがちょうど右目の位置にあった。ぼんやりと視界に入る知ったる場所。
既に城内に侵入し、王の間まではあと少しだ。衛兵の姿もまばらだ。ソーサイスは徐々に冷静さを取り戻した。叫べば、シャルルに首を落とされる。生かしておく理由は、まもなく無くなる。
重厚な赤いマットが敷かれ、長い階段をシャルルに引っ張り上げられ、登る。誰も手を貸さない。シャルルは「勇者シャルルを捕えた、ギアルグの宝珠の呪いがひどい。皆離れろ」と十メートル進むごとに叫ぶ。シャルルの右手に握られた袋のようなものから、時折血が滴っている。血袋を仕込んでいるのだと、ソーサイスは気づきシャルルの周到な計画性に心底恐怖した。
ソーサイスは勇者が嫌いだった。子どもの頃に勇者ごっこが流行ったが誰が勇者バルスになるのかでよく揉めた。西の勇者ロキ、東の勇者ジェスト、南の勇者サンリ、そして北の勇者バルス。三百数年前のこと、ドラゴンが南の大地で暴れていた。四人の勇者たちは、当時世界を統治していた王にドラゴン討伐を依頼される。褒美は王の娘エライザ。若く美しい姫君に、勇者たちは我先にとドラゴン討伐へと向かった。
実際のところドラゴン自体は勇者が手を組めばたやすく倒せる相手だった。東西南北の勇者は既に英雄の称号を手にしていたほどだ。
栗色の髪に、白く透き通った肌。頬の赤らみは初々しく幼さが零れ落ちる。一方、ふくらみのある唇は血色がよく、妙に大人びている。エライザはまだ十七歳だった。
王の婿の座よりも、純粋のエライザをわが物にしたいという、勇者の欲望は血で血を争う戦いとなった。西の勇者ロキは、南の勇者サンリと手を組み、東の勇者ジェストの不意をつき首を落とした。ジェストが持つ「英傑の大剣」を奪おうとロキとサンリが仲間割れし、魔力を温存していたロキがサンリを討った。
英傑の大剣を手にした西の勇者ロキは、北の勇者バルスに正面から挑んだ。バルスは勇者ロキの父母を盾にし、親子ともども首を刎ね落とした。
北の勇者バルスは、英傑の大剣の柄に埋め込まれていた宝石をくりぬき、ドラゴンを油断させ、いとも簡単に逆鱗を貫き、ドラゴンを退治した。巣にいたドラゴンの子も皆殺しにしたという。ドラゴン討伐を成し遂げたバルスは、エライザを娶り、王を早々に殺害する。だが、バルスはその証拠は残さず、ロキ、サンリ、ジェストの親族、いずれかによる王への逆恨みによる暗殺だと堂々と宣言した。
ドラゴン討伐を成し遂げた勇者バルスは、最後の英傑名を自ら与え十英傑に名を刻んだ。九人だった英傑が十人になった。王になったバルスは、悪政の限りを尽くし、その際たるものが、奴隷制度の導入だった。近隣諸国に侵攻し、制圧するとその国の女子供は奴隷に、男たちは働く消耗品として扱った。老人たちは、魔法精製の材料として臓器を取り出された。
とにかく、誰もが勇者ごっこでバルスになるのを忌み嫌ったのだ。
勇者シャルル・ユート、この男は何者なのだ。バルスにも似た非情さだ。やはり勇者とは、目的のためならば、違う目的を作り出して目くらますのか。魔物たちの解放のために戦う、というのは「ある目的」達成のために用意した目的だろう。シャルルは一体何のためにグイ王に会って何を話すのだ。王の座を奪う気なのか。それにしてはまどろっこしい。とにかく、このまま気絶した状態で隙を見て逃げる、しかソーサイスには策がなかった。相変わらずの無能ぶりに、自分でも苛立っていた。
シャルルに目が覚めていることを悟られないように、ソーサイスは気を消した。揺れる身体が投げ出され、どさりと鈍い音を立てて、赤じゅうたんに転がる。王の間に到着したのか、ソーサイスは薄目を開け、玉座に視線を送った。
玉座からグイ王が立ち上がり、シャルルに向かって歩く。逃げるのがソーサイスは覚悟を決めた。この男は、シャルル。勇者シャルル。私がソーサイスだと、言ってやる。衛兵がどこかにいるはずだ。
シャルルは顔をあげ、片膝をつき、剣を置いた。ソーサイスだと名乗る気だろうか。
「グイ王、ようやく再会できましたね」
グイ王はシャルルと気づいている。どういうことだ。ソーサイスは混乱し立ち上がるのをためらった。「あいつがシャルルだ」というタイミングを逃した。
グイ王はそのはちきれそうな腹をかかえて、小走りでシャルルのもとへ向かった。グイ王らしくない振舞だ。傍若無人さそのものであるとも揶揄された王の姿とは程遠い。シャルルに跪いた。王が、跪いている。深々と頭を下げた。
「証拠集めはできていますか?」
シャルルはグイ王の頭を踏みながら丁寧に聞いた。グイ王のこまやかな表情までは見えない。身体を捻って、その様子を目に納めたいが右腕がないせいで、体勢を入れ替えることができない。できたとしても、シャルルに気付かれればまた殴られるだろう。
「ファミール魔法管理官、奴隷商会のゴーディー、シュトレン卿、三者が交わした書簡が見つかりました。ファミール魔法管理官、シュトレン卿はあなた様が魔王討伐の際に国を追われた人々をさらうよう、ゴーディーに指示をしていました」
グイ王はシャルルに詳細に報告を始めた。麻袋を被っていても、この重苦しい空気は伝わってくる。
衛兵とともに、誰かが王の間に入って来た。
――十人以上はいる、だが二十人はいない。それで、シャルルに勝てると思うな、無理だ、俺まで巻き沿いを喰らっちまう、くそ、右腕まで失ったってのに。恨むぞ、父さん。
「シャルル、形勢逆転だ」
グイ王が立ち上がったのがわかった。グイ王はソーサイスの麻袋を掴んで投げ捨てた。麻袋の内側にこびりついた血の臭いが、王の間にぷんと広がる。
「ソーサイス、災難だったな」
その声をかけたのは、グイ王ではなかった。父ファミールであった。
なだれ込んできた衛兵のなかに、すらっとした筋肉質のエルフの女と、ずんぐりとした筋骨隆々のドワーフの男がいた。
「フォッサリ! ギュレ!」
シャルルの顔から動揺が見て取れる。後ろ手に縛り上げられ、魔法拘束されている。北方三国では、エルフやドワーフの魔力を抑えるといわれているが、その通りだったのかとソーサイスはゆっくり立ち上がり、倒れそうになるもファミールが駆け寄り支えた。
「怖い思いをさせたな、すまなかったな」
ファミールがソーサイスに慣れない謝罪をした。その謝罪はどういう意味なのか。なぜ父が謝るのか、ソーサイスにはわからなかった。わからないまま、ソーサイスは背中に激痛を感じた。ファミールが短刀でソーサイスを刺した。どうしてという感覚となるほどという感覚が戦っている。ソーサイスの表情筋はどう反応していいのか困惑し、慌てて、ファミールを左腕で払い除け、転がりながら、シャルルの足もとにしがみついた。
シャルルも、フォッサリも、ギュレも、かつての勇者パーティーとは思えない程無力化されている。彼らはただただ、子殺しの父親の姿を見せつけられているだけだった。
「た、たすけて」
ソーサイスが千切れそうな喉から声を絞り出す。
シャルルはフォッサリとギュレを一瞥し、
「どうして?」と硬い声で反応した。
「勇者、じゃないか」
ソーサイスの目に涙が浮かぶ。
「勇者は、正義の味方じゃない。もちろん真実の番人でもない。当然だが、弱者の救済者でもない。力を武器に、法を曲げるのが、勇者だ」
左腕で支えていたものは、傲慢さだったのだとソーサイスは知った。
「息子に手をかけるとは、獣だなファミール」
「それは誉め言葉と受け取っておきます」
グイ王の言葉に、ファミールは嬉しそうに答えた。
「さぁ、シャルル、仲間を助けたければ、手を引け」
「やはり、王を調略するのは無理だったか……」
シャルルは唾を吐いた。
「フォッサリ、ギュレ、北方三国を滅ぼす理由にはこれで十分だよね」
シャルルは二人に同意を求めた。フォッサリもギュレも、渋々頷き承諾した。
ソーサイスは再び意識を失いそうになるが、左手に残った魔力をかき集め、止血に全力を注いでいる。
「いいか、貴様ら、シャルル勇者一行により、北方三国を解体する。貴様らの子、貴様らの父母、そのまた父母、家畜に至るまで、万死を与える」
シャルルの宣言、これはただの戦いの号令ではない。勇者バルスに倒された、勇者ロキ・サンリ・ジェストの呪いを呼び起こす、秘匿術式による壊文だ。父の部屋で読んだことがある、呪われた勇者を召喚する。その恐ろしさは、そう、魔物たちを意のままに操るというものだ。
三人の呪われた勇者たちが召喚され、それぞれが三方向に散った。
魔物が大挙して、北方三国を目指すのだ。ソーサイスはこのまま死んでしまいたいと強く願った。




