第二十五話・魔王トロニカの遺言
回復魔法で他人の腕がくっつくか、シャルルは勇者時代既に、その疑問を解決していた。自ら解決したというよりも、他の冒険者が死体から身体の一部を斬り落とし、欠損した自分の身体に充て、補っていたのを見たのだ。
フォッサリは「あれは、血液型が同じじゃないと、ダメだから」と言っていたのが引っかかった。ソーサイスの血液型がシャルルと同じかは、賭けだった。ダメなら、適合するまで他の死体から奪えばいい。要は、シャルルはソーサイスと偽れればいいのだから。そのための右腕だ。
どっちにしてもソーサイスの右腕は斬り落とす必要があった。シャルルの身代わりになってもらわなければ、厳重な警備を潜り抜けることは容易ではない。背はソーサイスより十センチほどシャルルの方が低い。ソーサイスと肩を組み、背を屈めながら引きずり歩けば、城下には入れるだろう。どうせ、城内の警備は手薄だ。それに皆、隻腕の男・勇者シャルルを生け捕りにしたとあれば、注目はそっちに向かう。ソーサイスの頭には、麻袋を被せ、口もとだけ開けている。このままグイ王の元まで行ければいいが、シュトレン卿がどこかで立ちはだかるのは目に見えている。
シャルルは計画を成し遂げるという強い意志とは別に、危機的な状況を楽しむ癖がある。シュトレン卿と一対一で戦うのも悪くはないが、ただ勝ってしまうのであれば、いつだってできた。グイ王に召命された時に、殺してしまえばいいのだから。たやすいことだ。
だが、フォッサリたちと立てた計画はそうではない。クソッたれのシュトレン卿が関与している、犯罪を暴くことが目的だ。
奴隷商人とのつながり、ゴーディーのようなやつらはゴマンといる。奴らを探し出して勇者の名の元断罪するのはたやすいが、それには王の勅命が必要だ。勇者は法ではないからだ。シュトレン卿が魔物との戦いにおいて、利を得ているとわかったのは、魔王トロニカとの戦いにおいてだ。
・魔物は人を捕食しない(食べるものが他にある、わざわざ人を喰う理由がない)
・魔物は人を奴隷にしない(魔王ほど魔力が高ければ別だが、人とは言葉が通じない)
・魔物および魔王トロニカ自体は、生活領域を増やすつもりもない(統治領域は地下にもあり十分である、むしろ管理しきれない)
魔王トロニカにある程度の致命傷を与えたのち、奴から聴けた話だった。ではなぜ、魔物と人類がこうも長く争いを継続しているのかという問いに、魔王トロニカはきっぱりと言った。
「侵略に対する、防衛である」と。
勇者に課せられた使命は、たった一つ――世界の平和である。
皮肉にも勇者と言う存在が、魔物との対立の直接要因となり、世界の平和を乱していたのだ。
フォッサリとギュレは、魔王トロニカに敗れたことにして、一度撤退することを提案した。魔王トロニカはいぶかしがったが、フォッサリにはある覚悟と決意があった。
・世界中の奴隷を解放すること
・魔物に喰われたせいにして、行方不明になっている人たちを探し、犯人を特定する
後者はおそらく奴隷商人に売られたのだろうと、フォッサリは見立てていた。
そのために、魔王トロニカを討伐するという名目を掲げ、世界中を旅し、目的を果たすのだと。フォッサリとギュレは長寿種だからいいが、シャルルはホビット族に育てられたとしかわからず出自は不明。人間の速さで老化していると思われるので(ホビット族は短命種)、ホビット族ではないぐらいしかわからない。人間かもしれないし。ノーム族(ホビット族と分化した、長命種)かもしれない。
十五年の月日をかけて、シャルルたちは主だった国を旅し、行方不明人の情報を集め、探し、犯人を特定し、魔物によるものではないと証明してきた。
・エラルース国では、二百名ほどの行方不明者のうち百五十名を探し出し、奴隷商人を捕えた。奴隷商人はフォッサリの手によって、その拠点を吐かせたのち、両手両足を斬り落とし、手を足に、足を手に回復魔法で接合し、魔物以下の存在に貶めた。(のちに見世物小屋に引き取られた)
・城塞都市フンデバルグ国では、国を挙げて奴隷売買を行い、特に子供たちが犠牲となっていた。約二千名の子供たちは行方不明のまま見つかることはなく、魔法精製のために臓器売買用として殺害され尽くしてきた。この事実を公表し、フンデバルグ王はシャルルたちの手によって処刑され、代わりに王の影武者に命の保証をする代わりに、公言しない事を約束させた。
・レイジア連邦国家では、その属国も含めてすべての国主が奴隷売買に手を染めており、雪原の魔物を犯人としていた。シャルルたちは雪原の魔物たちの言葉はわからなかったが、フォッサリの精神魔法で会話に似たコミュニケーションを試みた。彼らの汚名を晴らすべく、奴隷たちを救助すべく魔物と手を組みレイジア連邦の八割を崩壊させた。国を挙げて奴隷売買を商売にしており、ギュレは住人も含めて処罰すべきだと提言した。雪原の魔物たちは、ギュレの意見に同意し、シャルルとフォッサリは彼らの判断に委ねた。瞬く間に、レイジア連邦国家は滅び、奴隷制度の恩恵を受けていた住人全てが雪原の魔物により裁かれ、そのほとんどが処刑された。生き残ったものたちは、国を追われ難民となった。
こうした具合で、シャルルたちは十五年かけて、奴隷解放とその断罪を行ってきたのだ。魔王トロニカ討伐に見せかけ、魔物を道中討っていたのは、一回目の討伐時のはなし。魔王トロニカとの戦いに敗れたことにして、奴隷解放にあたっていた間は魔物との交戦は一切なかった。侵略する意思をみせなければ、魔物も牙を剥くことはなかった。フォッサリによる精神魔法会話が功を奏し。いくつかの魔物たちとは簡単なコミュニケーションが成立した。
十五年の月日をかけ、再び魔王トロニカのもとに行き、今後の方針について話し合った。勇者としての功績をもってして、魔物と人類の和平に力を注いでほしい、との魔王トロニカの遺言にシャルルたちは従った。
魔王トロニカの遺志を継いだというわけだ。魔王トロニカは、シャルルたちに倒されたようにして自ら命を絶った。
魔王トロニカによると、グイ・ジハン王はもともと和平を求めていた。だが、その側近が戦闘を継続するようにと仕向ける。側近の名は、シュトレン卿で間違いなかった。シュトレン卿を政治的に支持していたのが、奴隷商会といわれる組合だ。邪悪な組合の姿がここで判明したということだ。その奴隷商会を束ねるのが、ゴーディーという男だった。
この十五年、奴隷売買に関与した者たちを断罪し、法に代わって処刑してきた。残るは北方三国のみ、シャルルたちは計画を練る。魔王トロニカ討伐の誉をもってして、北方三国内部に潜入し、奴隷売買の全貌を明らかにする。その元凶となる奴隷商会はシュトレン卿の庇護にあるといわれている。爛れた密月の関係であるはずだが、その痕跡は巧みに隠蔽している。そのシッポを掴むためにも、シャルルは単身グイ王の罠に敢えてかかったのだ。ゴズリン村(スケルト村)へ転送魔法が発動することまでは予想できなかったが、魔王トロニカの遺言には
「魔物たちの力になって欲しい」と最期に頼まれていた。
「僕たちは誰の味方でもないが、奴隷制度を支える者たちの敵であるだけだ」とシャルルは言い放ち、フォッサリは固く結び、険しい顔で頷いた。ギュレは長く絡まった髭を数本引っこ抜いては、占いに興じていた。幸運の結果が出る頃には、首元の皮膚が露出し赤らんでいた。
シャルルは無様に気を失ったソーサイスに視線を移す。予想通り北方三国の警備は手薄だった。痛みも手伝ってか、目覚める気配がない。この実力で北方三国の騎士団長とは、随分と親の七光りが手伝ってのことだ。ソーサイスの薄い唇の端は、血がこびりつき乾いている。右腕の止血と回復魔法は施したが、ソーサイスが女神に嫌われているのか治りが悪い。いつまでも包帯から血が滴り堕ちる。
ソーサイス・ゼーションの父・ファミール・ゼーション。奴隷を実験体として犠牲にしてきた悪魔だ。真の魔物とコイツの父親だと思うと、息子のソーサイスにまで憎しみで満ちていく。城塞都市フンデバルグ国で奴隷が魔法精製用臓器として利用されていた調査のなかで、ファミール・ゼーションの名があがった。奴隷商人を締めあげ、ギュレが信じられないほどの拷問を続けたおかげで吐いた。両手両足の指を切断したあたりで、その奴隷商人は心が折れたようだった。ギュレは髭を一本ずつ抜きながら、幸運の結果が出るまで指を落とし続けていた。左足の親指を残して、最後の占いも不幸のままだった。全部の指を落とし終えて、いよいよ耳を削ぐことになると宣言したあたりでその奴隷商人は洗いざらい話をした。せっかくなのでギュレは髭を抜いて、占いを続けた。残念ながら、大不幸の結果が出た。この奴隷商人にはまだまだ不幸が待っているのだと、ギュレは嬉しそうに言った。
魔法精製をこの国に持ちかけたのが、北方三国の魔法管理官だという情報だけで十分だった。三十人ほどいる魔法管理官のなかで、積極的に奴隷制度を推し進めた男がファミールだ。ファミールの研究を北方三国の魔法成果として重んじたのがシュトレン卿。シュトレン卿を経済的に支援したのが奴隷商会ゴーディー。ファミールは北方三国の魔法管理官としては異例の出世を果たし、シュトレン卿はグイ王の片腕としての地位に上り詰め、ゴーディーは莫大な富を得た。
フォッサリとゴーディーが北方三国に潜入してもう二ヶ月は経つだろう。シャルルがスケルト村(ゴズリン村)で指揮をふるう間、随分と警備も手薄になっていたはずだ。目障りなイングリット隊はブ・シングのスライム魔導士隊が殲滅した。誰も魔王トロニカの後継者争いなどしていない。魔物たちは権力闘争に興味も関心もないのだ。
「北方三国の魔力に溢れた土地は、エルフやドワーフたちの力を半減させる」その実態は、ギアルグの宝珠によるものだ。露出さえしていなければ、その効力はなくなる。そのことまで考えてのことだった。寡黙にして残忍で、占い好きのギュレが考えた作戦だ。
シャルルの胸が発光する。鎧からかすかにギアルグの宝珠から発せられる光が漏れる。よく目を凝らさないと分からない程だ。
スケルト村(ゴズリン村)から逃げた兵たちは、逃亡罪で罰せられるとあり、戻って来たものは僅かだ。その僅かな兵たちは、家族を連れ、すぐさま国を出た。一族郎党皆が卸がソーサイス騎士団の掟だからだ。シャルルは家族連れの兵士たちとすれ違う。ソーサイスに扮しているせいで、誰もがシャルルを避けて通る。死罪にされるのは御免だと言わんばかりであった。相変わらず気絶したままのソーサイスを担ぎ、「勇者シャルル、捕えたり!」と大声を発し、門番すら不在の北方三国城門を通り抜けた。




