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【連載】一年後に死ぬ勇者は、魔物側で指揮を執る  作者: 華奢 素数


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第二十四話・ソーサイスの父と勇者シャルル

 父、ファミールの書斎は埃臭く、子どもの頃は十分と居てられなかった。大人になってからどうしてこれほどの書物が、いわゆる秘匿系魔法書が父のもとにあることに、まず驚き、次に父を疑った。盗んだのではないか、そうではないにしても何か犯罪めいたことに父は手をそめているのではないかと。父は若くして魔法管理官となり、禁呪魔法を研究していた。だからといって、あれほどの魔法書を私物の蔵書としては抱えられないだろう。父の主な功績は、転移魔法の術式解明である。空間と空間を自由に行き来できるサイズにまで、物質を分解し、目的地に送り込み、そこで再び元の姿の設計図に基づいて組み立て直すというものだ。


 半分成功し半分失敗したようなものだと、よく父は言っていた。だが、転移魔法の副産物として「覚醒者」「超覚醒者」を人工的に作り出せるのは大発見であった。一般的に魔法の成功率は、九十%を越えないと術式を公開されない。転移魔法は五十%。しかも、厄介な副産物までついてくるとあれば、グイ王は興味を失った。あれでいて、神学教会の大司教でもあり、「魔法は万民の幸せのために」といった多少の倫理観は備えている。だが、そのためには転移魔法の実験台に奴隷の命を投じることに、なんら罪悪感も感じない男なのだ。王らしいといえば王らしい。


 ではあるが、父はグイ王ではない。一介の魔法管理官だ。王のごとく振舞うわけにはいかないのだ。父は母を殴り、ソーサイスを蹴とばした。研究がうまくいかない時は、殴った後、ありったけの大人の語彙を使って、ひどく罵る。ソーサイスにはその言葉の意味がわからなかったが、父から発せられているの悪意の塊だと理解していた。


 父に感謝はしていない。望まない呪いの譲渡により、ソーサイスは経験にそぐわない魔力を手に入れた。コップのふちから零れ落ちる、捨ててしまうには惜しい呪いを、父はソーサイスに譲っただけだ。自身の大ぶりのコップになみなみと溜まっている呪いは、決して誰にも手をつけさせない。


 どうして父のことを思い出しているのか、どうせ夢なら優しい母のことを思い出したいと願った瞬間、ソーサイスは脇腹に尖った何かがめり込んだのを感じた。ブーツの先だ。目を開けたくないという意思に反して、痛みが強制的に瞼をひっぺがす。


 立ち上がろうとするも、うまく立てずに転ぶ。右肩から先がないのに気づく。不思議と痛みを感じない。見慣れたはずの自分の右腕から伸びた手が、ソーサイスの左手を引っ張り上げる。自分の右手が目の前の先にあるという違和感ある光景。


 右手のその先にゆっくりと視線を移す。はやる気持ちと身体の動きが連動しない。


「ほら、立て。ソーサイス騎士団長」

 その男は、身体にフィットしきれていない鎧甲冑を身に着けていた。胸のあたりに、ひし形に十字の印が彫られている。ソーサイス騎士団の団紋だ。あれは自分の鎧だと気づいたとき、直前十分前のことをソーサイスは思い出した。


 ドラゴンたちと逃げ去ったはずの、シャルルが目の前に現れ、ソーサイスの右腕を落とした。


「貴様、シャルル・ユート!」

 ソーサイスはシャルルの右手を払い除けた。

 シャルルは、自分の立場がわかっていないのかと言わんばかりに、肩をすくめる。

「フルネームで呼ばれたのは久しぶりだ。兜はデカすぎるから合わなかったが、他はそれなりにピッタリだ。背が小さくても、なんとかなるもんだね」

 シャルルの無邪気な笑顔に、ソーサイスは腹立たしさを覚えた。だが、かなう相手ではないと瞬時に思い返し、これ以上自分の立場を悪くしないように立ち回ることに集中した。


「端的に説明する。僕はこれから、グイ王の元へ向かう。キミも一緒だ」

 シャルルがそう言うと、ソーサイスは自分が見慣れない防具を身に着けているのに気づいた。

「僕の格好をして、僕としてグイ王に会ってもらう。少しは時間稼ぎになる程度だけどね」


 失くした右腕は、奪われたのだ。


 団紋の入った鎧甲冑は、ソーサイスであることの証。背格好が多少違っても、騎士団長をまじまじと見るヤツなどいない。皆、片膝はつかねばならないという習わしだ。シュトレン卿であっても、この礼は尽くさねばならない。


 唯一の例外は、グイ王だけだ。


「貴様は、俺になり代わって城内に侵入するということだな」

 ソーサイスの問いに、シャルルは答えない。代わりに慣れ親しんだ右拳が、剥き出しの腹部に命中する。胃液が逆流する。

「質問していいと言ったか? 騎士団長」

 シャルルの目は、凍り付いている。父とは、性質が違うが、狂気というものに飲み込まれている、痺れるような痛みのなかで、ソーサイスは膝をついた。


「さぁ、進むんだ」

 シャルルは急に自由を与えられその場で呆然と耽っている馬を捕まえた。鞍が外れていた裸馬だが、前にソーサイスを乗せ、その背後から手綱を握った。


 シャルルは逃げる兵たちの後を追い駆けた。二万近くの敗走兵が踏みしめた道は、足場が悪い。その上二人も騎乗しているせいで、馬はよろけがちだった。

 そんな中、シャルル自身が

「シャルル! 生け捕ったり!」

 と叫び、馬上に乗せた隻腕のソーサイスを後ろから殴りつけた。勝どきのような雄たけびを上げるたびに、シャルルは加減せずにソーサイスを何度も殴りつけた。北方三国、グイ王の居城に着くころには、ソーサイスはすっかり伸びていた。


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