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【連載】一年後に死ぬ勇者は、魔物側で指揮を執る  作者: 華奢 素数


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第二十三話・バットの正体

 ドラゴンに知性がある、ないの議論は学者の机上で行われるものだ。寡黙なギュレがことドラゴンになると饒舌になる。髭に埋もれた口から発せられる言葉たちは、どうしてもくぐもって聞こえる。フォッサリはよく「何言ってんのかわかんない」と言う。そのたびにギュレは言い直すのだが、同じことを同じやり方で繰り返すだけなので、結局フォッサリがイライラしたまま諦めるという形で終わる。

 ドラゴンには知性がある。言語もある。戦闘時は巧みに、ドラゴン独自の言語を操り仲間とコミュニケーションを取る。一匹狼ならぬ、一匹龍だと思われがちだが、ドラゴンは群れで生活する。当然狩りも群れで行い、狩りの先頭に立つのは決まってリーダーである。一番最初に、獲物を喰らうためだ。実に理にかなっているとも思えるが、手下のドラゴンに任せているといいところを先に喰ってしまうという、信頼関係のなさ・従属関係の弱さが露呈している。


 シャルルはギュレからの予備知識のおかげで、ダンジョンでの戦闘でパーティーが全滅することを避けられた。まずは、先頭のドラゴンを全力で叩くのだ。リーダーを倒せば、非従属関係であることを示すように、ドラゴンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げる。一旦引いてから、改めて新しいリーダーを選出するのだ。リーダー選出は、東方の国にあった「選挙」というものに基づいている。非暴力を前提として、各々が新しいリーダーを選ぶのだ。ドラゴンが戦ってリーダーを選ぶとなると、ただでは済まない。新たなリーダーが決まっても、傷だらけになってしまう。場合によっては命も落としかねない。かつては五百頭ほどいたドラゴンがいまや十七頭になったのは、戦いで選んできたということであるし、十七頭から数百年近くドラゴンが減っていないのはリーダー選出の方法を変えたからである。


 そのドラゴンとの交渉をバットに任せた。ただのコウモリがと、莫迦にされがちだがここのところの戦いで、バットの働きがなければとうに全滅していただろう。先回りでき、頭の回転も速い。ギュレからある逸話を聞いたことがある。ドラゴンは巨大であるというのは思い込みであると。小鳥ぐらいのサイズのドラゴンだっているんだ、とギュレの話に、またしてもフォッサリが聞き取れず、あとからシャルルが伝え直した。


 首元に触れられるのを嫌い、よく小さな歯を合わせている。逆鱗とタンギング(炎を吐く予備動作)だ。バットは炎を吐かなかったが、敢えてのことだったとシャルルは睨んだ。バット以外に誰もいない時を見計らって、シャルルは一か八かで声をかけた。

「バット、もしも君がドラゴンに通じる出自ならば、頼みがある。この村は北方三国の騎士団に攻め込まれる。そこで、西の宝山に住んでいるドラゴンたちに援軍を依頼して欲しい。報酬は、これだ」


 シャルルは胸を指さした。エランドからもらった薄手の胸当ての上からでも、ギアルグの宝珠が明滅しているのが、わかるほどだった。バットは自分も欲しそうな表情に変わった。

「ボクがドラゴンに交渉? いったいどうやって? ボクはただのコウモリみたいなもんだよ」

 バットは素直に自分がドラゴンであることを認めない。

「もちろん、バットにもこのギアルグの宝珠の分け前はある」

 ドラゴンが宝石に目がないというのは、ただの習性だ。光るものが好きなのだ。

 バットは黙り込んだが、その姿はシャルルからの申し出を真剣に考え込んでいるだけだった。随分と遠くからだが、大軍がこちらに向かっている。かすかだが地響きと指揮があがる兵たちの高揚したうねりと熱気が伝わってくる。

「時間がないんだ、悪いようにはしない」シャルルは焦る。

 バットは羽を折りたたみ、シャルルの左肩に停まった。

 普段は甲高くかわいらしい声のバットが途端に、凄みのある低音の声に変わった。

「わかった、明日の昼までに連れて来る」


 バットはそういって、西の宝山めがけて飛んでいった。そもそも、コウモリの類があれほど速く飛べるわけがないのだ。最初から、この魔物はドラゴンかもしれないと、シャルルは予想していた。


 シャルルはバットが交渉の窓口になってくれたことで、小躍りした。ここにいる仲間たちを死なせてはいけない、自分たちの計画に巻き込んではいけないと思っていたからだ。フォッサリにも強く念押しされている。ドラゴンの援軍とは戦ってもらうわけではない。ドラゴンがブレスを吐けば、こちらも無傷では済まない。毒系のブレスなら、さらに厄介だ。敵を威嚇しつつ、逃走経路を確保する。あとは、ドラゴンの背に乗って西の宝山まで送り届けてもらう。ドラゴンたちにとってもそれは人質のようなもので、シャルルが報酬を渡せば解放してくれるというものだ。


 ソーサイス騎士団の兵士たちが柵を乗り越え、スケルト村の本拠地へと我先と突き進んできたとき、上空にはドラゴンが五体、地上の獲物を狙うように円を描いて飛行していた。バットが約束通りドラゴンを連れて来たのだ。時間の昼より少し手前。どれほどこのギアルグの宝珠が欲しいのか、本気度が伝わる。


 シャルルは約束を守ったバットに、もう一つ頼みごとをした。

「僕は皆と一緒に逃げない、あの先にいるソーサイス騎士団長に話があるんだ。ドラゴンたちには必ずギアルグの宝珠を渡す。信じてくれないか」


 バットはカチカチとタンギングを始めた。シャルルは避けようとも、構えようとも、攻撃しようとも、魔法防御を発動しようともしない。その姿を見て、バットはクルリと旋回し、上空でソーサイス騎士団を威嚇しているドラゴンたちにファイヤーブレスではなく、地鳴りのような咆哮を放った。リーダーの命令のようだった。ドラゴンたちは怯えるように緩慢な飛行をやめ、隊列を組み直した。


バットは「わかった」とだけ言い残し、五頭のドラゴンと合流した。遠目だとわからないが、五頭のリーダーのように見えるドラゴンの前に、バットがいた。シャルルは理解した。バットは、十七頭のドラゴンのリーダーであると。


 ドラゴンの威嚇にも怯えずに突進してくるソーサイス騎士団の兵たちが見えた。シャルルは皆に、ドラゴンの背に乗って逃げるようにと命じた。誰もがシャルルも一緒に逃走するのだと思っていたのだろうが

「僕はここに残る。皆を必ず迎えに行く!」


 と言って皆に強引に逃げるようにと促した。誰も駄々をこねるように、シャルルに一緒に逃げようと言う者はいなかった。シャルルの作戦を心から信じ、支持している。

「またな、シャルル」エランドはそういうと興味深そうにドラゴンの背に飛び乗った。


 ソーサイス騎士団の兵士たちに見られているかもしれないと、シャルルも一旦ドラゴンの背に乗り、皆と逃げたように振舞った。別れを告げたエランドが気まずそうにしている。セロエンがみなを束ね、鼓舞する。

「今から我らは、西の宝山に向かう。しばしドラゴンたちと共に暮らすのだ」

「えぇ、喰われちまうんじゃねぇのか?」


 オークがそう言うと、先頭を飛行しているバットが反応した。

「ドラゴンは魔物ではないが、人も魔物も食わんぞ」

 だったら何を喰うんだと、コボルトが物申したそうだったが何かを察して言葉を飲み込んだ。

「それじゃ、僕はここで」

 シャルルはそう言うと、物見櫓めがけて落下した。二十メートルはある。幸いにも砂煙や火炎魔法による燻った煙で目くらましできたようだ。誰も、勇者シャルルがドラゴンの背から落下したとは気づいていない。もし気づかれたとしても、ドラゴンの鱗でも落ちたのだと思っただろう。


 シャルルは物見櫓から飛び降り、柵をひらりと越えた。シャルルの姿を目にしても誰も気づくものがいないことに、拍子抜けした。隻腕でやや大きめの剣を腰に差している。胸のあたりが不規則に明滅し、その表情は凛々しく、品がある。よく見なくても手配中の勇者シャルルだとわかるはずだが、皆ドラゴンから逃げることで頭がいっぱいなのだろう。

 シャルルはソーサイスを探した。一人だけ、用心深く全身を鎧甲冑に包まれた臆病者を探せばいい。戦場ではそういう者からすぐ命を落とす。身なりのせいではない、臆病者は戦場で輝いているのだ。見つけてください、殺してくださいといわんばかりに。

 逃げる兵だらけだったが、奴らは臆病者ではなかった。少なくとも命をかけて、その責務を果たそうとした者たちだ。戦場に命を預けたふりをするような、高みの見物男とは違う。


 シャルルは光輝く男を見つけた。逃げるわけでもなく、その場で立ちすくんでいるのだ。兜も鎧甲冑も脱ぎ捨てていた。だが、ソーサイスとひと目で分かった。


 自分で何も決断できない、自分の命すら護ることができない、憐れな男だ。


 シャルルは十英傑の剣を抜き、振り下ろし、穢れた血を拭った。


 ソーサイスの右腕を斬り落とした。ソーサイスはそのまま気絶した。シャルルはその腕を拾い上げ、自身の欠損した右腕あたりに近づけ、回復魔法を詠唱した。見よう見まねの回復魔法だ。


「魔法はセンス、女神の恩恵がなくても僧侶系魔法は使えるヤツには使える」


 フォッサリの言葉をいまさら思い出し、シャルルは微笑んだ。回復魔法により失われた右肩の神経が露出する。ソーサイスの切り落とした右腕と触手のように絡み合い、ひとつひとつがどこに対応すればいいのか、パートナーを探しているように見える。神経系がつながると骨がシャルルの右肩から露出した。互いの骨のまわりにしたたる血と肉片がみるみるうちに筋肉を再生していく。超高速による回復魔法を施したため、痛みは尋常ではない。それでもシャルルは回復魔法の詠唱をやめなかった。


シャルルの低い身長に、ソーサイスのがっちりとした右腕が思いのほかピタリとくっついた。わずか五分ほどの出来事だった。


 右腕の感覚が戻り始めたとき、シャルルは気絶したソーサイスを蹴とばして起こした。


「起きるんだ、ソーサイス騎士団長。さぁ、グイ王のもとへ行こう」



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