第二話・リザードマンの純真
湿地帯の藻が身体に絡みつくが、悪い気はしない。どこか心地いい。満身創痍のシャルルはこの一連の出来事を、思い返していた。ギュレとフォッサリに最後に会ったのは、グイ王に召命される七ヵ月前。二人ともピンピンしていた。その一ヵ月後、二人は示し合わせたように、寿命の炎が消えた。
魔王討伐が終わってから、フォッサリの豪邸にギュレは居候し、二人は夫婦同然の暮らしをしていた。最初に重い口を開いたのは、フォッサリだった。
「シャルル、グイ王から召命される頃、私たちは死んでいる。いいか、死んでいるのだ。寿命と言え」
話は見えないが、冷静沈着なフォッサリがシャルルのの両肩を揺らしながら、強い語気で説いた。ギュレは相変わらず寡黙なままだった。
「グイ王に何か問題でも?」
「そうではないが、北方三国からはあまり良くない気が漂っている」
「だから、死んだことに? 一緒に来てくれないのかよ」
「北方三国の魔力に溢れた土地は、エルフやドワーフたちの力を半減させる」
魔物対人という単純な構図ではなかった時代、人はエルフ、ドワーフ、魔物と四つづくみの戦闘状態に陥っていた。エルフとドワーフは人語を理解したため、不可侵協定が結ばれた。エルフとドワーフは、人ではないものの人類とひとくくりにされ、人類対魔物という子どもでもわかりやすい対立構造ができた。
豪邸に似つかわしくない、切りっぱなしの大樹で作られた丸テーブルをフォッサリは力いっぱい叩いた。普段、瑠璃色の瞳が、次第に緋色に染まっていた。
グイ王からの召命に、逆らえば大法廷を経ずして、極刑が待っている。だからといって事を構えてはいけない。北方三国の騎士団を相手に、元勇者一行であっても、勝つのは困難だ。だから召命には従わねばならない。召命で最も危惧しているのが装備だ。宮廷には正装でというのが礼儀だ。兜に鎧といった防具は厳禁だ。礼節を重んじる北方三国らしい無駄なしきたりが鼻につく。
「命を落としに行くようなものだ。やめておけ」
ギュレが珍しく声を発した。
「それじゃあ、シャルルの故郷ごと滅ぼされてしまうぞ」
声高にフォッサリは怒りを顕わにするも、打つ手なしといったところだった。召命に正当な理由なく応じない場合は、その者の生誕の地・生活の地を召し上げるという法律がある。召し上げるというのは、意のままに。女子供は奴隷に、男たちは戦闘の最前線に。老人たちは、殺される。フォッサリとギュレみたいに寿命で亡くなった、そんな理由でもないと逃れることはできない。
「じゃぁ、せめてこの十英傑の剣を持っていくよ」
フォッサリが愛用していた直剣で、腰差し。一振りすれば、そのあたりに彷徨う精霊をエンチャントする。かつての十英傑のだれかが装備していた魔法剣だ。伝説の剣というほどでもないらしい。幸いにも勇者が王に拝謁する際は、万一の護衛にもということで帯剣が許されている。
「最後の最後、シャルルが危うくなった時、最強のエンチャントが発動する。小さくてもいいから剣を振るんだ。忘れるなよ」
フォッサリの目はいつになく真剣だ。ギュレはロッキングチェアに座ったまま小さく頷いた。
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藻が絡みついたまま、シャルルは湿地帯の深層部にまで引きずり込まれそうになる。睡眠魔法? まずい、剣を構えねば。モリーハンだ。藻を宿主とした食虫植物。ギュレが何度も足元を掬われ、捕食されそうになった魔物だ。絡みついている藻は、頑丈な蔦のように固くしなやかだ。引っ張っても切れそうにはない。やはり、十英傑の剣を。炎がエンチャントできれば。
斧槍が身体の側を数センチ残して、掠める。突き上げたのは僕に絡まる藻。誰だ?振り返ると鱗だらけの醜い魔物が一体。リザードマンの亜種か。巨躯すぎる。二メートル五十ほどの大きさだ。一般的にはリザードマンは筋肉質ではあるが、身体は小ぶりだ。穴を掘って暮らすため、徐々に小さく変化したはずだ。それを進化というか、退化というか、リザードマンが決めることだが。
「おい、大丈夫か?」
リザードマンの言葉がわかる、おかしい。魔物は全般的に言語を使ったコミュニケーションを行う。スライムであってもだ。だが、その言語体系は人類のそれとは違う。エルフのフォッサリでも、ドワーフのギュレでも、魔物とは対話できない。彼らは、人語を学び、人間と対話できるように学んだのだ。
「ありがとう。命拾いしたよ」
右手を差し出しそうになるが、失ったことを思い出した。
「隻腕か、ってか、オマエ、ニンゲン? 言葉わかるのか?」
リザードマンは斧槍についた藻の残骸を振り払い、驚きの表情で尋ねた。
「わかるというか、突然に。僕も理由がわからないが」
「一応な、これ魔物の共用語だからよ」
驚きから怪訝な表情に変わった。リザードマンもよく見れば、微妙な顔つきの変化があるのだ。
このリザードマンはもしかしたら魔物かもと思い、助け、魔物共用語で話しかけたということか。シャルルはリーザードマンをジロリと頭から足の先まで食い入るように見た。
「僕の名は、シャルル・ユート。キミたちの敵にあたる人間だ。それに……」
元勇者だと名乗るのをためらった。シャルル勇者一行は、彼らの王、魔王を討伐した。自国の王を倒されたとあれば、魔物たちは自分を八つ裂きにするだろう。
「その剣、どこかで見覚えがあるな。うーん」
「どこにでもある、ありきたりな剣だよ」
「人間が俺たちの言葉を理解できるのはどうしてだ?」
心臓に埋まっているギアルグの宝珠が鈍く反応した。この宝珠の正体はわからないが、魔物たちの言語を理解するために一役買っているのは、明らかだ。
「思い出したぞ、オマエ、シャルルと言ったな」
――しまった、つい、本名を名乗った。人間の言葉を知らないなら、名前を聞いてもわからないと無意識に思ったのだが。
「シャルル・ユート、勇者じゃねぇか。なんてことだ。俺は勇者様を助けたってことか」
興奮気味にリザードマンが吠える。
「勇者様?」
「あぁ、勇者様だ。俺たちを国王から救ってくれた英雄だ」
「国王?」
「あぁ、すまない。オマエたちの方では、魔王って言ってるな。俺たちにとっては、トロニカは暴君だ。無駄に人間たちと戦争を構えたからな。仲間もたくさん死んだ」
「魔王トロニカを倒したのは、確かに僕たち元勇者一行だ。僕の仲間二人はもう死んだけどね」
フォッサリとギュレの言いつけどおり、二人とも死んだことにしている。魔物であっても同じだ。
「そうか、残念だな。とにかくトロニカ王を倒してくれて、礼を言う。俺の名は、エランドだ。俺たちの村まで連れていくから、安心してくれ」
エランドのギザギザとした声質がなぜか心地いい。シャルルは意識を失い、エランドの背中で眠りに落ちた。




