第一話:グイ王の奸計
シャルル・ユートは北方三国の王グイ・ジハンより褒賞を賜った。魔王トロ二カを討伐した功績によるものだ。ギアルグの宝珠は北方三国分以上の価値がある。だが、実際に買い取る者がいない以上、それは価値がないに等しい。そもそも北方三国の価値とはいかなるものか、はかりかねる。痩せた土地は作物が思うように獲れず、家畜のエサも不足しがちだ。一方、この痩せた土地は、巨大な魔力を帯び、保持している。それゆえ、作物は育ちにくいが、膨大な魔力を発する。耕作に不向きながらも、獲れた作物を食すれば、体内に魔力が蓄積されるのだ。北国産まれであると名乗ることは、魔力に秀でたものであると同義であり、世の評価は高い。
シャルルは追っていた魔王が北方三国のはずれに本拠地を構えていると知った。十年前のことである。年老いたドワーフとエルフを従えて、わずか三人で討伐を達成したのだ。
半月前、ドワーフのギュレは五百五十二歳で、エルフのフォッサリは八百十一歳でこの世を去った。グイ王からの褒賞を辞退した理由は、二人とも既に亡くなっていたからだ。
王への拝謁を終え、郷里へと帰らんとするシャルルに矢が放たれた。城下町には人っ子一人いないのが気になっていたが。四方八方から放たれる、火矢・毒矢・魔矢・呪矢。矢という矢が豪雨のように乱れ飛び、シャルルを狙う。
「魔物か!」
シャルルは十英傑の剣を抜く。刀身が太く、一振りでその場に最も近い精霊をエンチャントできる魔法剣だ。
ひらり、ひらりと軽々、宙を舞い、剣を柔らかく薙ぐように振る。海が近い北方三国ゆえか、ウンディーネの水系魔法をエンチャントした。矢を振り払う。ほとばしる水流、それはシャルルを護る柱となる。放たれた火矢がたちまち威力を失う。だが、矢は次々と放たれる。
「キリがない」
後方から毒矢が右腕を掠めた。王に拝謁するため、正装を求められていたのが災いした。軽装ゆえに、毒を無効化する力もない。
「くそ、フォッサリに解毒魔法ちゃんと教えてもらうべきだったな」
みるみる毒がまわり、右腕が紫色に染まる。同時に、地鳴りのような太鼓の音が這うように響く。身分の高い大将クラスのお出ましか。
「やめぃ。生け捕りにせよ」
霞む目、騎士団の最後列にて野太く猛る怒声で指揮をするのは、グイ王であった。
「そうか……ギュレとフォッサリの言う通りだったな」
シャルルは何のためらいもなく、右腕を斬り落とした。思ったより痛みがない、毒で麻痺を起こしているのか。フォッサリから教わった回復魔法を簡易詠唱し、傷口を塞ぐ。滴る血は逆流し、凝固する。皮膚が伸びやかにしなり、切断面を覆う。いつ見ても不思議な魔法だ。
簡易詠唱特有の意識空白の時間、魔矢がシャルルの心臓を貫いた。大弓による貫通射撃だとわかった。
左手に構え直していた十英傑の剣がその反動で、微かに震えた。ギュレとフォッサリが召喚された。
「とっておきの、エンチャントって、これかよ、だけど」
シャルルは亡きギュレとフォッサリの霊像を懐かしむ間もなく、その場を任せ、転送魔法を唱えた。転送地をイメージできる状況ではない。命からがらといった具合だ。「逃げなければ」生存本能だけがシャルルを護ってくれている。見慣れぬ転送地、そこは淀み濁る湿地帯であった。ギアルグの宝珠が静かに光り、貫かれた心臓の中へとめり込んでいくのを、シャルルは確かに感じた。




