第十九話・フレイム隊の屍を踏む
フレイム隊がゴズリン村を包囲したと報告を受けた。先行斥候兵たちによると、村の中心部に魔力が集中しているということだった。標的は絞られている。五千の兵が落とすのは造作もないことだと思われたが、神学教会による禁忌法(魔法の使用を禁じる厳格な令)が邪魔をする。神学教会から派遣された司祭や司教、約百名が目を光らせている。魔法詠唱者の上限が定められている。これは、一キロ四方において、魔法使用は十名までという悪法である。ソイサースは神学教会の大司教が今回の派兵に難色を示さなかったことがようやく腑に落ちた。騎士団と神学教会は反目し合っている。神の使徒といいながらも、神学教会には僧兵を中心とした軍部を構えている。どちらも伝統ある国軍ではあるが、グイ王は騎士団に強い権限を付与している。神学教会を嫌うシュトレン卿の思惑によるところが大きい。
いずれにしても、火炎魔法を五千の兵が詠唱するなど論外で、フレイム隊長はソイサースの指示を仰ぐべく、走り馬を寄こしたのだ。
禁忌法にも抜け道はある。グイ王からの特例措置の勅命を賜ればよいのだが、一度北方三国に戻らねばならない。しかも、グイ王への説明責任から、ソイサース以外の人選は考えられない。往復とグイ王謁見をあわせると、最大十五日、短くて十一日は要する。袋のネズミとはいえ、シャルルと思わしき相手に時間を与えるのは得策ではない。ソイサースは神学教会の司教たちを焼き殺せと書き記し、即時馬を前線に戻した。
それからほどなく、三時間後まだ陽が高いうちから、叫び声が大きな一塊になって、響いた。司祭や司教たちが焼き殺されたと思わしき、人間が燃える臭いが十キロ以上離れたソイサースのもとにまで届いた。その十分後、五千の兵が火炎魔法を発したのであろうとわかるほどの熱波が風を伝う。皮膚が焼けそうに熱い。前線の兵たちは無事なのかと思うほどだ。防御結界も施した上であることは明らかだったが、ソイサースの臆病心が胸をざらりと通り過ぎた。
炎の渦が天高く伸び、ゴズリン村を焼き尽くしているのだろうと推察できる。ソイサースは防御結界魔法を小隊単位で詠唱させた。陣を畳み、勝利が確実と思われる前線へと進んだ。だが、そこにはおびただしい数のフレイム隊の死体が転がっていた。炭化して鉄製の防具が溶けている者もいた。水を求めて、ゴズリン村の堀に頭から突っ込む者も多くいた。五千の兵のうち、まだ戦っているものたちは百にも満たなかった。それでも圧倒的有利のはずだったが、数で優勢であるだけで、実際のところは劣勢であった。
ソイサースは踵を返そうとしたものの、殿を買って出たせいで戻ることができなかった。自身の後方には、二万五千の兵が隊列を成している。整然と並ぶ兵士たちの顔は険しい。詳しい様子が見えない後方の兵たちは、劣勢である状況を皮膚で感じている。熱波が防御結界越しに伝わるからだ。フレイム隊長が残った百ほどの兵を束ね直す。衛生兵は自分を回復するので手いっぱいだ。何のための衛生兵であるのか。
轟音が空気を切り裂いた。上空に雷撃が放たれたように見えたが目測では追えない。雷撃の最大の特徴は、速さだ。稲妻のごとく、目標に向かって一瞬で到達する。放たれたら被弾するというものだ。
雷撃ならもう着矢していてもおかしくないはずだ。矢は見当はずれの方向に飛んでいったのか。衛生兵に怒鳴り散らしているフレイム隊長の動きが止まり、一瞬安堵したかに見えた。ソイサースは瞼を閉じなかった。何かが落ちて来る。寒気が身体を走る。矢だ。それも無数の矢の雨だ。
あれは雨矢だ。矢衾ともいう。雨あられの如く矢が降り注ぎ、空を覆い隠す。一つの矢が分裂し、いくつもの矢となる。五秒間隔で放たれるその矢の数、百強。竜巻魔法が加わった火炎魔法の上昇気流に乗って、天高く伸びあがったのだ。不意を突かれたような悲鳴が耳をつんざく。戦場で油断する者たちから死んでいくが、ここにきてまだ気を抜いているとは、ソイサースは下馬し、身軽になった。フレイム隊長が満身創痍でソイサースに気付いた。
「ソイサース騎士団長!」
フレイム隊長が視線を降り注ぐ矢から外した。雷をまとった魔法矢がフレイム隊長の頭頂部から顎へと一気に貫く。魔法矢には本来属性などない、ただの魔法による産物だ。それゆえ、エンチャントすることは魔法学的に不可能。火炎魔法に雷魔法をエンチャントすることができないことと同義だ。魔法矢自体は無属性の魔法体。これにエンチャントするなどとは、常識の範囲をゆうに超えた、高次の魔法使いがあの囲いの先にいる。
魔法矢が消失し、フレイム隊長にぽっかり空いた穴から、大量の血が噴き出た。ソイサースは倒れ落ちるフレイム隊長を一瞥し、払い除けた。血が磨き上げた鎧につくことを嫌ったのだ。ほんの十秒ほどで、百名近いフレイム隊の残存兵が息絶えている。炭化した死体と、魔法矢で撃ち抜かれた遺体。その数五千。またもや衛生兵が救助にあたらず、自らの役目と責務を放棄している。自身への回復のみならず、防御結界を更に強化し、魔法矢を防いでいた。
ソイサースは武器持ち兵を呼び寄せ、大剣を持って来させた。まばゆいばかりの金・銀・ダイヤ・サファイア・エメラルドなどの宝飾が施された鞘に手を当てる。すううっと一気に大剣を抜いた。音もない滑らかな大剣の運び、ソイサースは右足を軸に身体を回転させた。横並びに集まっていた衛生兵たち約五十名に向かって、大地と並行に振られた大剣は次々と衛生兵たちの首を面白いように落としていった。大剣が通り過ぎたあと、遅れてポロポロと落ちた。
戦場で自分のことを大切にしていいのは、俺だけだ。
ソイサースは心の中でそう呟いた。後ろで控えている二万の騎士団兵が朽ち果てたフレイム隊の兵士たちを避けることなく踏みつけながら、村の周りを取り囲んだ。兵士たちを鼓舞するには早い。フレイム隊の二の舞になりかねない。皆が魔法を使えば、その分のリスクも巨大だ。ソイサースは大剣を振り上げた。周囲の兵がうぉおおと地鳴りのような声を響かせる。同時にめいめい剣を振り上げる。その様子が後方の兵にまで伝播する。
突撃の合図である。
ソイサースは魔法による間接攻撃をやめ、物理的攻撃に転じた。村周囲の堀で頭から突っ込んで死んだフレイム隊の兵士がちょうどいい足場となった。泥沼の堀に足を取られずに済む。丸太を打ち付けた柵を次々と兵士たちが飛び越える。なだれ込むように、皆がゴズリン村へと入っていく。一旦殺さずに、生け捕りにせよと命じてはいるが、これほど血気盛んならば、どうなるかわからない。殺した場合は首を刎ねずに、そのまま連れてくることとしている。いずれにしても、今度こそは超覚醒者を取り逃すことなく秘かに処刑し、シャルルは生かしたままグイ王の元へ連れ帰ってから、確実に首を刎ねる。すべてが終われば、またザコ敵討伐だけに興じていられる騎士団長に戻れる。ソイサースはもう俺を目立たせないでくれ、と心の中で叫んだが、武器持ち兵に聞こえるほど漏れ出ていた。




