第十六話・勇者たちの計画
シャルルが今までで最も深く眠れたのは、あの夫婦から養子にしてもらった日だった。あらゆる不安から解放されたわけではないが、希望の方が大きかった。この数日はその希望を凌いだ。途端に身体が重くなり、エランドのベッドで眠り続けていた。あのデレクという斥候兵はうまく報告できただろうか。斥候兵は戦うことを専門としていない、索敵・調査の土産としては、十分すぎるものを与えた。こちらの人員はある程度バレただろう。この村にシャルルが居たということも、知られることになるだろう。隻腕の人語を操る男というだけでも、シャルル自身につながる有力な情報だ。
心臓に根を張ったギアルグの宝珠が日々魔力を吸い取っている感覚がある。そのせいで倒れたのかもしれないとシャルルは胸を撫でた。メイジは自分がセロエンだとは、はっきりと認めない。フォッサリの生き別れの妹、双子といっていたはずだがあまり似ていない。赤眼であることは一致するが、耳が削がれているためエルフ特有の身体的特徴からは判断しづらい。
メイジは急に寡黙になり、言葉を発しなくなった。デレクを商人路まで送り届けたエランドとスケルトが戻ってきた。
「あいつよぉ、何度も頭を下げて、走っていったぜ」
エランドは得意げだ。
「余計なことを言わないといいんだがな」
スケルトは他人事のようにもあり、余裕たっぷりのようでもあった。
「大丈夫さ、あの男には精神魔法―恐怖をかけておいたから」
「ひっどいことするなぁ、シャルルは」
エランドが大きな口を開いて笑う。
スケルトの表情は読み取りにくいが、どうも真剣なまなざしでシャルルに告げた。
「ソーサイス騎士団がこの村に攻め込んでくることになりますね。メイジから放出されている強大な魔力は、ご存じのとおり【逃げおおせた覚醒者】と思われていますから」
メイジがどちらともつかない表情で、壁にもたれたまま話を聞いている。
「そろそろみんな、手持ちのカードを披露しあうというのはどうかな」
シャルルは場の空気を支配した。
「カードってなんだよ」
エランドが真っ先に、不満げに反応した。
「この村の魔物、キミたちは何かを隠している。もちろん僕も何かを隠している。ある計画のために、【意図的にこの村に来た】ということは伝えておく」
不穏な空気がエランドの家を包み込んだのを、シャルルは察した。
メイジはエルフだと自らの素性を明かした。耳削ぎのエルフで、転送魔法実験の生き残り奴隷だったなら、魔力はこんなものではない。しかも、フォッサリの妹でもあるのなら、なおさら。どれだけ魔力出力を抑えても。巨大な魔力であるとはいえ、これは、ただの人間によるものだ。人間の覚醒者程度。赤眼は眼球内の毛細血管の一部を断絶すれば偽装はできる。
「私は、ただのエルフで、魔物たちの味方をしているだけだ。人間が嫌いだから、ただそれだけの理由」
メイジは用意されていたセリフのように、つらつらと饒舌に自分のカードを置いた。
「俺はただのリザードマンだぞ。魔法は使えるようになったけど」
「ワシは身寄りのない魔物たちの居場所を作っただけのスケルトンじゃ」
エランドもスケルトも、エルフに合わせて新たな情報にもなっていないカードを置く。
メイジに「セロエン」の名を告げたとき、微笑んだのを見た。あれは、戸惑いを隠すでもなく、笑ってごまかすでもない。わからないことを、わかったフリをするときの顔だ。
エランドは僕が転送魔法で飛ばされてくることを誰かに命じられて、あの湿地帯にいたのだろう。僕を拾い上げるにしては、都合が良すぎる。かつて自分も転送魔法をかけられた者。スケルトが一番わからない。身体的情報もなにもない。ガイコツだからだ。身寄りのない魔物たちの居場所をどうして作る必要があったのだろう、とシャルルは気になった。
そもそも、魔物は特定の種族間でしか協力しない。オークとコボルトは昔から縄張り争いをしていたが、協調関係にもある。広い意味で互いのテリトリーを侵す者は、共通の敵となる。ミノタウロスとの相性がいいとは知らなかったが、彼らに聞くと、オークとミノタウロスは交配することがあるらしい。ちなみにオークとコボルトもそうだ。
こうした交配関係や協調関係以外においては、そもそも魔物たちが同じ場所で暮らすことはできそうにはないのだ。それなのに、一緒に暮らす場所を作ろうとした、作った、スケルトとは一体何者なのだ、シャルルは考え込んだ。
「まぁ、今日のところはここまでにしようじゃないか。明日には敵とどう戦うか、シャルルとともに考えるのがよい」
スケルトがお開きの合図を出した。体よくまとめたつもりだろうが……。
すっかり日も暮れ始めていた。シャルルは張りぼての本拠地へ向かい、他の皆はそれぞれの家へと向かった。道中乾いた土は、少し湿り気を帯びシャルルは靴底が重く感じた。スケルトとシャルルは無言のまま歩き、シャルルは自分より背の高いスケルトに向かって言った。
「スケルト、その骨格からして、あなたはもともと人間で、骨の太さからして……」
シャルルは無遠慮にかつ、本題に入ろうとしたが、スケルトがシャルルの口に骨ばった指をあてた。もうこれ以上話すなということだと、シャルルは察した。
スケルトはニコリと表情を揺らした。表情筋がないスケルトの顔であるのに、怒りのようなものが見て取れた。まだそこに、踏み込んできてはいけない、そう言われているような気もした。
「明日、戦議を早々に始めようかの。日の出過ぎ、半刻ほど経った頃に、本拠地に集まります。皆にはワシから声をかけておく」
本拠地にはハリボテとはいえ、シャルルの寝床となるベッドは用意されていた。硬くかび臭いシーツで、シャルルはかつての仲間に思いを巡らせる。フォッサリとギュレは、計画通り敵陣へと潜入できたのだろうか。セロエンが見つかれば、いち早くフォッサリに伝えたいところだ。だが、妹の存在がこの計画にプラスに働くかはわからない。フォッサリが喜ぶのならいいが、それだけでは済まなさそうだ。妹をこんなにした奴らを許さないだろう。それは今やるべきことではない。シャルルはもう一度、この計画の重要性についてなんども心の中で唱えた。それはグイ王に召命されたあの日から、ずっと続けていることだ。そのために、右腕を捨てたのだから。シャルルは十英傑の剣を抱いて、眠りに落ちた。




