第十四話・赤眼のエルフー「セロエン」
魔物たちは何を食べるのだろう。シャルルたちは野営の時は、決まってこの話題だった。魔物たちの食事は見たことがない。グールやゾンビ、ネクロマンサーと呼ばれる、死霊系は人間を喰らうと聞いたが、戦闘で奴らに喰われそうになったことはない。グールが仕切るダンジョンの討伐依頼では、数々の冒険者たちが命を落としたと聞いた。ダンジョン内にはきれいな状態の冒険者たちの亡骸があった。喰われてなどいなかった。シャルルは、エランドのベッドでもう三日も横たわっていた。昔のことを思い出しながら、少しずつ英気を養っていた。
「帰って来たぞ、ほら、土産だ」
スケルトとともにエランドは食料調達に狩りに出ていた。この村は自給自足だが、家畜は飼っていない。ミノタウロスが牛を飼うのはやめてくれ、と強く願い出たらしい。収穫後は、田畑の手入れのために放牧をしたいスケルトは、牛も羊も山羊も飼うことはやめたそうだ。
どさりと床に転がったのは、鎧から肉がはみ出そうなほど密度の高い屈強な男だ。シャルルと背格好は似ているが、筋肉の付き方は異様だった。狭いエランドの家は、ベッドとテーブルだけの粗末な造りで、客人をもてなす場所などない。
「エランド、僕は人を食べないぞ」
「俺たちだって、喰わねえよ」
エランドが鼻息荒く、シャルルに言った。
「私も食べませんよ」
スケルトも同調したが、スケルトはいかにも食べそうだ。そういえば、スケルトの身体はローブをまとっていてよくわからない。肋骨はむき出しで、胃や腸なんていう臓器はないのだろうか。そもそも目も脳もあるようには見えないし……シャルルはそこまで考えて、屈強な男をじっと見た。
「コイツは、斥候兵だ。俺たちの村を調べに来たんだな」
「お願いだ、喰わないでくれ」
人の話を聴かない斥候兵だ。だれも人間など喰わない。僕も、エランドも、スケルトも。
「どこで見つけたんだ?」
「あぁ、村の堀を越えて、侵入してきたみたいなんだがな」
ここまでたどり着いたのは偶然じゃない、とシャルルは考えた。仮にも斥候兵だ、傷だらけの鎧には炎の紋が記されている。名のある騎士団の兵だ。ここで殺しておくのも手だが、それだと計画が水の泡だ。生かして帰す方が、なにかとこちらが有利になる。
「名は?」
シャルルの低い声は、その柔らかな見た目とは裏腹に、相手を強く威圧する。
「フレイム隊・斥候兵デレクと申します」
デレクは縛られた両手・両足をずりずりとミノムシのように、器用に這わせた。シャルルの方へと向き直り、力強く答えた。
「目的は?」
「強い魔法反応が出たため、その出処を探っていましたら、ここへ」
斥候兵としては優秀だ。魔力の出処を探すのは容易ではない。熟練の魔法使いであっても、僧侶であっても、賢者であっても、魔力の中心点を見つけ出すのは難しい。魔力はゆらぐ。放出するといっても、正円の形状ではない。しかも、魔力が大きくなればなるほど、大枠の範囲は絞ったとしても意味はない。広大な海の中で、特定の魚を探すようなものだ。デレクはそれをやってのけたのか。
「強い魔法反応とは、メイジのことだな」
シャルルは敵兵に出処となる人物を教えてしまった。
「いいのかよ、そんなコト言って」
いつの間にか、エランドは斧槍を手に持ちいつでもデレクを刺し殺せると見せつけた。
「いいの、いいの。それに、なぁ、メイジ! そこにいるよね」
メイジはすううっと、壁が透けるほどの薄さから徐々に色彩をつけていった。灰色のローブは、いつも以上に不気味さを醸し出している。フードの奥には、力強く光る赤い眼。ひと言も発さないその姿は、デレクを「黙殺する」かのような強い眼差しだった。
「強い魔法反応出した目的は、この人を探りだすためかい?」
メイジは頷き
「この男に聴きたいことがあったのです」と言った。
デレクは知ってることならなんでも話すと、調子がいい。
「あなたの所属する、フレイム隊。その直属となる騎士団の名は?」
「北方三国ソーサイス騎士団・フレイム隊であります」
「その規模は?」
「ソーサイス騎士団は二万の兵を抱え、フレイム隊は五千ほど。先のイングリット隊壊滅に伴ったこともあり、やや増えました」
イングリット隊の噂は耳にした。元魔王の腹心にして次期魔王候補、ブ・シングに敗れたと聞く。スライム隊を率いての戦いだったという。おそらくスライムの中でも精鋭を集めたと思える。
「ソーサイス騎士団ということは、ソーサイスもまだ健在だと」
メイジは丁寧に外堀を埋めるように、デレクに確認する。その問いにどう答えるのが正解かシャルルもわからない。当事者のデレクは額に汗をびっしりとかいて、口の横には泡だらけでみっともなくパクパクと動かした。
「もちろん、ソーサイス様は騎士団長として、我々を束ねる存在です」
エランドもスケルトも大人しく、メイジが次に何を言うのか口を閉ざしている。おしゃべりの二人が珍しい。
「国に戻り、ソーサイスに言いなさい。ゴズリン村には、巨大な魔力を持つ魔法使いがいると」
「ゴズリン村?」
エランドがスケルトに耳打ちした。
「この村のことですよ、人間はそう呼ぶ。スケルト村というのは、私が勝手に名付けただけですから」
スケルトは早口でまくし立てた。
「もしや、あなたは、転送魔法に成功した覚醒者?」
デレクの目に潤いがなくなっている。さっきから瞬きひとつせずにメイジを見ていたからだろう。
メイジは灰色のローブを外した。奥に光る目が一段と赤く光る。
「いいえ、私はただのエルフですよ」
エルフだったのか、ローブのフードにあの長い耳が収まるはずがないと思っていたが。
両耳が削がれたエルフ。
「耳削ぎじゃねぇか! メイジ、おまえ」
エランドがそこまで言うと、スケルトが黙るようにとエランドの膝を蹴った。
デレクは縄を解かれ、エランドとスケルトに商人路まで送り届けられた。
残されたシャルルはメイジに尋ねた。
「メイジ、あなたの名は、セロエンでは」
転送魔法に成功した奴隷の中に、ひとりだけ耳を削がれたエルフが混じっていた。その奴隷は、超覚醒者となった。だが確か、ソーサイス騎士団に処刑されたと聞く。子どもの頃の話だ。勇者パーティーの仲間、エルフのフォッサリには明確な旅の目的があった。それは、赤眼のエルフを探し出すこと。生き別れの妹、名はセロエンと言っていた。
メイジは優しい表情で、シャルルに微笑んだ。




