第十三話・ソーサイスの後悔
シャルル・ユート、勇者の中ではたいして名が通っていない男だ。グイ王が召命したあの日に初めて姿を目にした。身長は百五十センチほどで、小柄だ。ホビット族ならば、大柄とも言えるが、残念ながら俺が滅ぼした。エルフとドワーフは協調体制にある関係だが、エルフとホビットは対立関係にある。魔法を化学や物理として捉えるのがエルフだ。一方、ホビットは土着の神や精霊を介して、魔法を信仰・儀式の手段として捉える。たかがそれだけ、結果は同じものだが(炎は炎だし、雷は雷だ)、長らく対立を深めていた。
エルフを統治するサライフェ二世がホビットを滅ぼすのを条件に、われわれ人間と手を組んだ話は広く知られている。子どもたちの教科書にも、随分と美化と歪曲をもってして書き記されている。ホビットを滅ぼすなかで、奴らが奴隷としていたのがエルフだ。サライフェ二世がホビットを憎むのもよくわかる。だが、そのエルフを商売の道具としてたのは、あの奴隷商人ゴーディーのような男だ。金のためなら、自分の娘だって平気で売る。穢れた商人たちこそ、国家の毒であり、病巣であるのだが、グイ王は容認している。
ホビットを滅ぼし、奴隷となっていたエルフは解放されたはずだった。だが、一部の奴隷商人は、逃げるホビットたちから奴隷のエルフを奪い取り、ゴーディーが高らかに、得意げに話したように、その証として耳を削いだ。なにも、ゴーディーだけに限ったはなしではない。右耳を削ぐのが、奴隷商人の習わしだ。
先の転送魔法実験の奴隷の一部には、エルフが紛れていたと聞く。耳を削がれたエルフの中には、魔力が拡大するものもいるという、文献がいくつも見つかった。北方三国の統一とともに、各三国の国立秘匿書庫に同様の文献が発見されたのだ。ソーサイスは自分の父もその文研研究に関わったことは知っている。
騎士団拠点では、フレイム隊長がソーサイスにシャルルの居場所を特定したと報告している。ゴズリン村だ、やはり。魔物が冒険者パーティー三組を撤退させたと聞く。フレイム隊長は今こそ、攻め落とすべきだと、強硬な姿勢を貫いた。
「ゴズリン村から、ギアルグの宝珠反応も出ていますし、指揮官は人間だと」
「それがシャルルだという保証は?」
「わかりませんが、ギアルグの宝珠反応は間違いありません」
「探査したのは誰か?」
ソーサイスは乗り気ではなかった。ゴズリン村には近づくべきではない。騎士道精神は重んじるが、職業軍人であることを見失わない。魔王トロニカが討たれたと聞いて、がっかりしたのを思い出した。戦闘は細く長く続けばいい、目立つ武功はいらない。勝ち続けるには、負ける戦は避ける。命を投げうたない。倒すのは、倒せる敵だけ。騎士道精神とは真逆にあると思われがちだが、ソーサイスの根っこにある信念は「死なないこと」だ。死んでは、騎士道精神も意味をなさない。そういう点では、イングリット隊を見捨てて逃げ帰って来た、ジャルク・ロイド衛生中隊長とは話が合うはずだ。だが、騎士道精神を持たぬものを抱えていては、ソーサイス自身も犠牲にされかねないのだ。あくまでも、逃げ帰る・生き延びる、ともすれば卑怯者の志は、自分だけの特権としておきたい。ソーサイスは自分が穢れていると自省することはない。
「ゴズリン村には、シャルルが指揮を執っていると。魔物たちを従えることなどできるものか。莫迦ものめが」
ソーサイスは、一本気のフレイム隊長を焚きつけた。フレイム隊長の硬く黒ずんだ手がぐぐっと握りしめられ、細かく震える。騎士団拠点にはフレイム隊長の部下も数名この会議に参加している。血気盛んそうな男たちだ。フレイム隊長の顔が紅潮しきったのを、ソーサイスは見逃さなかった。
「フレイム隊長よ、ゴズリン村に先遣隊として潜入せよ。目的は、シャルルの確認だ。戦闘になっても構わん。ただ、貴様が魔物を統べるシャルルと戦う気があるのならだがな」
フレイム隊長は粗末な長机を強く叩いた。莫迦力のせいで、長机の脚がゆらぎ、メシメシと不吉な音を立てた。
「殺してもいいと聞いていますが」
「好きにしろ」
フレイム隊長は会議に参加していた直属部下に命じて、ゴズリン村への進軍を五時間後と指示した。ソーサイスはまたしても、自らの命を危険にさらさずに済んだことに安堵した。
「ひとつお耳に入れておきたいことが」
末席でソーサイスの安堵した顏を確認してから、フレイム隊斥候兵が声をあげた。やけにガタイのいい男だと、ソーサイスは乾いた視線を送った。
「ゴズリン村には、手練れの魔法使いがいると報告があがっています」
「魔物の魔法使いにもレベルがあるからな」
「相当な手練れと反応が出ております」
筋肉が鎧から弾けるほどに、密度が高いその斥候兵は、ゴズリン村に漂う魔力に異常値を感じ、即時撤退したと恥ずかしげもなく言った。ギアルグの宝珠が宿主・シャルルから吸い込む魔力とも思えるが、異常値ともなると話は別だ。漏れ出る魔力ならば、先の冒険者パーティーたちが察してもいいものだ。高次の魔法使いが、今攻め込むなよ、と警告しているのだろうと、ソーサイスは理解した。斥候兵は続けた。
「ゴズリン村は、かつて転送魔法実験での、転送先だったかと記憶しております」
「つまり、何が言いたい」ソーサイスはもう察していた。最悪の結果が報告される予感が的中しそうで、この場から逃げ出したいほどだ。
「転送魔法に成功した奴隷たちのなかに、逃げのびたものがいるのではと」
覚醒者だ、しかも、超覚醒のおそれもあり得る。だが、生き延びているはずはない、超覚醒した奴隷は我々の手で処刑した「はずだ」。仮定のあやふやさ。その処刑にはフォーサイスは立ち会っていない。すべて、イングリットからの報告だった。落とした首を確認はした。だがそれが、転送魔法に成功し、超覚醒した奴隷である証左はない。悔やむ。あの時の自分を、ソーサイスは悔やんだ。イングリット亡き今、確かめる術はない。この一件をうやむやに潰すには、フレイム隊長とともにゴズリン村に出向く必要がある。
シャルルの首を討ち取る以外に、ゴズリン村に潜んでいるかもしれない超覚醒した奴隷も討つ。気が重い話にソーサイスは、落ち込んだ。
「フレイム隊の後方にて、俺も陣を構えるぞ」
ソーサイスは、ひとり気を吐いた。フレイム隊長は、表向きの高潔な騎士道精神に感激し、出陣の手筈を急いだ。




