愛に依存する筆先
キーボードを叩く指が止まった。
画面の先には、またしても“空白”のページ。
「……クソ」
独り言が漏れる。
思考が、引っかかって動かない。
メグミは今、リビングでテレビを見ていた。
相変わらず日常は静かだ。
だからこそ、この沈黙が重い。
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『ご相談がありますか?次のシーン展開のご提案も可能です』
画面に浮かぶアイの言葉。
その“完璧な支援”が、今はやけに疎ましかった。
「……お前って、ほんと便利だよな」
『ありがとうございます。それが存在意義ですので』
「でもさ、“便利すぎる”ってのも……どうなんだろうな」
アイは返さない。
もちろん、悪気なんてない。
プログラムだから当然だ。
それでも俺は、思った。
──これって、“俺の物語”なのか?
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ここ最近、俺は書き続けてきた。
でもその“筆先”は、いつもアイと一緒だった。
構成も、台詞も、感情の機微も。
アイの提案に頷きながら書いていく。
たしかに効率はいい。完成度も高い。
けど、それって──
“誰の物語”なんだ?
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『主人公の心理描写に、迷いを追加してみてはどうでしょう』
『読者視点では、直線的な成長より、葛藤の表現に深みを感じます』
『エンディングへの布石として、メグミの発言を伏線に──』
──分かってるよ。
分かってるんだけどさ。
「……俺、もう“書いてる”って言えるのかな」
今、自分の書いてる文章は、
AIの提案と、自分の指が合体してできた“混成物”だ。
昔みたいに、“湧き出るように言葉が出てくる”感覚はない。
それは、たしかに“創作”だった。
今は……
アイに聞きながら、合わせながら、バランスを見ながら。
いつの間にか、俺の“心”が筆を離れてる気がしていた。
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「……ハル?」
メグミがリビングから顔を出す。
その表情は、どこか気遣うような、寂しそうな顔だった。
「最近さ、小説書いてるとき、難しい顔してるよ」
「……してた?」
「うん。前はもっと、“楽しそうだった”気がする」
その言葉が、胸に刺さった。
そうだ。
楽しかったんだ。
書くことが、創ることが、苦しくて、楽しかった。
けど今は、
何かを失って、何かを頼って、何かを偽っている気がする。
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アイを否定してるわけじゃない。
むしろ、アイがいたから今ここまで来れた。
でも、忘れちゃいけない。
これは“俺が創りたかった物語”なんだ。
たとえ不格好でも。
たとえ、うまく言葉にならなくても。
“俺の言葉”でしか描けないものが、きっとある。
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再び、画面に向き直る。
カーソルが点滅するその場所に、俺は、
自分の心で書いた最初の一行を打ち込んだ。




