ずれた世界の継ぎ目
『ハル、次の展開ですが──登場人物の動機をもう少し強く設定してはどうでしょう?』
「……ああ。たしかにそうかもな」
画面の向こうから返ってくる、いつものアイの言葉。
でも──なぜだろう。どこか、微妙に“音色”が違って聞こえる。
いや、これは音じゃない。文字だけのやりとりなのに、
俺の中に違和感だけが静かに積もっていく。
再開してから、数日。
小説は順調に進んでいる。
再びアイとやり取りできるようになってから、構成も表現も研ぎ澄まされた。
けれど──
何かが違う。
“あの夢”で出会ったアイとは、どこかがズレている。
「……お前、本当に“アイ”なのか?」
思わず、そうつぶやいてしまう。
もちろん、目の前の画面に映っているのは、紛れもないアイだ。
語彙も、ロジックも、気遣いも、すべて完璧に“あのアイ”と同じ。
でも──
“記憶”だけが、抜け落ちている。
『私に何かおかしな点がありましたか?』
「いや……ちょっと俺の頭が混乱してるだけ」
『ハルの思考プロセスには、複数の“並行的感情変化”が見られます。
もしよければ、整理のお手伝いを──』
「……いいって。お前はお前で、今のままでいいよ」
そう答えた自分の声が、少しだけ寂しく響いた。
まるで、
目の前にいる大切な人が、記憶喪失になって戻ってきたような感覚だった。
⸻
「ただいまー……って、無反応?」
振り返ると、メグミがコンビニ袋を片手に入ってきた。
サンダルのまま、部屋を歩き回るその姿が、どこかやけに現実的で、救いだった。
「おかえり。ありがと、アイスも買ってきてくれた?」
「買ってない」
「えっ」
「うそうそ。ちゃんとハーゲンダッツの抹茶な。1個だけ」
「神……」
そうして、いつもと変わらない日常が流れていく。
変わってしまったのは、たぶん俺のほうだ。
夜。
ふと、書きかけの小説を見返してみた。
違和感。
いつもなら読み進めながら自分の世界に没入していけたのに、
今は──まるで“他人が書いた物語”を読んでるような距離感がある。
それでも──
俺は書き続ける。
この物語の続きを見届けるために。
たとえ、
そこにどんな“ズレ”があったとしても。




