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【完結】異世界への招待状 おじさんはそれなりにがんばる  作者: りのぺろ
エピローグ

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最終話 おじさんのそれなりの日常

「お疲れ様でしたー。じゃ、お先に失礼しまーっす」


金曜日の午後六時、定時退社を告げるチャイムと同時に、俺は会社のデスクを綺麗に整えて立ち上がった。

周りの同僚たちが、週末の残務整理に追われる中、俺は彼らに軽く手を振ってオフィスを後にする。一年前の俺なら、「定時退社なんて申し訳ないな……」と、周りの目を気にしてダラダラと残業に付き合っていたかもしれない。だが、今の俺には、週末に「絶対に遅れられない大切な予定」がある。

駐車場に向かい、愛車に乗り込む。

エンジンをかけ、いつものようにスマホで最新作の異世界アニメを再生しながら、車を自宅へと走らせる。


「よし、今週も仕事は終わった。……さて、週末の準備を始めるか」


自宅に戻り、妻と二人の息子たちといつも通りに夕飯を食べる。


「お父さん、明日ちょっと買い物付き合ってよ!」


「ああ、いいぞ。午後からたっぷり付き合ってやるからな」


子供たちとの何気ない日常。これこそが、俺が絶対に手放したくなかった大切な「地球の時間」だ。

そして夜。家族が皆、心地よい寝息を立てて寝静まった深夜。俺は一階の書斎の奥にひっそりと佇む、俺にしか見えない木製の『転移ドア』の前に立った。ドアノブを回し、そっと扉を開ける。隙間から流れ込んできたのは、ひんやりとした森の夜風と、パチパチと薪が爆ぜる暖かな音。


俺は一歩、踏み出した。



**

「ただいまーっと」


ドアを抜けると、そこは陽だまりの村の中心にある、俺の自宅の応接間だった。

時刻は、この世界でも深夜であった。

俺が転移ドアを閉めた瞬間、部屋の暖炉の前で寝そべっていたヴァイスが、ふっと片目を開けて俺を見た。


「おかえり、主よ。今週の地球のお土産は、ちゃんと買ってきたんじゃろうな?」


「ああ、もちろん買ってきたぞ。ヴァイスのリクエストの『特選霜降り肉』と、子どもたちのためのジュースに絵本だろ? たっぷり異世界ボックスに入ってるぞ。安心してくれ。」


「きゅっきゅ!」


ちなみにハムは元の世界への未練はないのか、ずっと異世界にいる。俺の足元で、ハムが「お帰り!」とばかりに飛びついてくる。俺はハムを拾い上げ、肩の上へと乗せた。


これが、俺の新しい「それなりの日常」だ。

平日は地球でしがない会社員として汗を流し、週末は転移ドアをくぐって「陽だまりの村」の村長として、開拓とスローライフを楽しむ。

二つの世界を行き来する二重生活は、思ったより忙しい。だが、そのどちらもが、俺にとってかけがえのない大切な日常だった。


「来れる時間は少なくなったけど、これはこれでありだよな」


俺は一人呟いていた。

**



翌朝。

村中が騒がしい歓声に包まれていた。

俺が着替えて外に出ると、ウェスリーが泥と汗にまみれた顔で、満面の笑みを浮かべて俺の元へと駆け寄ってきた。


「ムクノキさん! やりました! ついにやりましたよ!」


「どうした、ウェスリー? 朝からそんなに興奮して」


「温泉ですよ! 温泉! ボルガンさんから教わった地質調査の技術と、自分の土魔法を組み合わせて、村の外れの岩場を掘り進めていたら……すっごく温かくて気持ちいいお湯がドバドバと湧き出してきたんです!」


「温泉だって!?」


ドワーフの掘削技術、恐るべし。

ウェスリーは、その職人としての技術と、村の子供たちのためにという情熱のすべてを注ぎ込み、あっという間に、村の外れの景色の良い高台に、立派な岩組みの「大露天風呂(混浴)」を作り上げてしまった。

そして、その日の夕方。

「陽だまりの村」に、初めての温泉大浴場がオープンした。


「わー! お風呂だ! すっごく温かいよ、お兄ちゃん!」


「本当ね! まるで極楽のようですわ」


リリィが子供たちと一緒に、湯船の中でパシャパシャと水を掛け合ってはしゃいでいる。シスターも、普段の厳格な表情を和らげ、お湯の温もりに心地よさそうに目を細めていた。


「ふぅ……。極楽、極楽じゃのぅ……。地球の風呂も悪くなかったが、この大自然の中で入る温泉は、格別という他ないのぅ」


湯船の端では、いつもの白い長髪の美女に変化したヴァイスが、岩に背中をもたれかけさせ、お湯に肩まで浸かっていた。

彼女の手には、俺が地球から持ってきた冷えたジュース(大人用のノンアルコールビール風炭酸飲料)が握られており、ぷはぁ、と実に美味そうに喉を鳴らしている。

その横には、


「ぷかぷか~♪ あったかいのぉ~♪」


人型の姿のまま、お湯の上に気持ちよさそうに浮かんでいるプリン。彼女の頭の上では、ハムが温泉のヘリで、お湯に落ちないように気をつけながら、ひまわりの種を「もぐもぐ」と幸せそうに頬張っていた。


「ウェスリー、本当によくやった。これで、開拓の疲れも一気に吹き飛ぶな」


「はい! ドワーフの技術がこんな形で役に立つなんて、自分も本当に嬉しいです!」


湯上がりのウェスリーと、シスターが作った冷たい果物水を飲みながら、俺は温泉から聞こえるみんなの楽しそうな笑い声を聞いていた。

一年前、ただの鬱蒼とした森だったこの場所が、今ではこんなにも温かい、生命と笑顔に満ちた場所になっている。その奇跡に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。



**

温泉を堪能した日の夕暮れ。

村全体が、燃えるようなオレンジ色の夕陽に染まる時間。

俺は、村の全景を見渡せる少し小高い丘の上のベンチに腰掛けていた。

ヴァイスは、変化を解いて本来の巨大な白い狼の姿へと戻り、俺のすぐ隣で静かに伏せて休んでいる。

俺は、そのヴァイスのフワフワとした温かい背中もふもふに贅沢にもたれかかり、プリンを膝の上で抱っこしながら、静かに目を閉じた。肩の上には、ハムがちょこんと乗っている。

地球のスーパーで買い込み、冷やしておいた缶ビールを、異世界ボックスから取り出す。

プシュッ。

心地よい金属音と共に、缶ビールを開けた。

一口、あおり、喉を鳴らす。


「くぅ……やっぱり、温泉上がりのビールは最高だな」


「主よ……我にもその麦のシュワシュワした苦い水をよこさぬか」


「ダメだ、ヴァイス。お前にはさっきの果物ジュースをたっぷりやっただろ。これはおじさんだけの特権だ」


「ケチな主じゃのぅ。まぁよいが」


ヴァイスはふっと鼻を鳴らし、巨大な尻尾を優しく俺の足元に巻き付けてくれた。その温もりは、極寒のザイリアでの過酷な戦いを思い起こさせ、そして、今の平穏がどれほど尊いものかを、改めて教えてくれる。

手首に結ばれた、色褪せたミサンガを見つめる。

異世界に転移してきた当初は、木の剣一本しか持たず、スライムに怯え、森の中でどうやって生き延びるかだけで頭がいっぱいだった。

それが、プリンと出会い、ヴァイスと出会い、ウェスリーやリリィ、そして多くの仲間たちと出会い、ついには世界の崩壊すら止めてみせた。


「異世界にきてなんだかんだと神のお手伝いしたり大変な目に合ったけど……。まぁ、おじさんはそれなりにがんばったよな」


ぽつり、と。

ビール片手に、夕陽に染まる我が村を眺めながら呟いた。


「お主は……それなり、どころではないがのぅ」


ヴァイスが、その黄金の瞳を優しく細めて俺を見上げた。


「お主がいたから、我らはこうして温かい場所にいる。お主が諦めなかったから、あの子供たちの未来は救われた。我らの主は、世界で一番誇らしい、最高のテイマーじゃぞ? いや暗殺者だったかのぅ? くっくっく」


「そうだよぉ~! あるじは世界一かっこいいのぉ~♪ プリン、あるじがだーい好きなのぉ~!」


プリンが、俺の胸元にぎゅっと抱きついてくる。


「きゅっきゅ!」


ハムも俺の頬に小さな鼻を擦りつけ、我が主を称えるように鳴いた。


「……そっか。ありがとう、みんな」


俺は、込み上げてくる温かな涙を誤魔化すように、冷えた缶ビールを再び一口、飲み干した。

地球の会社員、村木京介。

異世界のAランク冒険者、ムクノキ。

どちらの人生も、俺の人生だ。どちらの家族も、俺の大切な家族だ。

これからの日々も、きっとそれなりに忙しく、それなりに大変なことばかりだろう。

だが、俺には帰るべき場所があり、守るべき笑顔がある。


「よし……来週は、子供たちのために、地球のホットケーキミックスでも大量に仕入れてくるか」


「おぉ! その『ほっとけーき』とやら、我もぜひ食してみたいのぅ!」


「ぷりんはメイプルシロップたっぷりがいいのぉ~♪」


「きゅっきゅ!」


夕暮れの心地よい風が、俺たちの髪を、毛皮を優しく揺らしていく。

オレンジ色の光に包まれた陽だまりの村で、俺は愛する家族に囲まれながら、いつまでも、いつまでも、美しい夕陽を眺め続けていた。


「異世界への招待状――おじさんはそれなりにがんばる」 完

1話投稿忘れでズレてたのを修正してたら、完結設定が・・・なのでラストはまとめて投稿w

それはともかく、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

40代のおじさんらしく、どっちも大事だからどっちも選ぶ結末にしました。ステータス画面の数値やレベルは、あえて王道の最強カンストにはせず、おじさんっぽく中途半端で終わるような形にしました。

21万文字を超える長編になりましたが、皆様の応援(PVや反応)があったからこそ、最後まで走りきることができました。

改めまして、本当にありがとうございました!またどこかでお会いしましょう!

次回作はサバイバル系かな?

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