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第十三集「化かし合い」

 細作(シーツォ)、それって。

 「それってスパイ――」言いかけた口が塞がれる。


 「二度目の説明になるが」そう前置きをして、許宇様が語り始めた。

 曰く、各国から来る使節団には、純粋に朝貢・留学に来るものばかりではなく、当然ながら諜報活動を行う者が少なからずいる。しかし鴻臚寺客館を見張り続けることは不可能で、言葉の問題もある。だから、使節団から適当な人材を選んで、内部を探らせている――と。


「それって、私に仲間の情報を流せってことですか?」

「そういうことだ」

「できませんよそんな、仲間を売るなんて」

「ほう、つまりおまえの使節団には、細作がいるんだな」

「いるわけない! ――じゃないですか」


 多分。


 許宇様が俺をじっと見つめている。

 そういや壱岐くんは同意したって言ってたな。ここで俺が抵抗するのはマズイのか。だけど。


「――どうして私に」

 壱岐くんがスパイを同意するなんて、どうにも不可解だ。傔従(けんじゅう)くんにまで気を配る彼だぞ? そんな彼が、国を裏切るような真似をするなんて信じられないんだけど。


 「やれやれ、これも二度目だな」俺の問いに、許宇様は小さく息を吐いて、

「若くて体力もあり、気働きができて実直だ――とはいえ、できすぎているわけでもない。見た目通り子犬のような従順さでみなにかわいがられていて、『そんなことをしそうにない』というのも重要だ」

「なるほど……」

 許宇様にもある程度は認められているようではあるけれど。

 別に俺のことじゃないのに、微妙な気持ちになるのは何故? などと思っていたら、


「何より、私が好ましい」


 俺は反射的に目を逸らした。

 だから、俺が言われてるわけじゃないから! と必死に自分に言い聞かせながらふと――いや待て、これでごまかせるほど軽い話じゃない。国と国との話じゃないか。

 すうっと体の熱が冷めていく。

 

「自国に細作がいないと断言するのだから、何の問題ないだろう。つまりは何もしなくても報酬がもらえるんだから」

「報酬?」

「さすがに国禁書は無理だが、それ以外ならできる限り融通しよう」

 聞いたことがある。遣唐使が持ち帰れるものには、かなりの制限があったと。外出も許可制だったとか。


 それなら――あるかもしれない。


 時代の最先端を行く唐にしかない書物が手に入れられるならば、手に入れたくなるはずだ。到着初日に月光で読書し、異国人で役人(しかも長官の息子)に物怖じすることなく言葉を教え合う、知識欲旺盛な壱岐くんならば。

 急遽だろうと補欠だろうと、なんだかんだ言って国の代表。名門のボンボンと言うわけでもなさそうだし、邪気のないかわいい見た目通り全てに従順、ではないだろう。とんだ言いがかりだと思っていた御仁の発言も、実のところ全部ががでたらめ、というわけじゃないのかもしれない。


 微笑ましい? 二人だと思っていたのに……俺の心の声が聞こえたのか、絶妙なタイミングで許宇様が右の口角を上げてみせた。


 そうか。

 それは許宇様も織り込み済みなのか。

 それもきっと壱岐くんは分かってて――笑顔で対峙しながら虚実織り交ぜエンドレスの化かし合い。あ、こういうのって好敵手っていうんじゃね? 知らんけど。


「ちなみにこの展開も二度目だ」

「そうなんでしょうね」

 俺は苦く笑うしかなかった。

 もはや俺のような、自分だけのことを考えて惰性で生きてる人間には分からない世界だ。そもそも、此処は俺の世界じゃないし。


 となれば、俺がやるべきことはただ一つ。


 「ところで」話を変えるべく、俺は二階に目を投げる。「彼は、どうなるんですか?」

 つられたように上を見上げた許宇様は、「ああ」と声を上げ、

「数日後に帰国の途につく大使一行と一緒に都から出す。それまでは大使たちと同じ建物に移動させ、監視役を付ける。その後は、どこぞの城市の学校に行かせよう。都には留学生が溢れている、転籍などよくあることだ」


 まだ誰も学校から帰ってきていない。それだったら、少なくとも他の留学生には接触することはない。


「長安は留学生が溢れているからな。転籍など、よくあること。大使たちにもそう告げてある。――彼の話は、これで終わりだ」

 つまり、今回のことが他の誰かに知られることもない。ならば、御仁の将来に傷がつくこともないのか。そして少なくとも外野から、壱岐くんにこの話が伝わることもない。


「ありがとうございます」

 知ったところで気にしないような気もするし、いつかは知るのだろうけれど。

 相手が悪かったよ、御仁。あんたの言う通り、かわいい顔してなかなかにしたたか者だよ壱岐くんは。だから今回のことが大事にならなかったことに感謝して、おとなしく、めげずに生きていってくれ――同世代のよしみで、そう祈っておいた。


 俺は、二階に投げていた目を再び許宇様に移した。

「ところで――色々融通していただけるとのこと。早速一つ、お願いがあるんですが」

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