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第十一集「理屈ではない」

 そこには驚愕の表情を貼り付けた、あの御仁がいた。


 え、この人? 何で? 

 壱岐くん、息子くらいの年齢じゃないの? 

 正直、一番想定外の人だったかもしれない。だから凄く驚いた。けれど、ちょっとホッともしていた。


 よかった大伴くんじゃなくて。


 あれだけしてくれたのが全部嘘だったなんて、たった一日しか一緒にいなかった俺だって多少は傷つく。壱岐くんだったらきっと、立ち直れないだろう。


 小さく息を吐いた。

 そうとなれば相手が誰であろうが、やることは決まっている。

 俺はベッドから立ち上がり、御仁と対峙した。


「悪意あってのあの行動だとは思っておりましたが、まさか貴方だったとは――。私は若輩者ゆえ、分からないのです。私に至らぬ点があるのでしたら、ご教授いただけないでしょうか?」


 なるべく下手(したて)に、困惑とショックを滲ませてそう言うと、御仁はフン、と鼻を鳴らした。「相変わらず、人を小馬鹿にした物言いだな」忌々し気に、そう吐き捨てる。

 うまい言い回しじゃなかったか。だけど「壱岐くんらしい」言い方だったんだろう。ならばよし――俺はじっと目の前の御仁に目を注いだ。


 目が据わっている。

 食堂で見た時の穏やかさとはうってかわり、昏い悪意が全身に満ち満ちていて、それが溢れ出て陰鬱な気配を醸し出していた。とりあえず落ち着かせないと。まずは傾聴だ、傾聴。

 俺は御仁を悲しげにただただ見つめながら、次の言葉を待った。


 御仁は、震える指で俺を指さすと、「ならば教えてやる」

  

「単なる欠員補充で急遽選ばれた、禄に唐語も話せない身でありながら」

 ――そうなの?


「名門大伴の御曹司に擦り寄り」

 ――やっぱり名門なんだ!


「挙句、鴻臚寺卿(長官)の子息である掌客にまで取り入りやがって」

 ――許宇様って、御曹司なの!? 


「何の才能もない卑賎の身で、その見た目で誰も彼もたぶらかして」


 ――ん?


 ――は!?


 いやいや確かに壱岐くんかわいいけれども。

 いくらなんでもそんな――。


「どうせ、老官でもたらしこんで、実力もないくせに使節の一員に捩じ込んでもらったんだろうが。恥を知れ!」

 

「ふっざけんな!」

 気づいたら、俺は御仁に負けない声で言い返していた。


「黙って聞いてりゃ次から次へと――全部違う、全然違う! 何でそこまで、ありもしない妄想を広げられるんだよ、暇なの? 人のこと貶めてる暇があったら、一頁でも多く本読めよ! 一つでも多く、詩でも作ってろよ! だいたい、自分の子供くらいの少年に嫉妬とか、恥を知るのはどっちだよ!!」


 御仁が目に見えて震えだしたのを見て、俺はハッとする。

 まずは傾聴。そこから対話の糸口を――そう思っていたのに。俺、何やってんだよ!


 御仁は血走った目で辺りをキョロキョロし出し、その目が背後の文机に留まった――と思ったら、そこに飛びつき、何かをガッと握ってこちらを振り返る。

 右手には小刀が握られていた。刃先がギラリと光る。

 彼はそれを両手でひしと握ると、こちらににじり寄ってきた。


 おい、ちょっと待て。

 思わず後ずさるが、半歩でベッドの縁に思いっきりあたった。傍らの小机に置かれていた茶器セット一式が落ちて、割れる音がする。 


 俺はにわかに思い出した。

 「やましいことがなくても信用を得られるわけじゃない」ってドラマのセリフを。

 日常に追われるなか、うわべだけ取り繕って深く考えない生活が当たり前になっていた俺はすっかり忘れていた。


 道理では測れない人の感情がこの世にはあることを。

 後先なんか微塵も考えていない、常人では全く理解できない理屈でもって他人を犠牲にする道を選ぶ人がいることを。


 壱岐くんが正しいとかどうとかじゃなくて――これは、本気でヤバい。


 コン! 小気味いい音がした。

 そちらを見ると、扉の下に閂にしていたはずの木の棒が落ちている。真っ二つになって。


 バンっと扉が派手に開く。

 「そこまでだ」許宇様が、そこに立っていた。

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