第十六話 現実
「セシル、ごめん、俺……」
「え……あ……」
揺さぶられながら光を灯さない瞳で見つめられるのはあまりに怖かった。たった二日の付き合いだけど、俺からしたら初日から一緒にいた人だ。もしかしたらこの場で捨てられるかもしれない。でも、ここで嘘をついたらダメな気がする。
「俺、グレイじゃないよ。ドロテアの言う通り、別人なんだ」
「じゃ、じゃあ、グレイは……」
はっきりとそう告げれば、セシルはドロテアの方を向く。信じ難いとでも言うように、その唇は震えが止まっていない。
「身体を見た時、致命傷を負った痕があった。だから多分、その時に……」
「ッ……!う……!」
ドロテアが途中まで言いかけたところで、セシルの瞳から涙が溢れた。流石の俺も同情してしまう。グレイという奴は、間違いなく死んでいる。
「おや、泣いてしまったか。でもあたしは何もしてあげられないよ。禁忌は禁忌だからね」
「じゃあ!彼は誰なの!彼は!私はどうしたら!」
その通りだ。俺はグレイの身体に入った別人。ドロテアの反応を見るに、元々グレイとして生きていたけど、いきなり前世の記憶が戻って今の俺になった、という線は考えにくい。どうすればいいのだろう。
「それは彼本人も困ってるんじゃないかな。」
「あぇ……」
困った表情をしていれば、ドロテアが顎で俺の方を指し示す。それにつられてセシルが顔をこちらに向ければ、俺の複雑そうな顔を見て押し黙ってしまった。
「受け止めきれないだろうね。あんたからしたら、彼は幼馴染の皮を被ったバケモノと同義。難しい問題だ。飲み込むには時間がかかるだろうし、もしかしたら一生飲み込むことは出来ないかもしれない」
バケモノ。実際そうなのかもしれない。俺からしたら思ってもみなかった最高の第二の人生だ。だけど、誰かからしたらこれは望まれていなかった最悪の生まれ変わりだったんだろう。
「知ってるよ。グレイって子、予言の書で選ばれた勇者くんだ。それで、外で倒れてたのは旅の途中だったんだろう。どんな結果であろうと、彼は冒険を続けなければならないね。でも、セシル。あんたは違うだろう?」
「……ぅ」
ドロテアは賢い。賢いが残酷だ。二日しかいない俺でも、それは正論だと言うことが分かる。でも、こういう時に正論を叩きつけるのはよろしくない。
「いいんじゃないかな。あんたは旅を止めて帰っても。彼はあたしが引き取ろう。肉体はかなり出来ているのに、精神が全く成長していない。恐らくは今旅に戻ったとして足でまといだ。あたしが叩き直してあげよう」
ドロテアはセシルに選択肢を与えている。魔女と聞いて身構えたけど、かなり優しい人らしい。これには俺も安心……だが、ちょっと俺ディスられてない?実際そうなんだけど。この人の正論パンチ痛いな……
「あの、それって……」
「修行だよ。どうせ魔物とまともに戦った事ないんだろう?あたしが旅を続けられる程度にはしてあげるさ。そこからは自分で頑張ってもらうけどね」
俺がなにか言おうとして声をあげれば、ご丁寧に詳しく説明してくれた。聡い、というか心の中を読まれているような感覚。ちょっと怖いかも。異世界人怖い。でもまずは、感謝をするべきだろうな。
「それは、助かります!」
まぁ、こんな美人なお姉さんに修行をつけてもらえるなら俺も満更じゃなかったりー?なんつって!げへ!げへへ!
「なら良かった。ケイト、出来るね」
「はい、ドロテア様」
……そんな事はなかったらしい。後ろに立ってただけのケイトがドロテアの言葉に返事して俺の横に立つ。めちゃくちゃ睨んできてる。怖い。異世界人怖い。
「今から庭でケイトに教えて貰ってごらん。大丈夫、彼は魔法使いだけど、剣術もちゃんと教えこんであるから、その辺の剣士よりも強いよ」
今から!?ドロテアってなんか……割と強引っていうか、なんか……
と、そんなことを思っていたらケイトに胸ぐらを掴まれた。
「ほら行くぞ」
「あっ、ちょ、優しくしてっ」
ベッドから引き摺り出され、そのままドアの方へと引き摺られていく。床に叩きつけらた身体が痛い。普通に立てるっての!なんとか抵抗しようと足を床につけたところで、ケイトがこちらを見下ろしていた。
「お前……気持ち悪いな」
「う゛ッ!」
この人、言葉のトゲが凄い。




