第四百九十三話 クルセイス vs ティーナ
自分の目の前に突如として現れた、ティーナの姿を見て。クルセイスは最初だけ両目を見開いて驚いてみせたが……。
ティーナが右手に持つ黄金の杖を見て、すぐにその理由を理解する。
ティーナが手にしている杖は、グランデイル王家に代々伝わる黄金の杖だ。それは王家に仕えるグランデイルの騎士達を女王に従わせる効果があると共に。グランデイル王城の中に設置された、数々の仕掛けを作動させる効果が備えられている。
黄金の杖はクルセイスの自室の奥にある、隠し部屋の中に普段は封印されていた。
だが……おそらく、白アリの女王リルティアーナがティーナの体を乗っ取った時に。黄金の杖の場所を彼女に教えてしまったのだろう。
あの王家の杖があれば、地下空間から転移魔法を作動させ。地上へと瞬時にワープが出来る装置をティーナも使用する事が出来る。
つまりここにいるティーナは、それを用いて自分の後を単独で追ってきたという事らしかった。
「――ウッフッフ。それで? たった一人で私の前に立ちはだかって、まさか……この私を倒そうだなんて言うんじゃないでしょうね、ティーナ?」
クルセイスの言葉には、明らかにティーナを『格下の相手』だと見下す強い圧力が込められていた。
例え王家の血を引く者同士であったとしても。戦闘経験に関しては、ティーナとクルセイスの間には天と地ほどの実力の開きがある。
それが分かっているからこそ、クルセイスは目の前に立つティーナへ。侮蔑の態度を隠す事なく、畳みかけるようにして口から毒を吐き続けた。
「まぁ、あなたが確かにグランデイル王家の血を引いている事だけは認めてあげるわ。だって召喚された異世界の勇者達の中から早々に、最も強い能力を持つ優秀な遺伝子を持つオスを見つけ出し。その男を誘惑して、子を宿そうとしたのでしょう? 流石は王家の血を引く女ね。狩猟本能の高さと、獲物を見つけだす眼力の強さだけは認めてあげてもいいわ」
「……? あなたが何を言っているのか、私には全く分かりません。もし、私と彼方様の関係の事を仰っているのなら。私達には、あなたの考えるゲスの勘ぐりのような不純な関係は何一つありません。互いを心から想い合う、清純な結びつきしかない事を伝えておきますね」
ティーナの力強い宣言を聞いて。クルセイスは、元女王であったとは到底思えないような、高貴な品格などまるで感じさせない下品な顔つきを見せて。
両手で腹を押さえながら、その場で高笑いをした。
「あーーひゃっひゃっひゃっ!! そうなのねっ!! お前はまだ、あのコンビニの勇者と一度も肉体関係を結んでいなかったのね! それは、意外だわ! グランデイル王家の女はね、異世界から召喚された勇者の中から最も優れた能力を持つ勇者と交わって、王家の血統に『遺伝能力』を持つ女王が誕生する確率を高めようとしてきた淫売の血筋なのよ。だから私はあの『不死者』の力を持つクズ勇者と関係を持ったのだけど、本当に失敗だったわね。最初からコンビニの勇者を落としておけば良かったわ!」
クルセイスの話す説明は、ティーナは白アリの女王である古代のグランデイル女王。リルティアーナからも聞かされていた。
グランデイル王家は、代々異世界の勇者を婚約者として王族に招き入れ。その血筋の子孫に『遺伝能力』を発現させる確率を高めようとしてきた一族なのだと。
「クルセイス。あなたのような、心も体も邪なオーラに塗れた女に誘惑をされたとしても。彼方様は絶対に、あなたなんかには発情しなかったと私は言い切れます」
「へぇ〜。随分と強く断言するのね? よっぽどあのコンビニ男は、女性に対しての自制心が強いという事なのかしら? それともただ童貞をこじらせただけの、捻くれ者なのかしらね?」
クルセイスの追求に対して。思わずティーナは顔を少し赤らめて、言い淀んでしまった。
まさか……初期の頃のティーナは、あらゆる手段やラッキースケベ展開を装って、彼方に誘惑を試みてみたのだが……。
その全てが、ことごとく未遂の失敗に終わってしまったとは口が裂けても言えない。
けれど、今の自分はコンビニの勇者の彼方とは、既に濃厚な『キス』も済ましている関係だ。
クルセイスが下品に笑うような、穢れた関係ではない、互いを心から想い合う強い結びつきが彼方と自分の間には有るのだと……今は強く信じる事が出来ていた。
「彼方様は、確かに女性に対してとても奥手な方です。それに元の世界で童貞を拗らせてしまっている、性格に難ありの勇者様ですが……。心の中は、とても美しいお方なのです。だからあなたのように、自分の野心の為に無垢な人々を平気で犠牲にしたりする冷酷な女性には、決して心を開く事は無いでしょう」
「ふーん。どうだか……? 男なんて生き物はね、女が目の前で股を広げさえすれば。例え相手が誰であれ、野獣のように食らいつこうとする間抜けな生き物なのよッ!」
そう宣言するや、いなや――。
クルセイスは右手を前に向けてかざすと。容赦の無い、本気の青い電撃エネルギーをティーナに向けて放った。
あの薔薇の魔女のロジエッタでさえ、全身を真っ黒に焦がされてしまう強力な電撃の一撃だ。
グランデイル王宮の庭園に、本物のカミナリが空から落ちたかのような強い衝撃音が鳴り響いた。
だが……クルセイスの放った本気の電撃攻撃は、ティーナの体を焼く事は出来ずに。ギリギリのタイミングで、かろうじてティーナが自分の周囲に張った、虹色の防御結界によって防がれてしまう。
「ああ……なるほど。そうだったわね! さっきあなたは『結界師』の勇者から、結界を張る能力をコピーしていたんだったわね? でも、人の猿真似をする事しか能が無い。劣化版の能力者であるあなたが、一体どれだけ私の攻撃を防ぎ続ける事が出来るかしら? ウフフ」
クルセイスは、ティーナの持つ『複製』によって他者から獲得した能力の性能が低い事を知っていた。
オリジナルの能力と比較すると、ティーナが複製によって得られる能力は、30%未満ほどの限られた性能しか発揮出来ない。
既にグランデイル王城の地下にあった『ゲート』を失い。更には『不死者』の能力を持つ倉持さえも死んでしまっている以上――。
ティーナの持つ『複製移植』の能力は、その価値が全く無くなったとクルセイスは判断していた。
だから、ここでティーナを殺してしまっても構わない。
むしろ自分以外で唯一、グランデイル王家の血を引く存在として。自分が居なくなった後のグランデイル王国を統治する存在となった目障りな小娘を……出来る事なら今すぐにでも、自分の手で直接始末してやりたいとさえ思っていた。
「うっ……、ううっ……」
ジリジリと体を低くして。苦悶の声を呟きながら、後ろにゆっくりと後退していくティーナ。
その表情は長距離マラソンを走り切った後のような、激しい疲労感に満ちていて。既に息切れを起こしている。
その様子を見て、あと少しでティーナの張る防御結界を破壊出来ると判断したクルセイスは、休む事なく電撃エネルギーを放ち続け。
ジリジリとカエルを追い詰めるヘビのように前に進み。後退するティーナに迫っていく。
だが、クルセイスがどれだけ力を込めても……。
ティーナの張る虹色の結界は、破裂する寸前のギリギリのラインでかろうじて維持されていて。いまだに崩壊する事だけは免れていた。それは明らかに、ティーナだけの力では無い、別の力が作用しているように見えた。
「……ウッフッフ。そういう事なのね。グランデイル王家の杖の効果を『結界師の能力』に転用して。その力をこっそりと高めているという訳なのね」
オリジナルの『結界師』の能力より、遥かに劣る劣化版の力しか持たないティーナは……。
グランデイル王家に伝わる黄金の杖の効果を、結界の能力に流用して、その能力を高めているらしい。
それで先ほどから、ずっと電撃攻撃を加えて追い詰めているにも関わらず。
後……一歩の所で、ティーナは自身の能力値の限界を超えても。かろうじてクルセイスの猛攻を耐え凌ぐ事が出来ている、という事のようだった。
ここにきてクルセイスの表情に、初めて焦りの色が浮かび始めた。
このままでは互いの能力の限界値を削りあう、消耗戦に突入してしまう。
最終的には防御結界を破壊して。目の前にいるティーナを黒焦げにして、焼き殺す事が出来たとしても……。その結果を得られるまでには、しつこく粘り続けるティーナのせいで、まだ少し時間がかかりそうだった。
ここで、あまり長い時間を浪費する事は出来ない。そう――クルセイスは、こんな小娘一人に構ってはいられない理由があるのだ。
これ以上、時間が経てば。王城の地下にいた他の異世界の勇者達がそろそろこの場所を嗅ぎつけて。やって来てしまうかもしれない。
それに巨大コンビニ要塞も、もう……すぐ目と鼻の先にまで急接近してきている。
元グランデイル女王として、この地を統治していたクルセイスにとって。今やこの場所は、自分を殺そうと追撃してくるハンター達がウヨウヨいる、完全にアウェイの場と化し。安全とは到底いえない危険地帯と化していたからだ。
本当なら、今すぐにでもここから逃げだして。王都の外に脱出しないといけない。
だが……あと少しで、目の前で弱っているティーナを殺害出来るのなら。ティーナだけは、ここで確実に始末しておきたいという気持ちもあった。
それはクルセイス自身のプライドも、大きく関係していた。単純な話、クルセイスは自分以外の別の人間が、グランデイル王国を牛耳る事が許せなかったのだ。
だから、生意気なティーナだけは……何としてもこの場で始末しておきたかった。それなのに……!
「クッ……!! まだ、死なないのッ? 本当にしぶとい小娘めッ!!」
クルセイスが放つ電撃を、ティーナは既に地面に倒れ込みながらも。黄金の杖の力を借りながら、ギリギリのラインで防御結界を維持させ続けていた。
こうなったら、もう……ただの我慢比べだ。
ここまでしたのだから。ここまでリスクを負って、時間と労力を消耗したのだから。
あと少しで殺せるのなら、確実にティーナを始末したい。目の前で倒れている小娘が黒焦げになって焼け死んだ姿をちゃんと見届けてから、この場を去りたい。
それはもはや射倖心を煽るギャンブルに依存し、没頭する行為にも等しかった。
あと少し、あと少しで……ティーナを殺せる。そう思うと、電撃を放つ手を止める事が出来ない。
だが……もう、クルセイスには残された時間は余りにも少なかった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
やっとティーナが、精魂尽き果てたのか。その場でガクッと体を震わせて、手にしていた黄金の杖を地面に落としてしまった。
同じタイミングで、クルセイスも放ち続けていた電撃エネルギーをいったん止めて。呼吸を整えながら、動かなくなったティーナの様子を確認する事にした。
確かにティーナは、地面の上でピクリとも動かなくなっている。あと一撃を加えれば、確実に殺害する事が出来るだろう。
だが……クルセイスも既に疲労困憊で、電撃エネルギーをほとんど全て使い果たしていた。
正直な所、あと一撃を放てるかどうか……というギリギリの所まで能力を使い切ってしまっている。
クルセイスは目の前で倒れているティーナを見つめて。この最後の一撃をティーナに向かって放つべきかどうか、迷ってしまう。
白アリの女王リルティアーナから引き継いだ、白アリ兵達は全て失ってしまっている。そんな丸腰の状態で。自分が持つ電撃能力さえも全て使い果たした状態で、ここから外に脱出するのはかなり厳しいだろう。
既に巨大コンビニ要塞から放たれた、無数の黒いカマキリタイプの機械兵達がグランデイル王城の外には大量にひしめいている。
いくら不老の寿命を持っていたとしても。まさか武器を何も持たない丸腰の状態で、ここから逃亡する訳にはいかない。万が一敵に見つかってしまったら、すぐにでも殺されてしまう危険性があるからだ。
「クッ……! 本当に運のいい小娘ね! 今回はあなたを始末しないでおいてあげるわ」
そう吐き捨てるように呟くと。すぐに踵を返して、クルセイスは庭園の外へ撤退しようと足早に移動を開始した。
すると――。
走っている途中で。クルセイスは突然、自分の体が『重くなった』ような謎の感覚に襲われてしまう。
「えっ……? 何なのよ、この感覚は……?」
その時、クルセイスの背後から。大きな雷撃のような音が鳴り響き。
庭園の外に向かって走っていたクルセイスの体は、青い稲妻のように強力な電撃エネルギーを背後から浴びて。
その全身は高熱の鉄板に押し付けられたかのように、真っ黒に焼かれてしまった。
「グギャァアアアァァァ――!?!?」
体を黒焦げにされたクルセイスは、慌てて背後を振り返る。すると……そこに居たのは、何とティーナだった。
先ほど力尽きて、地面の上に倒れ込み。一歩も動けなくなっていたと思われたティーナが……その場で立ち上がり。こちらに向けて黄金の杖をかざしていた。
「こ、この、小娘ッ!! まさか……!?」
驚愕の表情を浮かべて、クルセイスはその場に倒れ込む。既にクルセイスの全身は、ティーナの放った電撃に体を焼かれて黒焦げになっている。それはまさに致命的な重傷を負った状態だといえた。
そう、ティーナは……わざと弱っているフリをしていたのだ。
これまでのティーナの行動の真意が理解できたクルセイスは、その場でワナワナと震え上がってしまう。
ティーナは、確かに自身が複製した『結界師』の能力を限界まで消費していた。
だが、常に余力を少しだけ残して。あと少しで力尽きてしまう寸前の状態に見えるように、クルセイスに対して、段階的に自分が弱っているように見える『演技』をしていたのだ。
クルセイスは、それにまんまと乗っかってしまった。
あと少しでティーナを殺せるのなら。確実に始末してからここを脱出したいという……むき出しの欲望をティーナに見透かされて、完全に利用されてしまった。
ティーナは、ここにクルセイスを長く引き留めておく為に。ギリギリまで自分が弱っていく姿を演出して。
そして最後に油断したクルセイスが、この場から離れようとした、その瞬間に――。
複製の能力を使用して、今度はクルセイスから『電撃』の能力をコピーして。背後からその電撃エネルギーを放ってきたのだ。
……プスプスと、肌の焼け焦げる匂いがする。
これまで何度も自身の持つ電撃の能力で、他者を黒焦げにしたきたクルセイスは……。まさかその自分の能力で、まるで焼き魚のように、全身をこんがりと焼かれてしまうなんて、想定さえしていなかった。
「クッソがああァァッッ!! この小娘めェェッ!!」
ティーナが、名取からコピーした『結界師』の能力を捨てて。今度はクルセイスから電撃の能力をコピーしたというのなら。
今のティーナは、自分の身を守る為の防御結界が張れなくなっているはず。
怒りで我を忘れたクルセイスは、もう後先を考えずに。目の前にいるティーナも、自分と同じように黒焦げの状態にしてやろうと。右手を前にかざして、残された最後の電撃エネルギーを全放出してティーナを焼き殺そうとした。
「死に晒しやがれええぇぇぇッ、ティーナァァァァッ!!!」
クルセイスの右手から青い稲妻のエネルギーが、まさにティーナに向けて放たれようとしていた、その瞬間に――。
「や〜〜っと、クルセイスに追いついたよ〜〜! ティーナちゃん、ありがとう〜〜!」
もの凄いスピードで、後方から駆けてきた。『暗殺者』の玉木の振るうダガーナイフが、クルセイスの右腕を斬り落としてみせた。
「――グキャャッッ!?!?」
動揺するクルセイスを尻目に。玉木はそのまま畳みかけるようにして、クルセイスの首を一気に斬り落とそうと試みるが……。
クルセイスは必死に、自身が持つ最後の電撃エネルギーを周囲に向けて大放射する。
「おおっと、危ない〜〜!! 電気ウナギには迂闊に近寄っちゃいけない。一家揃って回転寿司好きな玉木家にとって、これは一般常識な家訓なんだからね〜!」
回転寿司のネタに電気ウナギがあるのかどうかは、さておき。間一髪のタイミングで、玉木はクルセイスの放った電撃攻撃を避けてみせた。
だが、クルセイスはその瞬間をついて。空から猛スピードで降りてきた、グランデイル王国が所有している逃走用の飛竜に飛び乗り。
急いで空に向けて飛び上がると、この場から緊急離脱をして。グランデイル王城から離れていく。
「ハァ……ハァ……。絶対に許せない……ティーナ! お前だけはいつか必ず、この私が直接始末をしてやるわッ……!!」
そう叫び、飛竜を猛スピードで空に向けて進ませていたクルセイスの表情が……一瞬にして、青ざめた。
すぐ真下を見ると、庭園の外でこちらに向けて真っ直ぐに狙いを定めている『白い光』が見えたからだ。
それは『狙撃手』の勇者の紗和乃が、彼女の持てる全てのエネルギーを込めて。魔法の弓矢による渾身の一撃を空に向けて放とうと、地上からこちらを見つめて。クルセイスが乗る飛竜の一点に狙いを定めている姿だった。
「待ってッ……!! それだけは、やめっ……!!」
クルセイスが空の上で、命乞いの言葉を発する間もなく。
紗和乃は一切、躊躇わずに。彼女の持つ最大火力を込めた魔法の矢を空に向けて解き放った。
「この世界から、完全に消え去ってしまいなさいッ!! クルセイスーーーーッ!!」
””ズドドドドドーーーーーーーーンッ!!””
地上から紗和乃の放った、幅10メートルにも及ぶ。まさに巨大電子砲のような強力ビームが空に浮かぶクルセイスに向けて放たれ。
慌てて飛竜から飛び降りようとしたクルセイスの全身を――空の上で、瞬時にして消失させてしまう。
異世界に召喚された、2年3組の異世界の勇者達の運命を弄び。12人近い仲間のクラスメイト達を殺害した事件の全てにも直接関わり。
この世界で大きな侵略戦争を引き起こし、多くの罪の無い人々を死に追いやってきた、元グランデイル女王のクルセイスは……とうとう、この世界から完全に消滅したのだった。




