第四百九十二話 王家の血を引く者の戦い
「……ゆ、悠都くん……!? そんなッ……!? 嫌っ!! そんなのは、絶対に嫌よっ!!」
自分の目の前で鮮血を飛び散らせながら、クルセイスに剣で胸を貫かれた倉持の姿を目撃して。
『結界師』の名取は、この世の終わりのような表情をして。その場で半狂乱になりながら泣き出してしまう。
そんな、自分の為に涙を流す名取の姿を見て。倉持は自分の胸に突き刺さっている、クルセイスの剣を握りしめながら。名取の顔を見つめて優しく微笑んでみせる。
「良かった……。最後に大切な美雪さんを守る事が出来て……。僕はもう、これで何も思い残す事はないよ」
倉持は『不死者』の能力によってストックの出来る、命の残数を全て使いきってしまっている。
つまり……今の倉持はもう、二度と生き返る事が出来ない状態だった。
その為、深々と胸に突き刺さったクルセイスの剣が、倉持悠都の命を永遠に失わせる致命傷を与えていたのは、誰の目から見ても間違いなかった。
「……ウッフッフ。まさか臆病者のあなたが、自分の命を犠牲にして他人を守ろうとするなんてね。最後の最後に精神が壊れて、とち狂ってしまったのかしら? 私の可愛いおもちゃの、倉持様」
クルセイスは侮蔑をするように、真っ赤な血に染まった倉持を嘲笑してみせる。
だが……そんな、クルセイスのふざけた態度を見ても。今の倉持は何も悔しさを感じている様子は無かった。
むしろ自分のした行為を誇らしげに笑い、満足しているようにさえ見える。
「美雪さんは、他人じゃない。僕にとって一番大切な人だ。好きな人の命を守って死ねるなら、男としてこんなにも満足の出来る最期はないからね。それにクルセイス、僕はお前にも最後に一泡吹かせてやりたかったのさ」
「私に一泡を吹かせるですって? ベッドの上で腰を振る事しか能の無かった私の可愛いおもちゃが、最後に一体何が出来るというの? そのまま死んで、黒焦げに体を焼かれてこの世から完全に消え去るといいわ」
クルセイスはニヤリと笑うと。倉持の胸に突き刺した帯電剣を一気に引き抜こうとした。
だが……剣は抜けなかった。どんなに力を込めて引っ張っても、倉持の胸から剣を引き抜く事は出来ない。
よく見ると。瀕死のはずの倉持が、必死に両手に力を込めて。クルセイスの剣が自分の体から抜けないように、剣の刃の部分を両手で強く握りしめているのが分かった。
「この……!! 死に損ないのクソ勇者がッ!! 私の剣を今すぐに離しなさいッ!」
「……フッ、お前はこの剣が無いと困るんだろう? 残念だけど、僕は他人の嫌がる事をするのが昔から天才的に得意なんだよ」
倉持は口から大量の吐血をしながらも、彼に与えられたもう一つのスキル。『女神の祝福』を最後に使用して。
自分とクルセイスとの間に、鋭い真空の刃を伴う風の上級魔法を発動させてみせた。
「――唸れ、風の妖精シルフ達よ! 僕の呼びかけに応じて、対象物を跡形も無く切り刻んでみせるんだッ!」
倉持の発動した風の上級魔法によって、彼の両手に真空の刃が無数に集束されていき。
クルセイスが倉持の胸に突き刺した魔王遺物、帯電剣を強力な風圧の力で包み込み、一気にへし折ってみせた。
「なッ……!? そんなバカな事が……!?」
慌ててクルセイスは、ゾンビのようにしつこく剣を握り続けている倉持の体を強く蹴り飛ばすと。
風の刃から自分の体を守る為に、倉持の体からいったん遠くに距離を取る事にした。
そうしないと、倉持が発動させた風の上級魔法によって。至近距離に立っていたクルセイスの体も、玉ねぎのスライスのように細かく切り刻まれてしまいかねなかったからだ。
それにしても、まさか……この土壇場で。今まで精神が崩壊して自分の殻に閉じこもっていた、クズ勇者の倉持の精神が覚醒し。
グランデイル王家に代々伝えられてきた古の帯電剣を、折ってしまうだなんて……クルセイスは予想さえ出来なかった。
だが……冷静なクルセイスは、これで自分がここにいる異世界の勇者達に勝つ為の手段を、全て失ってしまった事を瞬時に理解した。
ならばここは、何としてでも……この場からすぐに撤退しなければいけない。クルセイスはこれから取るべき行動を再計算して、その為の準備を開始する事にした。
「く、倉持くん……!!」
胸を剣で貫かれた倉持の周りには、すぐに彼のクラスメイトの勇者達が集まってくる。
地面に倒れて、大量の赤い血を流している倉持の側に駆けつけた紗和乃や玉木は、すぐに彼の置かれている厳しい状況を理解した。
そう……倉持はもう、決して助からないのだ。
『不死者』の勇者として、有限ではあるが。死してもなお……蘇る事の出来る能力のあった倉持には、自身の命を再生させる為の命の残数がもう残されていなかった。
だからクルセイスに剣で胸を突き刺され、破損した内臓から大量の血を流し続けている瀕死の倉持を助ける手段は、何も存在しなかったのである。
「みんなにも、沢山迷惑をかけて本当にすまなかったね……。僕からの最後のお願いだけど、彼方に会ったら、彼に謝っておいて欲しいんだ。本当に悪い事をしてしまって、心から申し訳なかったと……」
「悠都くん! 悠都くん……! 嫌だよ……! お願いだから、私を置いていかないで……!」
名取は顔にかけている眼鏡を外し。両目から大粒の涙を流して、体温が急速に冷たくなっていく倉持の体をきつく抱きしめ続けている。
そんな名取の姿を見て、倉持は……悲しそうな表情を浮かべつつも。
どこか吹っ切れたような、まるで憑き物が落ちたような、晴れ晴れしい顔つきをしているように見えた。
倉持の突然の心境の変化は、ここにいる紗和乃や玉木達には、すぐには理解出来なかったかもしれない。
だが、倉持は……今。最期を迎えようとしている自分自身の人生の終着点に、心から満足していた。
確かに望む未来では無かったかもしれないけれど、奈落の底に堕ちる寸前の所で、自分の事を大切に想ってくれている女性に小指をギリギリの所で掴まれて。
元の正しい、自分が本当にあるべき姿に立ち戻らせて貰う事が出来た。
だから……今は、これでいいと思えた。
倉持悠都は、自分が心から大切に想える人と最後には相思相愛に成れて。その愛すべき人を守る彼女の為の勇者として、有限なる自分の命を使う事が出来たのだから……。
「……美雪さん。本当にありがとう。もし僕の最後の願いを聞いて貰えるのなら、僕が死んだ後も……君には幸せに生きていて欲しい。こんな僕の側に最後まで付き添ってくれて嬉しかった。人生の最期に心から大切に想える女性に出会う事が出来て、僕は本当に幸せ者だったから……」
そう、小さく最後の言葉を言い残して……。
『不死者』の勇者の倉持悠都は、彼を大切に想う名取に看取られて。その場で静かに息を引き取った。
彼は最後に、クラスメイトの事を大切に想う心優しいクラス委員長として。本来の自分の姿に戻る事が出来たのだ。
その事をこの場にいた誰もが目撃をして。そして確かに理解した。
ここにいる倉持は、クラスのみんなの為に命を賭して戦った、大切なクラスメイトの一員だったのだと……。
倉持の体を抱きしめている名取が、声を荒げて泣き叫び。
その様子を一緒に見ていた紗和乃も、玉木も、共に大粒の涙を流して名取に寄り添う。
これで異世界に召喚された2年3組の同級生の中から、再び犠牲者が増えてしまった事になる。
既に半数近い死亡者を出しながらも、異世界での戦いは……まだ、全てが終わった訳では無かった。
この世界を破壊しようと、現在進行形で進撃してきている巨大コンビニ要塞を操る『コンビニの大魔王』と。そして倉持を死に追いやった張本人――多くのクラスメイト達を殺害した、クルセイスが残っているのだから。
「――クルセイスッ!! あなただけは絶対に、ここから逃したりはしないわよ! 必ず私達があなたの命をここで奪って、全てを終わらせてみせるからッ!」
倉持の死を見届けた紗和乃は、その場で立ち上がると。両手で魔法の弓を構えて、すぐに狙いをクルセイスのいる方向に向けた。
それに続くように、玉木も黒いダガーナイフを構えて、戦闘態勢を整える。
そんな紗和乃、玉木達に加えて。ようやく隣のエリアで、凄まじい数の白アリ兵達による猛攻を退ける事に成功した、カフェ好き3人娘達と杉田がこちらに到着した。
杉田達は、赤い血に染まった倉持が地面に倒れていて。そんな倉持の体を、名取が泣きながら抱きしめている光景を見て。
この場の状況を全て、完全に察する事が出来た訳では無いが……。瞬時に自分達の倒すべき相手であるクルセイスを包囲するように、紗和乃達とは反対の方向から、クルセイスを囲い込むようにして追い詰める。
そんな異世界の勇者達に取り囲まれて、絶対絶命の危機に陥っているかと思われたクルセイスだが……。
自分を取り囲んでいる、異世界の勇者達を見回すと。高らかに笑い声を上げて、ここにいる全ての勇者達を見下すような侮蔑の言葉をかけてきた。
「――ウッフッフ。相変わらず愚かでバカな勇者達ね。あなた達がそこで無様に死に果てた、クズ勇者の死体に寄り添っている間に。私が何もせずにここでじっと、あなた達のお涙頂戴の茶番劇を呑気に指を加えながら見物していたとでも思うの?」
クルセイスはいつの間にかに、グランデイル王城の地下空間の壁際にまで移動していた。
そしてそこで、周囲の地面に散りばめられていた光石とは別に。綺麗に研磨された黒曜石のように。たった一つだけ、怪しく黒光りしている石が壁に突き刺さっている場所の前に立つと。
クルセイスはその黒い石に自分の右手を当てて、口角が吊り上がながらニヤリとほくそ笑んだ。
すると――クルセイスが触れた黒い石は、何らかの魔法効果を発動させたのか。その場に立っていたクルセイスの体を瞬時にして、どこかに遠くへとワープさせて。一瞬で消し去ってしまったのである。
「――えっ? クルセイス……!?」
慌てて紗和乃達は、クルセイスが立っていた地下空間の壁にまで駆け寄っていく。
だが……そこには、クルセイスがそこに居た痕跡は跡形も無く消え去っていた。
どうやらクルセイスは地下空間にあらかじめ用意していた、転移石を用いた魔法装置によって。
城の外にある地上の避難場所に瞬間移動をして、この場から逃走してしまったようだった。
「そんな……! クルセイスを取り逃がしてしまうなんて……!」
紗和乃は慌てて、クルセイスが作動させた黒い石に自分の手を当ててみるが……。黒い石は何も反応を示してはくれなかった。
おそらくこの黒い石は、グランデイル女王として。このグランデイル王城の地下空間を長い間管理してきた、クルセイスだけにしか分からない、謎の暗号のような仕掛けが施されていて。
クルセイス以外の者には、扱えない仕組みになっているのだろう。
「紗和ちゃん、どうしよう……? ここであの女を逃してしまったら、二度と探し出せなくなってしまうんじゃ……」
玉木が不安そうに、親友の紗和乃に話しかけた。玉木の言おうとしている事は、紗和乃も強く理解している。
クルセイスは薔薇の魔女であった、ロジエッタを殺害し。彼女の体内から、不老の寿命を与える『魔王種子』を手に入れている。
そしておそらく、手持ちの戦力を全て失ったクルセイスは……今後、歴史の表舞台からはいったん姿を消して。どこかに隠れて身を潜めながら自分の力を蓄え、陰で暗躍する生き方を選ぶはずだ。
そうなれば玉木や紗和乃達、他の異世界の勇者にとっても。そして、コンビニ共和国の未来にとっても。
未来のいつの時点で襲いかかってくるか、全く分からない。潜在的な危険因子として、将来にまで渡る脅威が残り続けてしまう事になるだろう。
だからこそ、何としてでも。そしてたった今、殺害されてしまった倉持や2軍の勇者達の仇を討つ為にも。
ここでクルセイスを、絶対に逃してしまう訳にはいかなかったのだ。
「……? そういえば、ティーナさんの姿が見当たらないようだけど?」
どうにかしてクルセイスの後を追えないかと思案していた紗和乃は、この場に集まっているメンバー達全員を見回して。
ティーナだけがクルセイスと同じように、いつの間にかに忽然と姿を消してしまっている事に気付いた。
「えっ……? そういえば、ティーナちゃんはどこに行っちゃったのかな〜? さっきまで、私の隣にいたんだけど……」
心配そうに周囲を見回す玉木や、他のメンバー達。
だが、どれだけ探しても。ティーナの姿は見当たらなかった。
「もしかして……ティーナさんは、クルセイスの後を追っていったのかもしれないわね」
「ええっ? それってどういう事なの、紗和ちゃん〜!?」
紗和乃の脳裏には、ある可能性が思い浮かんでいた。そしてそれが事実なのだとしたら、自分達は急いでティーナの後を追いかけないと行けないだろう。
「――みんな! すぐにここを出て地上に戻るわよ! 早く行かないと、ティーナさんが大変な事になってしまうかもしれないわ!」
紗和乃は、ここにいる全員に対して大声で呼びかけた。負傷している雪咲の治療を行う為にも。そして亡くなった倉持の死体を丁重に弔う為にも……。
この場に集まった勇者達は、グランデイル王城の外に早く戻らないといけないのは確かだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
グランデイル王城の西側にある、王都の裏通りへと繋がっている王宮の庭園。
その中に置かれた黒曜石の石碑の前に、地下から転移魔法によって移動してきたクルセイスが立っていた。
彼女は王城の外の様子を見つめ。既に巨大コンビニ要塞が、グランデイル王都の近くにまで接近してきている事を確認し。
すぐにこの場から、遠くに脱出しないと行けない事を理解する。
「全く……異世界転移装置のゲートを失い。お母様の残してくれた白アリ兵達の戦力まで失い。本当に散々な目にあったわね……。でも、大丈夫。必ずここから生き延びて、私は再起を図ってみせるわ」
言葉とは裏腹に、クルセイスはその場でニヤリと笑ってみせた。
これからコンビニの勇者と、巨大コンビニ要塞を操るコンビニの大魔王とがぶつかり合い。
おそらくどちらが勝ったにせよ、生き残った陣営には大きなダメージが残るはず。
その時まで、自分はこの世界の秘境の地にでも移動して。そこでじっと身を潜めていればいい。
白アリの女王リルティアーナがしてきたように、長い年月をかけてゆっくりと自分の戦力を再び蓄えていけば良いだけなのだ。
そうすれば、自分を追い詰めたあのあの忌々しい異世界の勇者達も、いずれは老衰して死に絶えるだろう。
だが……不老の心臓を手に入れて魔女化した自分は、長い年月を生き延びる事が出来る。
――そう、何も焦る必要なんて無い。
いつか来る未来のチャンスに備えて。また自分がこの世界の表舞台に戻ってきて、全てを掌握出来るその時まで。じっくりと戦力を整えていけば良いのだから。
クルセイスは、ニヤリと笑うと。グランデイル王城の敷地にある庭園から、すぐにでも外に向かって走り出そうとしたのだが……。
そんなクルセイスの前に、両手を広げながら。たった一人で立ちはだかる少女がいた。
「――そこまでです、クルセイス! あなたをこのグランデイルの地から一歩たりとも、外に出す訳にはいきません!」
クルセイスは自分の目の前に立つ金色の髪の少女を見て、一瞬だけ……両目を見開いて驚き。その場に立ち止まって、何度も瞬きをしてしまう。
でもすぐに、その少女がここに立っている理由を悟り。クスクスと口に手を当てて笑うのだった。
「……なるほどね。あなたがこんな所にまで付いてくるとは思わなかったわ。グランデイル王家の杖を使って、私と同じようにここに転移をして、追いかけてきたという訳なのね……ティーナ」
そう……クルセイスの前に立っていたのは、同じくグランデイル王家の血を引いている金色の髪の少女、ティーナだった。
ティーナは、右手に黄金の杖を持ち。クルセイスを決してここから逃さないという決意に満ちた表情をして。
両手を大きく広げながら、クルセイスの進行方向をたった一人で塞いでいたのである。




