第四百九十一話 犠牲となる異世界の勇者
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……もう、嫌だ。何も見たくない、何も考えたくない。だって、ここでどんなに足掻いたとしても。僕はもう、日本に帰る事は絶対に出来ないのだから……」
両膝を腕で包むように抱え込み。『不死者』の勇者の倉持悠都は、彼の視界に映る全ての現実をシャットアウトして。心を完全に閉ざしてしまっていた。
今の倉持は……誰にも邪魔される事のない、彼だけが活躍する事の出来る理想の異世界へと、精神を逃避させてしまっている。
異世界に召喚された勇者達の中で、ただ一人だけ。
命を失っても、再び生き返る事が出来るという――特別なチート能力を最初から手にしていた倉持。
この世界には、異世界転移装置の『ゲート』と呼ばれるものが始めから存在し。その装置を使用するには、自らの命を落とさないといけなかった。
その事実を知った倉持は、全てのロジックが解けて。欠けていたジグソーパズルのピースが、ピタリと額縁に収まったかのような至福の高揚感を感じる事が出来た。
「あはは……! 何だよそれ! 全部、全部、この僕の為だけに用意された『異世界』だったんじゃないか!」
異世界に召喚されてからすぐに、グランデイル王国女王のクルセイスに深く頭を下げられ。
『貴方こそが、この世界の神様である女神も。そしてその女神に仕える、女神教の大幹部達でさえも手にする事が出来なかった究極の能力、『不死』を手に入れる事の出来た選ばれし勇者なのです』と、説明を受けた時――。
倉持の心の奥底に眠っていた、自制心という錠前のリミッターは引きちぎられ。彼の中にある欲望に満ち溢れた野心が全開放されてしまった。
倉持はこの異世界の全てと、そして元の世界である日本さえも自分の手中に収めたかのような、果てしない万能感に溺れてしまう。
まだ未成年であるにも関わらず、グランデイル王国の女王の部屋で、高級なワインの瓶を何本も開けて。
たった一人で夜空を見上げながら、自分の輝かしい未来の栄光を投影した星々に想いを馳せて。初めて飲む渋いワインのアルコールの味に深く酔いしれた。
……あはは。だって、そうじゃないか。
この世界で『ゲート』を用いて、異世界に渡る事が出来るのは……『不死者』の能力を持つ、選ばれし勇者の自分だけなのだと知ってしまったのだから。
この世界に召喚されたクラスメイト達の誰もが、日本に帰りたいと願っている。だけど帰る事の出来る資格を持っているのは、この僕だけだ。
他の勇者達が、どんなに努力をしても。どんなにレベルを上げて自らの能力を高めたとしても。そんなのは全部……無駄でしかない。
だって、命を一つしか持たない他の勇者達は、異世界転移装置である『ゲート』を使用する事が決して出来ないのだから。
――でも、この僕だけは違う。
僕だけが……この世界の神様である女神アスティアをも差し置いて。自由に異世界に渡る事の出来る権利を持つ、選ばれし勇者なんだ。
つまり僕は、この世界の『主人公』だったんだ。
この世界の全ては、この僕を中心に回っているんだ。
無能なグランデイルの女王を操り、この僕がこの世界の全てを手に入れてみせる。そして元の世界に戻る為に唯一必要だという『座標』を手に入れたなら。
可愛いそうなクラスメイト達は、この世界に置いていき。僕は……魔法という万能な能力を全て極めた状態で『日本』へと帰るんだ。
そうすれば全て上手くいく。僕という存在を世界の中心において、何もかもが理想通りに回り始めるんだ。
そう――あの時の僕は、そう信じていたのに……。
いつから僕の夢見た理想の『未来世界』は、音を立てて崩れて落ちてしまったのだろう?
どうせ、クラスのみんなはこの世界に取り残される。だから踏み台として、選ばれし勇者であるこの僕に利用される事が確定している、可哀想なクラスメイト達の事なんてどうでもいい。
そう思ったから、僕は幼馴染であり。僕の過去の弱みを知っていて、普段から快く思っていなかった彼方を王都から追放したんだ。
追放した先で、無能な彼方が森の中で魔物に食い殺されても良いとさえ思っていた。
だって……どうせ、僕だけは日本に帰れるのだから。
一時的な滞在先である、この異世界で。どんなに非道な振る舞いをしても関係ない。僕は選ばれし勇者で、この物語の主役であるチート主人公なのだから。
そう信じていたのに……今の僕もう、夢見ていた『日本』には帰れなくなってしまった。
だとしたら、この世界で僕がクラスのみんなにしてきた行為は一体何だったのだろう……?
急に身震いがして、全身の震えが止まらなくなる。
倉持は、自分の過去の行いを改めて見つめ直してみると。こんな最終局面になって、やっと……自分がこれまで同級生達に行ってきた行為の数々が、恥ずかしく思えてきてしまったのだ。
日本に帰れるという、希望を失って。彼はようやく、本来の『臆病者で小心者な自分』という、ちっぽけな自分自身の内面と向き合う事が出来たのかもしれない。
だからこそ余計に、今は何も行動する気が起きなくなってしまう。
自分がこれから何かをしても、過去の行いが償われる訳もなく。みんなからの評価が変わる訳でもない。
それほどまでに、異世界に来てからのクラス委員長『倉持悠都』という存在は、クラスのみんなに対して最低な行為を繰り返してきた男だったのだから……。
もう、この僕に生きている価値なんて無い。
それならいっそ、このまま死んでしまいたい。誰にも必要とされず、誰かに殺されてそっと死ねるなら。それが一番、自分の心にかかる負担が少ない気がした。
そんな自暴自棄に陥っていた、倉持の耳に。
「……悠都くん。……私の声が聞こえる……?」
突然、女性の声が聞こえてきた気がした。
その女性の声はとても優しく、異世界に来てからずっと僕の名前を呼び続けてくれた気がする。
「……悠都くん。私は今、悠都くんの体の半径1メートルの範囲に強力な結界を張ったの。敵はこの結界の中には絶対に侵入出来ないから、安心してね」
「…………」
倉持は何も答えない。彼の目線はまだ虚なままだった。
「……私はこれから、クラスのみんなの援護に向かうわ。きっとみんな、あのクルセイスを相手に苦戦しているはずだから。でも、安心してね。全てが終わったら、私は必ず戻ってくる。私は絶対に悠都くんの側から離れたりなんてしないから」
優しい女性の声は、いつもよりとても力強く聞こえる。
なぜかこの女性の声には、自分を心から安心させてくれる頼もしさと、安心感が伴っているように倉持には感じられた。
それはきっと……彼女が発した言葉の通り。異世界に来てから、自分がどんなに愚かな行為をしでかしたとしても。彼女だけは……黙って、ずっと自分の側に居続けてくれた事を倉持はよく知っていたからだと思う。
でも、どうして……こんなにも情けない自分に。目の前にいる眼鏡をかけた女性――名取美雪は優しく接してくれるのだろう?
どうしてこんなにも最低な男である自分を見捨てないで、ずっと側に居続けてくれるのだろうか?
そんな倉持の不思議そうな視線に気付いたのか、倉持の体を優しく抱きしめている名取は、小さな声で……倉持の耳元に語りかけた。
「……悠都くん、憶えている……? 私が高校1年の時に、クラスメイトの女子達から執拗なイジメを受けていた事を……」
「…………」
「あの日、私は体育館の裏に連れ込まれて。物を投げつけられて暴行されていたの。でもその時、そこにたまたま通りかかった悠都くんが、私を助けてくれたの。『可哀相じゃないか、そんな事はやめたまえ……!』って、クラスの女子達に声を荒げて注意してくれたのよ」
倉持はその時の事を、全く憶えていなかった。
でも、確かに言われてみれば……。そんな事があったような気もする。
特に何かを意識した訳ではなく。ガラの悪い女生徒達に囲まれていた、眼鏡をかけた地味な女の子の事を助けたいと思った……というよりは。
目の前で愚かな行動を取っている女生徒達の行為が、その時の倉持には不快に感じられたから、そのような行動を起こしたのだと思う。
「……悠都くんは、学年の女生徒達の間で一番人気のある男の子だったから。私をイジメていたクラスメイト達は、その後……ピタッと私へのイジメを止めてくれたの。きっと憧れの悠都くんに、悪い印象を持たれたくなかったからなのでしょうけどね」
「…………」
「それから私はずっと、私を助けてくれた悠都くんに夢中だった。悠都くんにとっては、ただの気まぐれで助けた地味な女の子という存在でしかなかったとしても。例えその時の事を何も憶えていなかったとしても……。私は悠都くんによって救われた事を心から感謝しているの」
倉持にとって、いつも自分の側に居てくれた名取が……。こんなにも饒舌に自分の事を、そして倉持への想いを話してくれたのは、初めての事だった。
そっと視線を上げて、自分の体を抱きしめてくれている名取の顔を見上げてみると――。
名取は両目から大粒の涙を流して、倉持の顔を優しく見つめながら微笑んでいた。
「私にとって悠都くんは、いつでも私を救ってくれた『勇者様』だったんだよ。だから何も心配しないでね。私がこれからも必ず悠都くんの事を守り通してみせるから……!」
そう強く言い残して、名取は倉持の右手を熱く握り締め直すと。
再び使命を果たす為に戦う、『結界師』の勇者の表情に戻り。頑丈な結界の中に愛しい倉持を残して。まだクルセイスと戦っている、クラスメイト達の元へと向かっていった。
そんな彼女の後ろ姿を見送り。倉持は……小さく口を動かして、名取に握られた自分の右手を見つめてみる。
「……僕が、勇者だって……?」
誰もが倉持の事に呆れ果てて、見捨てていく中。こんなにも最低なクズに成り下がった自分の事を……まだ、勇者だと信じてくれている人がいたなんて。
何て彼女は、バカなんだろうか……。
だけど、もしも本当に、彼女が僕の事をまだ勇者として信じてくれているのだとしたら……。
僕はこんな所で、自分の殻に閉じこもっていて本当に良いのだろうか?
異世界に召喚された2年3組の勇者達の中で、最も能力が高いと評された『不死者』の勇者の倉持は、ようやく自分が何者なのかを思い出して――。
その場で一人、誰の力を借りる事もなく。静かに立ち上がろうとしていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ニヤリと邪悪な笑みを見せて、元グランデイル女王のクルセイスは顔を上に向けると。
まるで収穫したてのジューシーな桃を片手で掴み、勢いよく口の中に放り込むかのように。
黒焦げになって焼け死んだロジエッタの死体から取り出した、真っ赤な不老の心臓を……口を大きく開けて、パクリと一口で飲み込んでしまった。
クルセイスの口からは、絵の具のように鮮やかな赤い血が大量に滴り落ちてきている。
そんなあまりにもグロテクスな行動を目の前で見せつけられ、玉木とアイリーンは吐き気を催してしまいそうになるほどに、ドン引きしてしまう。
「――紗希ちゃん! アイリーンさん! 大丈夫!?」
玉木と、アイリーンのいる所に。紗和乃と、ティーナが駆けつけてきた。
紗和乃は、地面に転がっているロジエッタの黒焦げの死体と。剣先が血で真っ赤に染まっているクルセイスの様子を見つめて。すぐに現在の状況を察する事が出来た。
「クルセイス……! どうやら、あなたは正真正銘のクズ女だったみたいね! でも、この状況は明らかに多勢に無勢よ。観念して潔く私達に討ち取られなさい。そして殺害された2軍のクラスメイト達に、死んで詫びて貰うわよ!」
「ウッフッフ。役立たずの勇者である貴方達が、この私に本気で勝てるとでも思っているのかしら?」
この期に及んでも、高慢な態度を崩そうとしないクルセイスの様子を見て。
紗和乃は遠慮する事なく、最大出力の威力を誇る魔法の弓を――クルセイスに向けて発射させた。
もともと例え降伏をしたとても、クルセイスを許す気なんてさらさら無かった。
なぜなら目の前にいるサディスティック女は、自分達の仲間であった2軍のクラスメイト達を無惨に殺した憎き仇なのだから!
「本当に愚かな勇者達ね。最後まで自分達の愚かさに気付かずに、この私に勝負を挑んでくるなんて」
「―――なっ!?」
”――バチバチバチバチ――!!”
紗和乃が放った魔法の弓は、クルセイスに命中する前に。強力な青い電撃シールドに弾かれて消失してしまう。
それはあまりにも強力な威力を誇る、青い電流を伴う高熱のバリアーだった。
紗和乃が渾身の一撃で放った魔法の弓を、まるでブルーライトを放つ電撃殺虫式の虫取り機が虫を弾いたかのように。いとも簡単に威力を相殺して、消し飛ばしてしまう。
元々、クルセイスには電撃を操る遺伝能力がある事は知っていたが……。その威力は紗和乃が事前に知っていたものよりも、遥かに上回る強さになっている事は間違いなさそうだ。
そして薔薇の騎士のロジエッタには有効だった、アイドルの野々原が歌う青春ソングも、その効果がなぜかクルセイスに対しては発揮していないように見えた。
「本当に愚かな異世界の勇者達……。もう、いいわ。不老の能力が手に入ったなら、後はどうとでもなるもの。女神様を見習って、私はこの世界の闇に隠れ潜み。自身の能力を高める為の魔法研究に没頭させて貰う事にするわ。だから、ティーナ……お前もここで、この愚かな異世界の勇者達と共に死ぬのよ!」
クルセイスは右手に持つ剣の先を、勢いよく地面に突き刺してみせた。
すると――まるで蜘蛛の巣のように、青い電撃ネットが網の目のように細かく地面に張り巡らされ。
ティーナ、玉木、紗和乃、フィート、アイリーンの5人の足を、青い電撃ネットが縄で縛り上げるかのようにきつく絡みつき。
5人はその場から、一歩も足を動かす事が出来なくなり。完全に身動きが封じられてしまった。
「クッ……! これは……!?」
「ウッフッフ。魔王遺物を所持しているのは、何も女神教の枢機卿だけでは無いわ。グランデイル王家にも、古くから伝わる伝説の魔導機が隠されていたのよ。私が手にしているこの『帯電剣』は、電力を吸収して蓄えておく事が出来る剣なの。電撃を自由に扱えるこの私にとって、まさにとっておきの最終兵器という訳なの」
クルセイスは自身の体から放出させた電撃の力を、魔王遺物である帯電剣に大量に蓄電させる事が出来る。
それによってクルセイスが本来持つ電撃の能力を遥かに上回る、高出力の電気エネルギーを剣に貯蔵させて。それを一気に解き放つ事で、信じられない威力の電撃攻撃を操る事が出来るようになっていた。
「さ、紗和ちゃん……! 体が動かないよ〜!」
玉木が苦しそうに、紗和乃に助けを求める声をかける。
ティーナや玉木達の足に絡みついている電撃ネットは、彼女達の行動の自由を奪い取るだけではなく。
相手の体に微弱な電流を流し込み続け。体全体が痺れて動けなくなってしまう効能も持ち合わせていた。
もしもこの状態で、クルセイスからの追加の攻撃を受けてしまったなら……。
身動きの取れない玉木達は、ここで一気に全滅させられてしまう危険性がある。
このピンチを唯一救う事が出来るのは、隣のエリアで戦っているカフェ好き3人娘達と、炎を操れる杉田のはずだった。
しかし彼らは現在、玉砕覚悟で怒涛の攻勢を仕掛けてきている大量の白アリ兵達の集中攻撃を浴びていて。
とても玉木やティーナ達を助けに、ここに駆けつけて来れるような余裕は無かった。
おそらくクルセイスは目的を果たして、この場から早期に撤退する為に。自身が率いてきた白アリ兵達を捨て駒として、ここで全て使いきってしまうつもりに違いない。
「ウッフッフ。さようなら、ティーナ! グランデイル王家の血を引く者は2人も要らないわ。全てが終わった際には、私は必ずグランデイル王国を再建してみせる。もっともここで命を落とすあなたには、その光景を見せてあげられないのが残念ね」
クルセイスは間髪入れずに、帯電剣に蓄えていた大量の電撃を解放させ。
それを一気にティーナや玉木達に向けて、大放出してきた。
それは先ほど、薔薇の騎士のロジエッタの体を黒焦げに焼き尽くした攻撃の、更に数十倍は強化した威力を誇る、凄まじい威力を持つ電流エネルギーだった。
こんな攻撃をまともに喰らってしまったなら……。おそらくティーナ達や玉木達の体は、一瞬にして焼き尽くされてしまい。後には黒い灰の残骸しか残らないだろう。
アイリーンも必死に黄金剣を前に向けて、ここにいる他のメンバー達を救おうと試みるが……。
足元に絡みつく電撃ネットの効力は、あまりにも強力過ぎて。その拘束から抜け出す事が出来なかった。
””バリバリバリバリバリバリ――!!””
クルセイスが放つ青い稲妻のような電撃攻撃が、身動きの取れないティーナ達5人に同時に襲いかかる。
青い電撃はあと少しで、ティーナや玉木達の体を黒焦げに焼き尽くしてしまう……と思われた、その寸前で――。
突如としてティーナ達の目の前に出現した『虹色の結界』によって、クルセイスの放った電撃はギリギリのタイミングで食い止められた。
「これは……!? 名取さんなの!?」
紗和乃が驚きの声を上げる。
それは先ほどまで精神崩壊した倉持に寄り添っていたはずの名取が、いつの間にかにここに駆けつけてきてくれていて。
自分達の目の前で両手を広げて、凄まじい威力を誇るクルセイスの電撃攻撃を……たった一人で防いでくれていたからだ。
「……あら? あなたは『結界師』の勇者じゃない。私の帯電剣の攻撃を防ぐだなんて……流石ね。でも、いつまで持つかしら? あなたはもう、自分の能力をほとんどを使い果たしてしまったはず。私が剣に蓄えておいたエネルギーを、全て受け止める事が出来るのかしら?」
名取は苦しそうに、額から冷や汗を流して。クルセイスの放つ電撃攻撃を受け止め続けていた。
紗和乃達は、地面に張り巡らされた青い電撃ネットに拘束されていて。まだ、身動きが取れないでいる。
だからもし、ここで名取の張る結界が破られてしまったなら……。あっという間に、この場にいる全員がクルセイスの放つ高圧電流で焼かれて、黒焦げ死体にされてしまうだろう。
それが分かっているからこそ。名取は、ここから一歩たりとも退く事は出来なかった。
後は……クルセイスが事前に帯電剣に蓄えておいた電力が尽き果てる、その限界ギリギリまで。クルセイスと我慢比べを続けるしかない。
「美雪ちゃん……!!」
玉木も必死に、自分の体を動かして、名取の援護をしようと試みるが……。足元に絡みついている電撃ネットの効力は想像以上に強く。ピクリとも体を動かす事が出来なかった。
おそらくクルセイスが持つ、あの帯電剣を破壊でもしない限り。自分達が体の自由を取り戻すのは不可能かもしれない。
そうなると、ここは何としても。名取にクルセイスの攻撃を防いで貰うしか無かった。
「クッ……! この死に損ないの能力者にまだ、こんなにも強力な結界を張る力が残っていたなんて……!」
クルセイスにとっても、名取がここまで粘り強く。自分が放った電撃攻撃を受け止め続けていられるとは思っていなかった。
このままでは……まもなく帯電剣に蓄えておいた電撃エネルギーは尽きてしまう。
そうなれば、また十分な力を蓄えるまでに。相当な時間がかかってしまうだろう。
しばらくの間――『結界師』の名取が張る虹色の結界と。クルセイスが放つ青い電撃のエネルギーは、互いに力が拮抗するように激しくぶつかり合い。
そして、とうとう……クルセイスの帯電剣に蓄えられていたエネルギーの方が先に限界を超えてしまい。青い稲妻の放出は止まってしまう。
だが、最後に強大なエネルギー同士が激しくぶつかり合った事で。地下空間に大きな爆発が生じてしまった。
”ズドドドドーーーーーーン!!!”
自身の限界を超えた結界のエネルギーを放出し、完全に能力が枯渇してしまった名取が……その場で崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。
「名取さん――!!」
本当はすぐにでも、急いで名取の元に駆けつけたかった紗和乃だが……。
地下空間の地面に張られた電撃ネットは、まだかすかに効力が残っていて。その場からすぐに、体を動かす事は出来なかった。
周囲には爆発によって、モクモクとした灰色の煙が高く舞い上がり。周辺の視界を確認する事が困難になっている。
おそらくクルセイスは、まだこちらを攻撃するチャンスを窺っているはず……。
もしもこの状況下で襲われたなら、その攻撃を防ぎきる事は不可能だろう。
「クルセイスは……どこにいったの?」
注意深く周囲を観察していた紗和乃の耳に、地面を素早く蹴る足音が聞こえてきた。
足音を鳴らしている人物は、凄まじい速度でこちらに迫って来ているのが分かる。
この足音は、きっとクルセイスに違いない。
おそらく剣に貯めておいた電撃エネルギーを全て使いきってしまったので。再びエネルギーが剣に蓄えられるまでの間――接近戦による近接攻撃に切り替える事にしたのだろう。
問題はクルセイスが一体……この中の誰を狙って、こちらに迫って来ているのかという事だった。
灰色の煙が少しずつ晴れていくと、そこには帯電剣を真っ直ぐに前に伸ばして。
『結界師』の名取のすぐ目の前にまで接近してきていた、クルセイスの姿が見えてきた。
「――いけない、名取さん! 逃げてッ!!」
必死の大声で紗和乃は呼びかけてみたが。結界の力を出し切った名取は完全に力尽きていて、その場から動く事が出来なかった。
「ウッフッフ、まずは、あなたから死になさい! 目障りな異世界の勇者めッ!」
”ズシューーーッッ!!”
クルセイス持つ鋭い剣先が、人間の柔らかい胸を一気に貫き。周囲に赤い鮮血を飛び散らせた。
その場にいた誰もが息を飲んで……その決定的な瞬間の光景を目撃してしまう。
そしてあまりにも衝撃な展開に、全員が思わず言葉を失ってしまっていた。
それは剣を突き刺した、クルセイスでさえ同様だった。誰もが信じられない……といった顔つきで、その光景に見惚れて目を疑ってしまっている。
そう……クルセイスの剣によって胸を貫かれ。
鮮やかな赤い血を周囲に撒き散らながら、苦痛に顔を歪めていたのは……『結界師』の名取美雪では無かった。
その場で大きく両手を広げ、体を動かす事の出来ない名取を体を張って守りながら。
クルセイスに胸を剣で貫かれて立っていたのは……『不死者』の勇者の――倉持悠都だったからだ。




